第3話 接触再び
四時間目は体育だった。
男女別に分かれるこの授業は、凛々華の目が届かないこともあってか、大翔はいつも以上に王様のように振る舞っている。
蓮が樹へのいじめに気づけたのも、ペア作りの際にわざと仲間外れにしようとしているのに気づいたからだ。
見過ごすわけにもいかず、注意をしたところ、翌日からあの「ご挨拶」が始まった。
樹にはそこまでしていなかったから、みんなの前で注意されたことが、相当プライドに障ったんだろう。
そんな状況だったから、今度は蓮のペアの相手がいなくなる——と思いきや、そんなことはなかった。
「さっきちゃんと寝たから、体力バッチリだぜ!」
ストレッチをしながら快活に授業中の居眠りを告白してきたのは、クラスメイトの青柳蒼空だ。
身長が近いこともあり、最初から自然とペアを組んでいた。
先の発言からもわかる通り、彼は天然で明るい性格の持ち主だ。
それに加えて、抜群の運動神経と、それに似つかわしい爽やかな顔立ちをしているため、男女問わず人気がある。
ハイスペックなポンコツという、愛されキャラに必要な要素を全て備えているのだから、当然と言えば当然で、少し羨ましくはある。
とはいえ、嫉妬の類は感じていない。むしろ、蒼空といると肩の力が抜ける。大翔たちが絡んでこないからだ。
むしろ、距離を取るようにしているくらいだ。分が悪いことは本能的にわかっているんだろう。
ただ、今日はさすがに腹の虫が収まらないのか、遠巻きながらもこちらを睨んできている。
「なんかお前、大翔たちにめちゃくちゃ睨まれてね? 大丈夫か?」
蒼空が耳打ちをしてくる。鈍感でギリギリ登校常習犯の彼は、ご挨拶の現場に立ち会っていないこともあり、蓮と大翔の現状を「ただ反りが合わない」という程度にしか捉えていない。
そんな彼といるのは、気を遣う必要も遣われることもないため気楽であり、わざわざ真実を伝えようとは思わなかった。
「柊と喧嘩でもして、八つ当たりしてきてんじゃねえか?」
「あー、なるほどな。あの人に睨まれたら怖そうだよなぁ」
「氷の女王って名付けたやつ、センスあるよな」
「それな。その分、笑ったときの破壊力すごそうだけど」
「確かに」
蓮は自然と同調していた。
「おっ、お前も何だかんだ、興味あったりするのか?」
「かわいいもんはかわいいってだけだ。お近づきになりたいとは思ってねえよ」
「でもお前、昨日柊さんとしゃべってたんだろ?」
どうやら、クラスメイトから聞いたらしい。
「たまたま、同じシリーズものの本読んでただけだよ」
「そういう些細なきっかけだって、意外と見逃せないんだぜ?」
「なんかの見過ぎだ」
今日は確かによく見かけるような気がするが、きっと気のせいだ。
向こうから話しかけてくるという貴重な体験をしたせいで、少し目に留まりやすくなったというだけだろう。
「ま、とにかく、なんかあったら言えよ。樹がハブられてたことにも気づけなかったし、俺たぶんそういうのニブイからさ」
「おう、ありがとな」
「そりゃ、友達だからな!」
蒼空がにっこりと白い歯を見せた。
その素直さに、こちらが精神的にも物理的にも救われていることは、少しも自覚してないんだろう。自己申告通り、鈍いから。
願わくば、いつまでもそのままでいてほしいものだ。
◇ ◇ ◇
チャイムが昼休みの到来を告げると、蓮は教室に戻って着替えを済ませると、弁当箱を抱えてそそくさと廊下に出た。
すると、紫髪を揺らして歩いてくる女子生徒が目に入る。凛々華だ。
ふと視線を向けると、ちょうど目が合った。——その瞬間、彼女の瞳がハッと見開かれた。
そして、わずかに足を速めると、蓮の横をすり抜けていく。ふわりと甘い香りが鼻先をかすめた。
香水というよりは、女の子特有のものだ。少し落ち着かない気分になるが、すぐに首を振って思考を逸らす。
急に慌て始めたのは、課題でも出し忘れていたのだろうか。
(って、早くしねえと。筆箱はまだしも、弁当ぶち撒けられたらシャレにならねえからな)
蓮は再び足を早め、昇降口を目指した。
——結果として、その対策は功を奏すことになった。
「おい、黒鉄いねーのかよ?」
トイレから戻ってきた大翔は、蓮の席を睨んだ。
「昼休みになった瞬間に出てってるみたいだぜ」
「はっ? おいおい、マジかよ! 陰キャすぎるだろ!」
「ウチらから逃げてるの、丸わかりだよね〜」
「ほんと、だせえよな!」
嘲笑の輪の中、大翔は満足げに口元を歪めた。
自分のようにクラスの中心に君臨することなど、蓮には想像もできないだろう。
(ちょっと女に話しかけられただけで、勘違いしちゃってんだからな。凛々華があんな根暗なやつ、気にかけるわけねーだろうが)
ふと、その凛々華の席が目につく。彼女はすでにそこにはいない。
(……そういえば、あいつはいつもどこで食べてんだ?)
これまでは気にも留めていなかったのに、妙に胸がざわつく。
「黒鉄に用事あるなら、チャイム鳴った瞬間に追いかけねえとなー」
「あいつのためにそんな労力使うやつ、いるわけねえだろ!」
「それな〜」
取り巻きの会話を聞いて、大翔の脳内に、つい先程の凛々華の後ろ姿が目に浮かぶ。
彼女は弁当箱を片手に、教室を飛び出していた。——まるで、誰かの背中を追いかけるように。
「……っ、クソが……!」
その思考はトレースできなくても、大翔の不機嫌の要因が幼馴染の少女との関係にあることは、誰の目からも明らかだった。
「なぁ、大翔。柊のこと、ほっといていいのか?」
「あっ? んなもん、いいに決まってんだろ!」
大翔は豪快に言い放ち、口の端を吊り上げた。
「俺とあいつじゃ、こんくらいは日常茶飯事だぜ? どうせ、明日には元通りになってるさ」
「おいおい、何だよその信頼関係!」
「まさにパートナーってやつぅ?」
「ま、そういうことだな〜。だってお前ら、凛々華が他の男と一緒にいるのなんて、想像できるか?」
大翔が周囲を見回すと、取り巻きたちは競うように首を振った。
「できねえな!」
「女子でも難しいもんね〜」
その言葉に、大翔は無意識のうちに息を吐いていた。
そうだ。あの一匹狼が、俺以外のやつと一緒にいようとするはずがねえ——。
「もしかしたら黒鉄のやつ、柊に凸ろうとしてんじゃねえか? 庇ってくれたんだから好意を持ってるに違いない、とか勘違いしちゃってさ!」
「うわ、あり得るわ〜!」
「大翔が追い払ってあげたら、ますます柊さんからの好感度上がるんじゃない?」
「おっ、それいいな!」
大翔は満足げに笑い、ご飯をかき込むが、
「——ごほっ、ごほ!」
勢いが良すぎたのか、むせてしまう。
「ちょ、大丈夫か?」
「慌てすぎだって〜」
——その瞬間、彼は叫んでいた。
「慌ててねーよ!」
「「「っ……」」」
少なくとも表面上は和やかに見えていた雰囲気が、一気にピリついた。
「おい、大翔。どうしたんだよ?」
「い、いや……なんでもねーよ」
大翔は視線を逸らし、奥歯を噛みしめた。
(クソっ、なんなんだよ……!)
胸の内に広がる、モヤモヤの正体。
彼はそれを、無理やり胸の奥に押し込んだ。
——しかし、事態はすでに動き出していた。
◇ ◇ ◇
「にしても、我ながらいいところを見つけたよな」
蓮は、校庭の隅にある草木に囲まれた古びたベンチで、昼の風に吹かれながら一人気ままに弁当をつついていた。
暖かくなったら虫も増えてくるだろうが、今のところは穏やかな時間を過ごせている。
大翔たちはおろか、他の生徒の姿だってこれまで見かけたことはない。
だから、今後もここは自分だけの秘密基地になるのだろう。
そう、思っていたのだが。
「——隣、良いかしら」
「えっ……?」
草木の間から現れた訪問者に、蓮は口を半開きにして固まった。
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