第29話 陽キャの最後
「て、てめぇっ、桐ヶ谷!」
大翔の取り巻きの一人が力任せに机を叩き、樹を睨みつけた。
「なに大事にしてくれてんだ⁉︎ これで大翔が処分でも受けたらどうすんだよ! てめえのせいで一人の人間の人生が終わるかもしれねえってこと、わかってんのか⁉︎」
芽衣の主張が嘘であったことは認めざるを得ないと判断したのか、別の角度から攻めることにしたようだ。
樹はほんの少し怯んだ様子を見せたが、気丈に言い返した。
「先に大事にしたのはどっち? それに、事実かもわからない情報で黒鉄君を陥れようとしていた君たちにそんなことを言われても、何の説得力もないんだけど」
樹の語尾は震えていた。
オドオドした態度は消え失せ、鋭い眼差しを芽衣陣営に向けている。怯えを怒りが上回り始めたようだ。
「君たちが愚かだったおかげで、逆に黒鉄君の潔白が証明されたわけだけど、下手したら彼は同級生を襲ったなんて最低の汚名を着せられるところだったんだ。自分たちのことを棚に上げるなよ」
「な、なんだと⁉︎」
「というか、やろうとしていたことをやられて怒るとかダサすぎない? こっちは君たちと違って嘘も吐いてないのにさ」
「なっ……!」
樹に鼻で笑われ、取り巻きたちは言葉を失った。
「で、でもっ、そもそも大翔たちの会話を録音すること自体犯罪だろ⁉︎」
「そ、そうだよ! というかシンプルにキモすぎんだろ!」
「ストーカーかよ!」
「残念。今回みたいな証拠保全のための録音は、法律でしっかり認められてるんだよ」
「「「なっ……!」」」
ようやく見つけたと思った突破口を早々に封鎖され、大翔の取り巻きたちは揃って絶句した。
樹は薄ら笑いを浮かべて続けた。
「それに、僕も大翔君が大人しく手を引くなら、この録音は公表しないつもりだったよ。実際に忠告もしようとしたしね」
「はっ? ま、まさか昨日のか⁉︎」
大翔が素っ頓狂な声を上げた。録音をさらされて呆然としていた彼の脳も、ようやく回転を始めたようだ。
樹が言っているのは、昨日の放課後に大翔と廊下で言葉を交わしていたときのことだろう。
偶然遭遇した蓮は、挙動不審な樹の態度に違和感を持っていたが、あのときに忠告をするつもりだったようだ。
「そうだよ。でも、君は僕の話を一切聞こうとせず、挙げ句の果てにこんな騒ぎを起こした。今こうして暴露されているのは自業自得だ」
「なっ……! て、てめえっ、証拠握ってるとは昨日は一言も——」
「なんで僕がそこまで親切にしてあげなきゃいけないの? 君には、君たちには散々嫌な思いをさせられてきたのに」
樹は口の端を吊り上げた。
見下すような半笑いで続けた。
「今回のことでよくわかったよ。君はただの悪ぶっているガキ大将なんかじゃない。人間として大事な何かが欠落しているんだ。だから穏便に済ますことはやめた。恨むなら、浅はかな策を練った自分たちを恨みなよ」
「ってめえ……!」
「そこまでだ」
大翔の沸点が近いことを悟り、蓮は樹を隠すように前に出た。
背後を振り返り、
「桐ヶ谷もそれくらいにしておけ」
「……うん」
樹は申し訳なさそうな表情でうなずいた。
「んだてめえっ、スカしてんじゃねえっつってんだろ!」
「落ち着け」
蓮は殴りかかってきた大翔の拳を受け流した。
「クソがっ……!」
大翔は大きな隙を見せながらも、再び蓮に殴りかかってきた。
鬼の形相で力任せに拳を振り回す彼をいなしながら、蓮は語気を強めた。
「やめとけ。島田の一件だけでも危ういってのに、暴力沙汰になったらまず間違いなく退学だぞ」
「うるせえ! もうそんなもんどうだっていいんだよ! 殺してやるっ!」
大翔は完全に我を忘れているようだった。
蓮はため息を吐いた。
「……仕方ない。ちょっと痛い思いをしてもらうぞ」
「ハッ、陰キャのくせに何格好つけて——ぐわっ⁉︎」
蓮は大翔の攻撃の勢いを利用して、地面に組み伏せた。
そのとき、廊下に怒声が響いた。
「——お前たち、何やってる!」
◇ ◇ ◇
やってきたのは運良く、体育科の柔道経験者の教師だった。
大翔は何やら喚きながら暴れようとしていたが、文字通り大人と子供だった。
証拠を提示しつつ事情を説明し、蓮陣営に罪はないと判断されて解放されるころには、一限が始まって三十分が経過していた。
蓮と凛々華、樹はゆっくりと廊下を歩いていた。遅刻や欠席扱いにはならないということだった。
一緒に校長室に呼び出されていた大翔と芽衣、そして彼らを積極的に援護していた取り巻きたちは、まだ拘束されている。
特に芽衣と大翔に関しては、注意では済まないだろう。
真実を悟った芽衣は、泣きながら蓮と凛々華に謝った。勘違いをしていた、迷惑をかけて申し訳ないと。
大翔こそが正義だと確信して、蓮を陥れるのも凛々華のためだと信じて疑っていなかったらしい。
「もともと思い込みの激しそうな子だとは思っていたけど、まさかあそこまでとは思っていなかったわ」
「そうだな。妹を助けてもらったからってだけで全てを正当化するのは、ちょっと極端だよな」
芽衣が大翔を崇拝するようになったきっかけは、大翔が同級生にいじめられていた芽衣の妹を助けたことのようだった。
「少なくとも私には理解できないわ。そもそも嘘なんじゃないかしら? 大翔がそんなことをするとは到底思えないのだけれど」
「みんないろんな側面持ってるからな。そもそも男はヒーローに憧れるモンだし、機嫌が良かったなら不思議じゃない。相手が年下なら特に、反撃されるリスクも低いしな」
「黒鉄君にもそういう下心はあるのかしら?」
無表情ながらも、どこかおかしそうに凛々華が尋ねた。
「下心っていう言い方が正しいのかは置いておいて、ないとは言えねえな」
「そう。なんだか意外ね」
「男はみんなそんなもんだっつーの。な、桐ヶ谷」
「うん、そうだね」
うなずきつつも、樹の表情はどこか硬かった。
「どうした? なんか暗い顔だが」
「いや、うん……黒鉄君に謝りたくて」
「俺に?」
蓮は瞬きをして、樹を見つめた。
「うん。証拠を持ってた僕が大翔君たちを泳がせたせいでこんな大事になっちゃったし、危うく黒鉄君が同級生をレイプしかけたってレッテルが貼られるところだった。本当にごめん」
樹が深く頭を下げた。
蓮は頬を緩めた。
「気にすんな。実は俺も桐ヶ谷のこと、ちょっと疑ってたから。お前が大翔側につけば信憑性は一気に増すからな。すまん、疑って」
「ううん。昨日の僕の態度見ればしょうがないと思うし、黒鉄君こそ全然気にしなくていいよ」
樹が苦笑いを浮かべた。昨日の自分が挙動不審だった自覚はあるようだ。
「サンキュー。そもそも桐ヶ谷にだって、立派にあいつに復讐する権利があるんだしな」
「でも、今回だって黒鉄君は僕を庇って面と向かって立ち向かってくれたのに、僕はこんな女々しいやり方しかできないのが申し訳ないよ」
「それは適材適所だろ。諸葛孔明が剣持って先陣切っても逆に斬られて終わるように、人にはそれぞれやり方があるからな。俺は割と喧嘩には自信があるし、そもそも集団でいるのが苦手だから助けただけだ。もし俺がハブられたくないって思ってたら、わざわざお前を助けようとはしなかったよ。色々いい具合に噛み合っただけだ。それに、俺は桐ヶ谷を突き放したからからな。それとおあいこだろ」
「あ、あれは僕を庇うためだったんでしょ? 巻き込まれないで、他の人たちと仲良くできるように」
樹が慌てたように言った。
蓮は苦笑いを浮かべて肩をすくめた。
「ちげえよ。シンプルにオタク界隈とは話合わなそうだなって思ってたから、距離を置いただけだ」
「そっか。ありがとう」
樹は嬉しそうに言った。
蓮は口をへの字に曲げた。
「だから、勘違いすんなって」
「どうして? 勘違いするのは僕の自由でしょ。黒鉄君に迷惑かけてるわけでもないんだし」
「いや、まあ、そりゃそうだけど」
思わぬカウンターに、蓮は言葉を詰まらせた。
隣で小さく笑う気配がした。
「おい」
「何かしら?」
凛々華が含み笑いを浮かべて、蓮を見上げた。
その楽しそうな笑みを見ていると、文句の一つでも言ってやろうという気は失せてしまった。
美少女恐るべしである。
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