第28話 蓮の作戦
「提案って何かな? 黒鉄君」
結菜が柔らかい口調で蓮に尋ねた。
「決定的な証拠にはなり得ないが、一つお互いの主張の信憑性を高められる方法を思いついたんだ」
「ハッ、どうせてめーに有利な方向に持っていくつもりだろ? 口だけは回るみてーだからなぁ」
「それは聞いてから判断してくれ」
嘲笑を浮かべる大翔に対し、蓮は平坦な口調で答えた。
「ぐっ……!」
大翔が歯を食いしばり、拳を握りしめた。
「そうだね。まずは聞こうよ」
結菜が困り眉で、取りなすように言った。
大翔が押し黙るのを待って、蓮に視線を向ける。
「黒鉄君、その方法っていうのは?」
「至ってシンプルに、お互いが昨日の放課後のやり取りを再現していくって方法だ。ここまで主張が食い違っている以上、絶対に全く別のストーリーになるはずだからな。どちらかに矛盾が生じれば、そっちが嘘を吐いていることになる。さっきも言ったように、決定的な証拠にはならねえだろうけど」
「なに、傷ついてる芽衣に、さらにその記憶を掘り返させようって言うの? 普通に引くんですけどぉ」
大翔の取り巻きの発言に、蓮は肩をすくめた。
「それこそ印象操作がすぎるな。それに、どのみち島田の主張が本当なら、何度も事情聴取されることになる。そもそも全部を再現しろとも言ってないしな。最初だけなら問題はないんじゃねえか? ま、そこは島田に任せるけど」
蓮は挑発をするように口の端を吊り上げた。
「芽衣、どうするの? 別にあんな挑発に乗る必要もないと思うけど」
「……ううん、やるよ」
芽衣がブレザーの袖で目元を拭い、立ち上がった。
目の縁が赤くなっているが、まず間違いなく本当に泣いていたわけではないだろう。事実として、蓮は彼女に何もしていないのだから。
何が彼女をそこまで駆り立てたのか——。
そんなことを疑問に思いつつ、蓮は口を開いた。
「まずは基本情報だけすり合わせておくぞ。呼び出したのは島田のほうで、手段は手紙。名前は書かれていなかった。実際に俺らが顔を合わせたのは午後四時前で、場所は三階の一番西側の空き教室。お互い学ランとブレザーを着ていた……ここまではいいな?」
芽衣は視線を合わせないままうなずいた。
「じゃあ、まずは俺から行くぞ」
蓮は自分の狙いがバレないように努めて平静さを装いながら、芽衣との一連のやりとりを再現していった。
大翔についての恋愛相談をされたという点で、芽衣たちから「印象操作だ」等のクレームが入ったが、それは結菜がうまく処理をしてくれた。
「……で、話が終わった後は島田を残して教室を出て、クラスで柊や井上と会ったって流れだ」
「うん。矛盾点はなさそうだね。ちなみに、一緒に教室を出なかったのはどうして?」
「島田がまだ何か用事がありそうな感じだったからな」
「なるほど……じゃあ、島田さんは?」
結菜が芽衣に振った。
芽衣は一度大きく深呼吸をしてから、話し始めた。
「呼び出してごめんねって謝って、何の用って聞かれたから告白したんだ。そしたらいきなり押し倒されて、俺のことが好きならいいよなって……!」
芽衣は唇を噛み、声を震わせた。
——側から見れば悲劇のヒロインのように見えたかもしれないが、蓮は頬が緩むのをこらえることができなかった。
まさか、こんなに狙い通りになるとは思っていなかったのだ。
「てめえっ、何笑ってやがる⁉︎」
大翔が力任せに机を叩いた。語尾は震えていた。
蓮はニヤリと笑って答えた。
「悪い悪い。どちらの主張が正しいのか、証拠が出揃ったからな——たった今」
「何……⁉︎」
芽衣陣営に動揺が走った。特に芽衣と大翔は額に汗を浮かべていた。
彼らが焦るのは仕方のないことだろう。何せ、彼らには自分たちが嘘を吐いているという自覚があるのだから。
「島田は俺に押し倒されたと主張した。ということは。俺の指紋が肩かどこかに付いてるはずだよな? 今まさに着ている、そのブレザーに」
「「っ……!」」
芽衣と大翔が絶句した。他の芽衣を支持していた者たちも、呆然とした表情で言葉を失っている。
蓮は畳み掛けた。
「さっき島田は自分がブレザーを着ていたことを肯定したし、ワイシャツでもないんだから洗っているわけもない。あとはもう、それについてる指紋を調べてもらえば終わりだ。というより、お前らの今の反応を見れば丸わかりだと思うぞ? 俺が島田を襲ったっていうのも、柊を脅しているっていうのも、全部嘘だって」
「っ……で、でもっ、柊さんは黒鉄君のことは何ともないって言ってた! それなのに毎日一緒に登校してお昼も二人で食べているのはおかしいよ! 絶対大翔君の言う事通り、黒鉄君に脅されてるんだ!」
「あ、あれはそういう意味じゃないわ!」
凛々華が焦ったように叫んだ後、ゆっくりと息を吐き出した。
「……ただ、あなたが変な勘ぐりをしていそうだったら否定しただけよ。それに、この状況であなたが自分が襲われたことを主張せずに私が脅されているという話題に逃げた時点で、嘘を吐いていたことを認めたようなものだわ」
「ち、違う! 私はあくまで黒鉄君の言っていることは間違っていると言いたかっただけで——」
「もういいでしょ。こんな茶番」
必死に声を張り上げる芽衣を、冷たい声が遮った。蓮でも凛々華でも、亜里沙でもなかった。
——声の主は樹だった。
「な、何よあんた⁉︎」
「黒鉄君も柊さんも言っていたけど、さすがにあれだけ動揺されたらどっちが正義かはわかるって。見てみなよ、みんなの表情を」
「はぁっ? なっ……⁉︎」
芽衣が周囲を見回して絶句した。
先程まで同情の対象だった彼女には、そこかしこから厳しい視線が送られていた。
それはそうだろう。
声を荒げることもなく淡々と矛盾点を指摘した蓮と、矛盾を突かれて動揺した芽衣では、もはや証拠などなくともどちらが本当のことを言っているのかは明白だ。
「もう十分だとは思うけど、指紋なんて取らなくても、実は明確な証拠があるんだ」
クラス中がざわついた。
蓮もそんなことは聞いていなかったため、驚いて樹を見た。彼は携帯を操作した。二人の男女の話し声が聞こえてきた。
『本当にそれでうまく行くの?』
『あぁ。クラスで孤立している黒鉄の意見なんて誰も聞かねえよ。これであいつが干されれば凛々華を救えるし、お前は俺とデートができる。こんなウィンウィンな作戦、やらねーほうがおかしいだろ』
『……うん、そうだね。柊さんのためにも私自身のためにも、やるよ』
『おう、期待してるぜ』
短い会話だけでも全貌は見えてきた。大翔は芽衣に「凛々華は蓮に脅されている」と信じ込ませ、作戦の大義名分を与えた上で、自分とのデートという餌で釣っていたのだ。
まさか自分たちの会話が録音されているとは思っていなかったのか、大翔と芽衣は遮ることもなく唖然としていた。
凛々華が一歩前に進み出て、周囲を見回した。
「一方は根拠のない暴論やデートをネタに他人を利用し、他方はそれをあっさり信じて私のためという大義を掲げつつ自分の欲望を満たそうとした彼らと、全員が見て見ぬ振りをする中で桐ヶ谷君を助けた黒鉄君。どちらを信じるべきかは、もう言うまでもないことなんじゃないかしら?」
クラスメイトの反応は様々だった。気まずそうに視線を逸らす者もいれば、肯定するように大きく首を縦に振る者もいた。
しかし、大翔の取り巻きからですら、彼や芽衣を擁護する声は上がらなかった。
——もはやその場に、本当に蓮が芽衣を襲ったのだと信じている者は存在しなかった。
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