第27話 レイプ疑惑をふっかけられた
「俺が島田を襲った? 悪いが、言っている意味がわからねえんだけど。確かに昨日の放課後に会ってはいるが、軽く話したくらいだぞ」
突然の言いがかりに蓮が困惑してみせると、大翔が鼻を鳴らした。
「ハッ、しらばっくれるつもりか? 相変わらずポーカーフェイスだけはうめえみてーだが、残念だったな。昨日、てめーが教室を出て行った後に泣いてる芽衣を見たやつがいるんだよ!」
「そうよ! 芽衣は衣服を乱された状態で静かに泣いていたわ! 抵抗されて未遂で終わったとはいえ、レイプとか立派な犯罪よ! 土下座しなさいこのクズ!」
大翔に呼応して出てきたのは、彼の取り巻きの一人だった。
蓮は呆れてしまった。彼らの主張には、証拠と呼べるような信憑性が何もなかった。
(けど、ここでの立ち回りは慎重にしねえとな。言いくるめようとしてるって取られたら面倒だし)
事実、クラスメイトの中には大翔たちの主張を鵜呑みにしたのか、蓮に鋭い眼差しを送ってきている者もいる。
ないことの証明は難しい。事実無根だと否定できるだけの手札を持たない蓮にとって、場の空気を自分側に引き寄せるのは重要なことだった。
「おいおい、何も言えねーのか?」
「そりゃ、事実を暴露されて焦ってるに決まってんだろ!」
「まさかバレるとは思ってなかったんでしょうね、低脳すぎてウケるんですけどぉ!」
「——あなたたちにも、印象操作をしようと思うだけの知恵はあったのね」
蓮が状況を見極める中、調子づく大翔の取り巻きに対抗したのは凛々華だった。
眉尻を吊り上げた彼女の圧に、意気揚々と蓮を口撃していた者たちは息を呑んだ。
凛々華は蓮を庇うように一歩前に出て、静かな口調で続けた。
「けど、あなたたちの主張は曖昧すぎて信憑性に欠けるわ。第一、彼が島田さんを襲うわけがないでしょう。理由がないもの」
「え〜、仮にも芽衣が泣いてるのにそこまできっぱり否定するとか、なんか柊さんらしくなくなーい?」
「……はっ?」
取り巻きの一人の反論に、凛々華が眉をひそめた。
「あなたは何を言っているのかしら?」
「いやいや、そのまんまの意味ですけどぉ。私たちの主張が信憑性に欠けるって言っても、それがイコール黒鉄がシロであることにはつながらないじゃーん? そんな状況なのにこっちが嘘を吐いてて、芽衣の泣いてるのが芝居だって断定するのが、なんか冷静な柊さんらしくないなっていうか〜」
「それな!」
「やっぱり大翔の言う通り、黒鉄に弱み握られてんじゃねーの?」
「どうせこうなった場合には、自分のことを全力で援護しろとでも言われてたんでしょ? 冷静な柊さんらしくもなく、墓穴を掘ったね〜」
疑惑、そして見下すような視線が凛々華に突き刺さる。
凛々華は呆れた様子を隠そうともせずに、長く息を吐き出した。肩をすくめ、嘲笑を浮かべて、
「よくもまあ、何の証拠もない暴論を次から次へと並べることができるわね。それで自分たちの主張だけ信じろとでも言うのなら、さすがに引くのだけれど」
「あっ、私たちがまるで意見を押し付けてるみたいな印象操作? そういうところはさすがだねぇ」
馬鹿にするように鼻を鳴らした大翔の取り巻きを、凛々華がスッと紫色の瞳を細めて睨みつけた。
背後にいる蓮ですら無意識に身構えてしまうほどの怒気が発せられていた。
「っ……!」
取り巻きは顔を青ざめさせ、肩を震わせた。
しかし、彼女が凛々華のプレッシャーにさらされ続けていたのはごく短時間のことだった。凛々華の前に英一が立ちふさがったからだ。
「柊さん。どうか、本当のことを話してほしい」
「……はっ?」
凛々華が何言ってんだこいつとでも言いたげに眉をひそめるが、英一は語りかけるように優しげな口調で続けた。
「もし柊さんが何かとんでもないようなネタを黒鉄君に掴まれていたのだとしても、僕らは誰も君のことを見捨てたり軽蔑したりしない。もし本当に彼に脅されたりしていたのなら、今この場で正直に白状してほしい。安心して。僕は君の味方だから」
英一が白い歯を見せて笑いかけた。その笑顔には大役をやり遂げたような満足感が浮かんでいた。
——しかし、それは単なる思い違いだった。
凛々華は疲れたように大きくため息を吐き、英一を鋭い眼差しで見上げた。
「何度も言わせないで。私はさっきから正直に言っているわ。それともあなたは、何か私が嘘を吐いているという証拠でも持っているのかしら?」
「い、いや、そういうわけじゃないけどっ、でも——」
「なら黙っていてもらえるかしら。何の関係もない第三者なのだから、出しゃばってこないで。不愉快だわ」
「っ……!」
凛々華の冷徹な言葉を受けて、英一だけではなくその場の雰囲気が凍りついた。
静かな怒りがその場を支配する中、口を開いたのは意外な人物だった。
「私は、黒鉄君はそんなことはしてないと思う」
クラス中の視線が発言者に向いた。昨日、凛々華が放課後に数学を教えた井上亜里沙だった。
亜里沙は注目を一身に受けて緊張した面持ちを浮かべつつも、蓮にまっすぐな視線を向けて、はっきりとした口調で話しかけた。
「黒鉄君。昨日の放課後に教室に戻ってくる前に、黒鉄君は芽衣ちゃんと会ってたんだよね?」
「おう」
「だったら、そこで襲っていたとは考えられないよ。黒鉄君は普通に歩いて教室に戻ってきたし、宿題をしていた柊さんを待ったり、解き方を教えたりしてたもん。私が柊さんから数学を教わっているときもそわそわしている余裕なかったし、帰るときも特段急ぐようなそぶりは見せなかった。犯罪まがいのことをした後に、そんな余裕のある行動できる? すぐにその場を離れるのが普通じゃない? 抵抗されて未遂のまま逃げ出したのなら、なおさら学校に留まりたくないでしょ」
亜里沙の理路整然とした主張に、「確かに……」「そうだよな……」というつぶやきが漏れた。
彼女は自分を落ち着かせるように深呼吸をしてから、覚悟のこもった強い眼差しで大翔を見た。
「それにそもそも、黒鉄君に突っかかっていた金城君たちがそんな主張をしても、彼を陥れようとしているとしか思えないよ。柊さんと黒鉄君の親密さが偽物だったとも思えないしね」
「なんだと……⁉︎」
大翔の額に青筋が浮かんだ。
その口が開かれたが、彼が何かを言うよりも先に、別の声が響いた。
「みんな、一回落ち着こうよ!」
場を取りなすようにそう言ったのは、クラス会長の藤崎結菜だった。
彼女は困ったように眉を下げ、芽衣陣営と蓮陣営を交互に見ながら言葉を続けた。
「島田さん側にも、黒鉄君側にも、色々主張したいことはあると思う。でも、大事なのは曖昧な感情論や憶測じゃなくて、事実を裏付ける証拠じゃないかな」
反論の声は上がらなかった。
そもそもの主張の内容が正しかったのと、満場一致で会長になった結菜のカリスマ性がなせる技だろう。
結菜は満足そうにうなずき、クラス全体を見回しながら続けた。
「というわけで、誰かそういう証拠を持っている人、いないかな?」
沈黙がその場を支配した。
たっぷり五秒間待ってから、蓮は手を上げた。
「——俺に一つ、提案があるんだが」
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