第25話 陽キャの幼馴染の推理
帰りの道すがら、蓮は凛々華に芽衣とのやりとりを話した。
「そう」
凛々華はたった一言、そうつぶやいた。
彼女の周囲の空気が一気に冷たく張り詰めた。蓮は慌ててフォローした。
「ま、島田にも悪気はないんじゃねえか? 多分、柊と仲良くするためのコツでも聞きたかったんだろ。俺が一番一緒にいるし、そういうのって本人に聞くのは恥ずかしいからさ」
凛々華は足をピタリと止めた。横目で鋭く蓮を射抜くように視線を送り、
「ずいぶんと、彼女の肩を持つのね」
「えっ?」
蓮は思わぬ指摘に目を瞬かせた。慌てて首を振る。
「いや、そういうわけじゃねえよ。ただ、柊が不快に思ってねえかなって心配になっただけだ」
「……そうね。ごめんなさい。今のは完全に八つ当たりだったわ」
凛々華が申し訳なさそうに眉を下げた。視線は足元に落ちている。
予想外に自責の念に駆られている彼女を見て、蓮は再び慌ててフォローに入った。
「気にすんな。正直、俺も島田のことは警戒しているから。行動に一貫性がないっつーか、狙いがイマイチはっきりしないからな」
「……一つだけ、彼女の全ての行動に説明がつく仮説があるわ」
「えっ、なんだ?」
凛々華は唇を舐めた。蓮を正面から見据えて答えた。
「彼女が、あなたを好きである場合よ」
「……えっ?」
蓮はまじまじと凛々華を見つめてしまった。
「島田が、俺を?」
「えぇ。私に言っていたあなたを狙っている子というのが実は彼女自身で、私への謝罪は彼女なりの牽制と宣戦布告だったのかもしれないわ。私と黒鉄君がお互いに一番一緒にいるのは事実だもの」
「なるほど」
蓮はあごに手を当ててうなずいた。
「それなら確かに、俺には謝罪がなかったのも、突然また関わるようになったのも一応説明はつくか」
「えぇ。それまで執拗に揶揄ってきたのも、私たちの関係性を探るためだったのかもしれないわ」
「筋は通っているが……あんまり現実味がないな。つい先日までは睨まれてたし」
蓮は後頭部を掻いて苦笑した。
凛々華が肩をすくめた。
「先入観で睨まれているように感じただけで、何を話すか考えて難しい顔をしていただけだという可能性だってあるわ。事実、今は睨まれていないのだし」
「確かにな。だが、あいにく俺は島田に好かれる理由がないぞ」
「多くの場合、人を好きになるきっかけなんて些細なものよ」
淡々としていたが、迷いのない口調だった。まるで、凛々華自身がそういう経験をしたことがあるかのようだ。
「ほとんど関わりがなくてもか?」
「直接的に何かをされていなくても、誰かを好きになることはあるんじゃないかしら。一目惚れという可能性だってあるのだし」
「まあ、そうだな」
蓮は自分が一目惚れをされるような男前だとは思っていないが、そこは議論の焦点ではない。
「それに、覚えていないだけなのかもしれないし。特に、あなたは無意識にそういうことをしそうだもの」
「どんなイメージだ」
蓮がツッコむと、凛々華が再び肩をすくめた。正面を向いたまま、抑揚のない声で言った。
「これはあくまで仮定の話だけれど……もしも島田さんがあなたに言い寄ってきたり、あなたも彼女を憎からず思っているのなら、向こうを優先してもらって構わないわ」
「いや、それはしねえよ」
「えっ?」
凛々華が思わずと言った様子で蓮を振り向き、口をポカンと空けて固まった。
蓮はアメジストの瞳に視線を合わせ、断言した。
「島田に限らず、柊よりも他のやつらを優先することはねえから」
「なっ、なっ……!」
凛々華の頬がみるみる赤くなっていく。その小さな口が、魚のようにパクパクと開いたり閉じたりを繰り返した。
蓮は自分の言い方に語弊があったことに気づき、慌てて言い添えた。
「あっ、別に変な意味じゃねえぞ? 昼休みに柊が言ってくれたのと同じだ。手を差し伸べてくれなかったクラスメイトと、正面切って大翔を注意してくれた柊なら、そりゃ柊を優先するだろって話だ」
「っ……そ、そんなことはわかっているわよ!」
凛々華は叫ぶように言い放ち、ツンとそっぽを向いた。そのまま乱暴な足取りで歩き出した。
(結構負けず嫌いだよな、柊って)
蓮はひっそりと笑みをこぼしてから、凛々華の背中を追いかけた。
◇ ◇ ◇
その後も、芽衣からの接触は続いた。当然というべきか、蓮と彼女の関係を疑う声も上がり始めた。
一部では、凛々華も交えた三角関係が形成されているのではないか、などという噂も立ち上り始めているようだ。
それから程なくして、蓮の机に手紙が入っていた。
差出人不詳だった。「放課後、三階の一番西側の空き教室に来てください」とだけ書かれていた。
「どうしたのかしら? 難しい顔をして」
凛々華が横からひょいと身を乗り出して、蓮の手元を覗き込んだ。その顎のすぐ下に小さな頭が収まる形になる。
さっぱりとした甘い香りがふんわりと漂い、蓮の鼻先をくすぐった。彼は一瞬息を呑んだが、すぐに凛々華が読みやすいように手紙の向きを変えた。
「こんなのが入っててさ」
「……まさか、彼らじゃないでしょうね」
凛々華が厳しい眼差しを大翔たちに向けた。
「それはないんじゃねえか? あいつらなら、たとえバレないように呼び出すとしても俺に敬語を使うのはプライドが許さねえだろうし、あまりにも大翔らしくないやり方だ」
「……確かにそうね」
凛々華が複雑そうな表情でうなずいた。
「とりあえず行ってみるわ」
蓮は手紙をポケットにしまった。ほんのり眉をひそめる凛々華に視線を向けて、尋ねた。
「柊はどうする? 多分そんなに長くはならねえと思うけど」
「……そうね。教室で勉強でもしていようかしら」
「わかった。長引きそうなら連絡する」
「えぇ。気をつけなさい」
凛々華が真剣な表情で蓮を見上げた。体に添えられた両の拳は、そっと握りしめられていた。
「あぁ。サンキュー」
蓮が教室を出ると、廊下の角に大翔の背中が見えた。
「——どけ」
低い声でそう言い放ち、大翔は対面していた生徒を力づくで押し退けて大股で去っていった。
蓮はよからぬ予感がして、よろけているその男子生徒——桐ヶ谷樹に近づいた。
「桐ヶ谷」
「く、黒鉄君っ⁉︎」
樹が声を裏返らせた。
蓮は大翔の後ろ姿を見やってから、尋ねた。
「どうした? また何かされていたのか?」
「う、ううん。そういうわけじゃないよ!」
樹は顔の前で手をブンブンと勢いよく振った。瞳は泳ぎ、語尾は震えていた。
動揺しているのは明らかだったが、蓮は踏み込まなかった。
「そうか。ま、何かあったら言ってくれ。相談くらいは乗るから」
「あっ、うん。ありがとう」
「おう。それじゃ」
拍子抜けしたような表情を浮かべる樹を残して、蓮は指定された場所に向かうべく歩き出した。
待たせては申し訳ないため、自然と早足になった。
——そのため、樹がつぶやいた言葉は彼の耳に入らなかった。
「……ごめんね。黒鉄君、柊さん」
◇ ◇ ◇
「ここだよな」
蓮は教室の前に立った。脳内で方角を確認してから、扉を開けた。
「あっ、来てくれたんだ」
机に手をついて外の景色を見ていたらしい女子生徒が、振り返って軽く手を挙げた。
緊張しているのか、その頬は引きつり、口元にはぎこちない笑みが浮かんでいた。
「呼び出しちゃってごめんね。黒鉄君」
「——島田」
空き教室で蓮を待ち受けていたのは、島田芽衣その人だった。
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