第24話 芽衣が一緒に帰ろうと誘ってきた
昼食後の睡魔に耐えきれず、蓮は五限の国語の終盤に夢の世界へと旅立った。
「あなたたち、そろそろ起きなさい」
「んあ?」
「いてっ」
五限終了から数分が経過したころ、蓮は同じく熟睡していた心愛とともに、凛々華に叩き起こされた。
間抜けな声を上げた前者が肩を叩かれた心愛で、悲鳴を上げた後者が頭を叩かれた蓮だ。
蓮は自分も肩を叩いてくれればよかったのに、と不満に思ったが、おかげで目が覚めた。
そうして慌てて六限の支度をしているときだ。
ねぇ、黒鉄君。ちょっといいかな——。
芽衣がそう声をかけてきたのは。
(柊と仲良くしたいんじゃなかったのか? 何か特別な事情でもあるのか)
蓮は訝しげに問い返した。
「島田。どうした?」
「黒鉄君も音楽選択でしょ? リコーダー探してて、友達には先に行ってもらったからさ。私と一緒に行こうよ」
「ん? あぁ、わかった。ちょっと待ってくれ」
確かに教室に目をやると、芽衣が普段から行動を共にしている女の子たちはいなかった。
他に一緒に行く人がいなかったから、蓮に声をかけたのかもしれない。人間は基本的に群れていたい生き物だ。
芽衣が凛々華と心愛に声をかけなかったのは、選択科目が違うからだろう。
芽衣と蓮は音楽で、凛々華は書道、心愛は工芸を取っている。
ふと顔を上げると、凛々華が不機嫌そうに眉を寄せていた。
芽衣が彼女にしか謝罪をしていない状況に、腹を立てているのだろう。
(正義感が強いな、この子は)
蓮が自分は気にしていないと告げるように笑みを浮かべると、凛々華はふいっと視線を逸らした。
尖った唇とほんのりと色づいている耳元が、彼女の不器用な性格を表していた。
彼女は少しの間逡巡するようにその場に立っていたが、やがて踵を返して教室を出た。
蓮も支度を終えたため、芽衣と並んで教室を出た。前には同じく音楽選択のクラスメイトの集団が歩いている。
「ごめんね、黒鉄君。いきなり声かけちゃって。迷惑じゃなかった?」
芽衣が蓮の顔を覗き込み、眉を寄せて上目遣いで見上げた。
「大丈夫だ。誰と行く予定もなかったしな」
蓮が首を横に振ってみせると、芽衣は「よかった〜」と息を吐いた。少し大袈裟なように感じられた。
「黒鉄君。柊さんとしか話しているの見たことないから、嫌われてるのかと思っちゃった」
「別にそんなことはねえよ。ただ、話す相手がいないだけだから」
「そうなの? じゃあ、これからもちょいちょい話しかけていい?」
「別にいいけど、俺に用事なんてあるか?」
芽衣はキョトンとした表情を浮かべた後、クスクス笑った。
「クラスメイトに話しかけるだけだから、用事なんて必要ないんじゃない?」
「確かに、それもそうだな」
蓮は苦笑いを浮かべた。
その後も他愛のない雑談をしていると、音楽室に到着した。
たまたま友達を先に行かせて、他に一緒に行く人がいなかったから声をかけてきたのだろう——。
蓮はそう思っていたが、芽衣はなぜか教室に帰るときも「一緒に帰ろう」と声をかけてきた。
「いいけど、友達と一緒じゃなくていいのか?」
蓮は一部の男子から鋭い眼差しが送られてきているのを感じ取りながら、尋ねた。
現在、男子からの人気は孤高のマドンナである凛々華と、クラス会長で人当たりの良い藤崎結菜の二人に集中している。
そこに続くのが芽衣だ。顔立ちは整っているし、前述した二人よりも庶民感のある美少女ということもあり、密かに彼女を狙っている男子も少なくないようだ。
「うん。全然大丈夫だよー」
蓮の問いに対し、芽衣は指で丸を作った。
「それに、黒鉄君との話も途中で終わっちゃってたしね!」
「そうだったな」
芽衣が新しい話題を振ってきたときに、ちょうど音楽室に到着したのだ。
二人で並んで教室に入ると、またもや話の区切りが悪かったからか、芽衣は蓮の席まで着いてきて、凛々華の席に腰を下ろした。
「そういえば、黒鉄君」
話が一段落したタイミングで、芽衣が遠慮がちに切り出した。
「どうした?」
「今日はもうこれで終わりじゃん。私も部活休みでさ。よかったらこの後、一緒に帰らない?」
芽衣の提案に、周囲がざわついた。
「俺は構わないぞ。ただ、一応柊にも聞いてみてくれるか?」
「あっ、ううん。そうじゃないの。できれば黒鉄君と二人で話したくって」
「俺と二人で?」
「うん……ダメ、かな?」
芽衣が不安げな表情で首を傾げた。
様になっている。蓮がもし少しでも彼女に劣情を抱いていたなら、二つ返事で了承していただろう。
しかし、返事は決まっていた。
「悪い。柊と帰る約束してるから、それは無理だ」
「っ……そっか」
芽衣が唇を噛みしめて、視線を下げた。
思いの外ショックを受けている様子に、蓮は内心で首を捻った。彼女がここまで落胆する理由がわからなかった。
「悪いな」
「ううん、全然大丈夫だよ!」
蓮が重ねて謝ると、芽衣は口角を上げて手を顔の前で振った。無理をしていることは明白だった。
一部の女子から、蓮に咎めるような視線が向けられるのがわかった。
(彼女たちが想像するようなものじゃないだろうけど……もしも島田が好意的な理由で誘ってくれていたのだとしたら、申し訳ねえな)
蓮も罪悪感を覚えないわけではなかった。
ただ、凛々華から言い出されない限りは、彼女を一人で帰らせるつもりはなかった。
「また話そうね〜」
芽衣が作り笑いを浮かべたまま、手を振って自席に戻って行った。
そのときちょうど、凛々華が教室に入ってきた。
自分の席に座っていた芽衣に目を向けてほんのりと眉を寄せてから、蓮に鋭い眼差しを向けてきた。
蓮は大したことじゃないと言うように、肩をすくめてみせた。
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