第23話 素の自分
「島田に謝られた?」
昼休みに凛々華からの報告を受けて、蓮は眉を上げた。
「えぇ。体育のときに——」
凛々華は芽衣との会話の内容を、淡々と説明した。
蓮は箸を置き、腕を組んだ。
「内容を聞く限り、俺らを揶揄いすぎていたことを自覚して気まずくなったから、一切話しかけてこなかったのかもな」
「でもそうであるなら、私だけでなく黒鉄君にも謝るべきだわ」
凛々華は視線を前方に向けたまま、小さな手を膝の上でぎゅっと握りしめた。
蓮は苦笑した。
「ま、筋としてはな。でも、同性の柊のほうが謝りやすかったのかもしれないし、そもそも迷惑がかかるのは柊のほうだから、何も不自然なことじゃないんじゃねえか?」
「どうして私のほうが迷惑なのかしら?」
凛々華は眉をひそめた。どうやら本当にわかっていないようだ。
「そりゃ、柊はモテてるからな。俺が柊を好きだって噂が流れたところで『まあ柊だからな』って納得されるだけだろうけど、俺は人気者じゃない。柊が俺を好きなんて噂が流れたらみんな不可解に思うだろうし、もし柊が誰かを好きになったときにも悪影響だろ。変な趣味のやつだって思われて、恋愛対象から外されるかもしれねえし」
「そんなの関係ないわ」
凛々華が低い声でピシャリと言った。
膝上の弁当箱に添えられた彼女の指先は、わずかに白くなっていた。力が込められている証拠だ。
(また怒らせちゃったか?)
蓮は不安になって口を閉ざした。
凛々華は小さく息を吐いた後、蓮に鋭い視線を向けた。
「前にも言ったと思うけれど、クラスメイトは私の外見だけで判断しているわ。そんな人たちからどう思われようとどうでもいいことだし、そもそもそれはモテていると言えるのかしら?」
「結局人って見た目が大事だし、お前の中身を好きになったやつだっているかもしれないぞ?」
「あり得ないわ」
凛々華は間髪入れずに断言した。
「黒鉄君以外のクラスメイトと、素の自分で接したことはないもの。あなたもそれは薄々感じ取っているんじゃないかしら?」
「そうだな」
蓮は同意した。個人的に関わるようになってから、凛々華に対する印象は大きく変わった。
彼女はどこか満足げにうなずいて、言葉を続けた。
「それに、いじめられていた桐ヶ谷君のために行動したあなたよりも一緒に過ごしてもいいと思える相手はいないわ。そもそも、他に少しでも気になる人がいたのなら、あなたとこうして昼食を摂ったり、登下校を共にはしないもの」
「ま、それもそうか」
蓮は合点がいったように大きくうなずいた。
(極端と言えば極端だが、柊らしいな)
正義感の強い彼女のことだ。
主犯である大翔たちのみならず、我関せずの態度を貫いていた他のクラスメイトでさえ、もはや興味の対象ですらないのかもしれない。
感情を整えようとするかのように、凛々華は静かに息を吐いた。
「……ただ、これはあくまで私の意見だから、島田さんが何を思っているのかはわからないのだけれど」
「そうだな。でも、柊と仲良くするつもりはありそうだから、そんなに気にしなくていいんじゃないか?」
話しているうちに、蓮は一つの可能性を思いついた。
「もしかしたら、島田が柊にだけ謝ったのは、俺を交えた三人の関係より二人で過ごしたいっていう意思表示かもしれないぞ? もし島田が二人で帰ろうとか誘ってきたら、そのときは全然——」
「彼女と二人で過ごすつもりはないわ」
蓮の言葉を、凛々華が鋭く遮った。顔をしかめて続けた。
「どういう意図であれ、私だけに謝るなんて不誠実だわ。そんな人とは一緒にいたくないもの」
「相変わらず手厳しいな」
蓮は苦笑いを浮かべた。
同時に、自分は周囲に感謝すべきかもしれないとも思った。
こうして凛々華と過ごせているのは、他の者たちが勝手に脱落していったおかげなのだから。
「それにしても、あなたは全く気にしないのね」
「何をだ?」
蓮は卵焼きを口に運びかけて、凛々華を見た。
彼女は蓮の反応を測るように、横目で視線を送りながら、
「島田さんの話では、あなたを狙っている子がいるという話だったのだけれど」
「あっ、そのことか」
指摘されてようやく、蓮は思い出した。
「……本当に忘れていたの?」
凛々華は半眼になった。呆れているのを隠そうともしていない。
蓮は肩をすくめた。
「誰かわからない以上は、こっちが気にしても仕方ないからな。それに、俺も柊の前くらいでしか素の自分を見せてねえから、好かれる理由もわかんねえし」
「淡白ね」
「柊には言われたくねえな」
「あなたよりは感性豊かな自信があるわ」
凛々華が口角を吊り上げる。どうやら機嫌は治っているようだ。
自然と、蓮の口から軽口が漏れる。
「そんなことを言うってことは、やっぱり気になる人でもいんのか?」
「さぁ、どうかしらね」
凛々華は流し目を向けて首を傾げてみせてから、弁当箱の蓋を開けた。
手元が狂ったのか、カラカラと音を立てて草の上を転がった。
「っ……!」
凛々華の顔が一気に赤みを帯び、耳元まで染まっていった。
「確かに、俺よりは感性豊かだな」
「黙りなさい」
「……くっ……!」
凛々華の厳しい口調に反して、蓮は笑いを抑えられなかった。
少しとはいえ彼女の素の性格を知っている身としては、底冷えする声色と羞恥に染まっている顔のギャップが面白くて仕方なかった。
凛々華はしばらくの間、くつくつと笑い声を漏らす蓮にじっとりとした視線を向けていた。
やがて肩をすくめながら息を吐き、弁当に箸を伸ばした。
もしかしたら、島田が柊にだけ謝ったのは、俺を交えた三人の関係より二人で過ごしたいっていう意思表示かもしれないぞ——。
蓮はその仮説に自信を持っていた。芽衣が睨むように彼を見ていたことにも説明がつくからだ。
だから、今後は特別な事情でもない限り、芽衣から話しかけられることはないと思っていたのだが。
「——ねぇ、黒鉄君。ちょっといいかな?」
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