第21話 幼馴染の拒絶
「ため息を吐くってことはやっぱりそういうことだよなぁ? 凛々華」
「っ——」
突然近くから聞こえた声に、凛々華の肩がビクリと跳ねた。
振り返ると、大翔が下卑た笑みを浮かべて、夕陽を背にして立っていた。
凛々華は眉間にしわを寄せ、低い声で尋ねた。
「見ていたの?」
「ハッ、そんなことはどうでもいい。お前、やっぱり黒鉄に弱み握られてんだろ?」
「そんな馬鹿げた話、あるわけないでしょう。何かの見過ぎよ」
凛々華はきっぱりと否定した。
大翔が口の端を吊り上げて、
「じゃあ、今のため息はなんだよ」
「っ……」
凛々華は一瞬言葉を失った。
徐々に頬が熱を持つのがわかる。自分がため息を吐いた理由を察してしまったからだ。
だが、大翔はその様子を自分の都合の良いように解釈をしたようで、さもありなんとばかりに手を叩いた。
「やっぱりな!」
「……別に、今のはそういうものではないわ」
「ハッ。誤魔化そうったって無駄だぞ。黒鉄との時間が地獄みたいにしんどかったんだろ? そりゃそうだよなぁ? 脅されて嫌々付き合わされているんなら——」
「そんなわけないでしょう!」
凛々華の声が鋭く響いた。目尻を吊り上げて大翔を睨みつけた。
彼女の拳には、指先が白くなるほど力がこもっていた。
「っ……!」
それを目にした大翔は頬を引きつらせ、怯えるように一歩引いた。
凛々華は自分を落ち着かせるように深呼吸をした。
打って変わって、静かに言葉を紡いだ。
「……とにかく、私と彼は普通に仲良くしているだけ。あなたが勘繰っているようなことは一切ないわ。変な言いがかりをつけないでもらえるかしら。迷惑だわ」
冷静さを装った声だったが、震えた語尾に感情が漏れ出していた。
大翔は再び口の端を吊り上げた。
「おい、声が震えてるぜ? まさか、そんなにやべえものを握られて——」
「しつこいわね、あなた」
「っ……!」
凛々華は先程とは違って、声を張り上げることはしなかった。
それでも、得体の知れない圧を感じ取り、大翔は言葉を詰まらせた。
凛々華はゆっくりとまぶたを閉じた。深く息を吸い込み、それを長く吐き出した。
顔を上げ、鋭い視線で大翔を射抜いた。
「おじさんとおばさんには昔ずいぶん助けられたから、義理で今まであなたの世話を焼いていたけど……さすがにもう限界だわ」
大翔に一歩近づいた。彼はその圧に耐えかねたように後ずさった。
凛々華はその揺れ動く瞳を真っ直ぐに見据え、低く静かな声で告げた。
「——もう、私はあなたとは関わらないわ」
「なっ……!」
大翔は完全に言葉を失った。
そんな彼の様子を気にした様子もなく、凛々華はさらに言葉を続けた。
「当然でしょう? 黒鉄君が私を脅しているなんて根拠のない妄想、聞いているだけでも不愉快だし、何より彼に失礼よ。それと、なにか勘違いをしているようだけど、私は別に黒鉄君と仲良くしたいわけじゃないわ」
「……はっ?」
間の抜けた声を漏らす大翔に、凛々華は皮肉げに口の端を吊り上げた。
「私はただ、誰かを理由もなくいじめるような人と一緒にいたくなかっただけ。気づかなかった? 私があなたと登校する時間をとても無駄に思っていたことを」
「なっ——⁉︎」
大翔の喉が音を立てたが、凛々華は一切意に介さない。続けざまに言葉を投げかける。
「あなたは私が自分の意見も言えないから察してやってるとか言っていたそうね。笑わせないでくれる? 確かに自分の気持ちを素直に表現するのは得意ではないけれど、普通の雑談くらいはできるわ——それをしたいと思える相手なら、の話だけれど」
わざとらしい仕草で首を傾けた凛々華は、冷ややかに口元を歪ませた。
「わかるかしら? 私はもうあなたと登校するつもりはないし、もし黒鉄君と仲が悪くなっても一人で行くか、別の人を探すわ。そうね。いじめに加担してない人といえば初音さんや小鳥遊君がいるし、それこそ桐ヶ谷君もいるわ。もし黒鉄君と疎遠になったら、彼らと駅で待ち合わせをしてもいいかも知れないわね」
凛々華は言い切ると、呆然と立ち尽くす大翔を一瞥もしないまま背を向けた。
「とにかく、もう私と関わらないで」
そう言い捨てると、凛々華は振り返ることなく家の中へ消えた。
しばらく経っても、以前に一緒に登校することを拒絶したときのようにインターホンが連打されることはなかった。
凛々華は安堵したように息を吐いた後、自嘲の笑みを浮かべた。
「……私も黒鉄君のことを言えないわね」
以前、蓮に大翔を挑発するなと注意をしたことがあったが、彼と同じことをしてしまった。
いや、無意識である分、蓮のほうがマシだったかも知れない。
凛々華も頭の片隅では、自分の口が過ぎていることに気づいていた。
今後のことを考えれば、それ以上の発言は控えるべきであることも。
それでも、なぜか言葉を止められなかった。
これまで何とか呑み込んでいた言葉が、湯水のように流れ出した。
漏れ出た言葉は、全て胸の内に秘めていた偽らざる本音だった。
大翔がいじめていた樹を一緒に登校する候補の一人として挙げたことが、彼女の本心を何よりも明確に表していた。
——だが、それは大翔には伝わっていなかった。
彼はしばらく魂が抜けたように柊家の前で立ち尽くしていたが、突然何かに気づいたようにハッとした表情を浮かべ、不気味な笑い声を上げた。
「へっへっへ……なんだ。やっぱりそういうことかよ、凛々華」
大翔は軽やかな足取りで、自分の家に戻った。
『当然でしょう? 黒鉄君が私を脅しているなんて根拠のない妄想、聞いているだけでも不愉快だし、何より彼に失礼よ。それと、なにか勘違いをしているようだけど、私は別に黒鉄君と仲良くしたいわけじゃないわ』
先程の凛々華のその発言に、大翔は引っ掛かりを覚えていた。
「黒鉄のことを馬鹿にされて怒ったように見せながら、あいつとの特別な関係を否定したのは、まず間違いなく自分があのクソ陰キャと特別な関係にあるって、俺に誤解されたくなかったんだろーなぁ。そうじゃなきゃ、わざわざ黒鉄との関係を否定して、他のやつらの名前を出す理由がねえからな……っそうか!」
大翔は思わずといった様子で膝を叩いた。
一人でぶつぶつとつぶやくことで考えが整理されたのか、さらに何かに気づいたようだ。
「凛々華があえて黒鉄と敵対してないやつらの名前を出したってことは、直接的に黒鉄になにかしたらやばいっていう遠回しのSOSじゃねーかっ? いや、そうに違いねえ!」
大翔は腹を抱えて一人で大笑いした。
「なるほど、そういうことかよ……相変わらずめんどくせーことをしやがるなぁ、あいつは! けど、もしかしたら黒鉄に監視されてるって警戒しているのかもな。あの非モテ陰キャならそれくらいしてもおかしくねーし、そうだったら凛々華のこれまでの不可解な態度も極端な拒否も全部説明がつくぜ。そもそも、高校になっても一緒に行っていた俺を突然嫌うはずがねーからな〜」
大翔の表情からもはや不安の色は消え失せ、自信があふれていた。
彼はふと思案顔になった。
「だが、黒鉄が握っている凛々華の弱味がなんなのかわかんねー以上、下手に踏み込むのは危険だよな。カーストも腕っぷしも絶対俺のほうが上だが、陰キャはどんなこすい手を使ってくるかわからねーからな……仕方ねえ、あの女に協力させるか」
大翔は携帯を取り出し、とある人物の連絡先を表示させた。
「すり寄ってきたときは凛々華との将来には邪魔だと思っていたが、まさかこんなところで役に立つとはな。最近は凛々華たちに絡んでるみてーだし、一応キープしといてよかったぜ。さすがは俺様。抜かりはねーな」
大翔は自慢げに口の端を歪め、発信ボタンを押した。
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