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第20話 陽キャの幼馴染とお出かけ③ —カフェと忍び寄る影—

「いらっしゃいませ! ……あらっ?」


 明るい接客スマイルを浮かべた女性店員は、客の顔を認識するやいなや表情をほころばせた。

 驚きと親しみの混じったその笑顔が、(れん)に向けられる。


「蓮君じゃない! どうしたの、後ろの子は? もしかして彼女さん? すっごく可愛いじゃない!」

「違いますよ、(めぐみ)さん。クラスメイトの(ひいらぎ)凛々華(りりか)さんです」


 蓮が手を振りながら答えた。

 恵は「あら、そうなの?」と、目尻を下げてほんの少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに凛々華に微笑みかけた。


「凛々華ちゃん。ウチの蓮君がいつもお世話になって——」

「親じゃないんですから、早く席をお願いします」

「もう、釣れないんだからぁ」


 恵はおどけたように舌を出した。

 二十代半ばであるのにその仕草が似合うのは、ひとえに彼女の愛嬌と整った顔立ちによるものだろう。


「それでは、こちらへどうぞ〜」


 営業用スマイルを貼り直した恵により、奥の四人がけの席に通される。

 注文を取りに戻ってきた恵が、イタズラっぽい笑みを浮かべて凛々華を覗き込んだ。


「凛々華ちゃん。働いてる蓮君もなかなか凛々しいから、良ければ見に来て——」

「早く戻ってください。店長に怒られますよ」


 余計なことを口にし始めた恵に、蓮は低い声で注意をした。


「はいはい。年増女は退散しますよっと」


 恵は悪びれもせず、明るい声を残して去っていった。

 ケーキや飲み物を持ってきたときは、ウインクをするのみだった。少々お節介なところもあるが、引き際を心得ているため、お客さんにもバイトにもウケが良かった。


 ただ、凛々華はあまり快く思わなかったようだ。去っていく恵の背中を見ながら、ほんのり眉を寄せている。

 蓮は両手を合わせて謝罪の仕草をした。


「悪いな。恵さんって気さくな人だから、びっくりしただろ」

「そうね。でも、いいんじゃないかしら? 黒鉄(くろがね)君とはずいぶんと親しいようだし」


 凛々華の言葉には、いくらかの棘が混じっているように感じられた。

 もしかしたら、恵の公私混同した接客態度が気に入らなかったのだろうか。


「恵さんとはシフトが被ることも多いからな。気さくで面倒見もいいから話しやすいんだよ。ちょっとフランクすぎるときはあるけど、そのおかげで割と早く馴染めたし」

「ふーん……」


 凛々華はどこか納得していないような様子だ。フォークを握る手にわずかに力がこもっている。

 蓮は声をひそめ、不安げに尋ねた。


「あんまり好きじゃなかったか? この店」

「えっ?」


 凛々華は一瞬固まった後、すぐに否定するように勢いよく首を振った。


「いいえ、そんなことないわ。素朴で落ち着いた雰囲気があって、木材特有の暖かさも感じられる。悪くないんじゃないかしら」

「そうか? なら良かった。柊、なんかちょっと不機嫌そうだったから」


 蓮が何気なく指摘すると、フォークを握った凛々華の手がぴくりと震えた。眉を伏せて、そっと息を吐いた。


「……別に普通よ」


 凛々華はそれ以上の追求を拒むように、ケーキにフォークを突き刺して口元に持っていった。

 食べた瞬間、アメジストの瞳が見開かれた。


「っ……! 美味しい……」


 思わずといった様子でそう漏らした彼女は、上品さは保ちつつも、その小さな口に次々とケーキを運びこんでいく。


「柊って甘いもの好きなんだな」


 蓮の言葉に、凛々華はフォークを止め、ゆっくりと彼を睨むように見た。


「何よ。いけないかしら?」

「いや、ちょっと意外だなって思っただけだ」


 蓮がにやりと笑うと、凛々華はコーヒーのカップを両手で包み、視線を逸らした。拗ねたような口調で、


「甘いものくらい、女の子なら誰だって好きなものよ」

「それもそうか」


 蓮は納得したようにうなずいた。

 普段の高校生とは思えないオーラや冷淡な表情のせいで少し違和感が感じられるが、凛々華だって普通の女子高生なのだ。甘いものくらいは好んで当然だろう。




 食べ終わってしばらく読書をしてから、混んできたところで店を出た。

 カフェを出て少し歩くと、凛々華が不意に口を開いた。


「今度お邪魔するわ。あなたのバイト先」

「えっ? いや、恵さんのはリップサービスだから本気にしなくていいし、行かなくても何も気にしないぞ」

「別に彼女やあなたに義理立てするわけでも、あなたが働いてる姿を見たいわけでもないわ。単純に雰囲気が気に入ったから、勉強か読書でもしようと思っただけよ」


 蓮が軽い調子で言うと、凛々華はスッと目を細めて彼を見上げ、早口で反論してきた。どこかムキになっているようにも感じられる。


(社交辞令を真に受けるようなタイプだと思われたくないのかも知れないな)


 蓮は少しだけ違和感を覚えたが、どんな理由にせよ、足を運んでくれるというのなら断る理由はなかった。

 歓迎の意を込めて、蓮は大きくうなずいた。


「なるほどな。そういうことならぜひ来てくれ。といっても、別に俺の店じゃねえけどな」

「黒鉄君はどれくらい働いているのかしら?」


 凛々華が何気ない調子で尋ねてきた。


「俺? だいたい放課後四回と休日一回の週五だな。明日も朝から夕方までバイトだし」

「大変そうね。放課後、私を送っている余裕はあるのかしら?」

「全然問題ないぞ。元々シフトの開始は遅めにしてもらってるからな。俺に全く迷惑はかかってないから、そこは安心してくれ」

「……そう。それなら良いのだけれど」


 凛々華は安堵したようにホッと息を吐いた。


「心配してくれてありがとう。やっぱり優しいよな、柊って」

「勘違いしないでもらえる? 自分が原因であなたがバイトに遅れたりしたら気分が悪いと思っただけよ」


 凛々華は一息でそう言うと、それ以上の会話を拒むようにスタスタと早足で歩き出した。

 サラサラと揺れる髪の毛から覗く耳は、恥じらうようにほんのり赤みを帯びていた。


(相変わらず素直じゃねえな……って、これまずいな)


 蓮は笑みを引っ込め、慌てて凛々華の背中を追いかけた。その肩に手をかけた。


「ちょっと待て」

「な、何?」


 凛々華は振り返り、肩に置かれた蓮の手を見て大きく目を見開いた。

 蓮は彼女の足元——ヒールに目を向けた。


「それ、普段のローファーと比べたら歩き慣れてないだろ? 万が一転んだら危ねえし、もうちょっとゆっくり歩こうぜ」

「……えぇ、そうね」


 今朝の失態を思い出したのか、凛々華は目元を染めて視線を泳がせながら、気まずそうな表情で顎を引いた。


「あと、悪いな。咄嗟に肩掴んじまって」


 蓮が謝ると、凛々華は自分の肩を指先でなぞった後、ふいっと視線を背けた。


「別に気にしていないわ」


 凛々華は大きく一歩を踏み出しかけて、ハッと何かに気づいたような表情になってゆっくりと歩き出した。

 今し方連に注意されたのを思い出したのだろう。頬と耳元はすっかり紅潮していた。


(こういうところは変に素直なんだよなっ……)


 蓮は吹き出しそうになるのを必死にこらえた。腹筋がプルプルと震えた。

 凛々華の刺すような眼差しのおかげで、無事に笑いを引っ込めることに成功した。




 それからもポツポツと会話をしていると、いつの間にか柊家に到着していた。


「今日は楽しかったよ。誘ってくれてありがとうな」

「っ……」


 凛々華は驚いたように瞳を丸くさせた後、まつ毛を伏せて小さくうなずいた。


「……こちらこそ。限定版も手に入れることができたし、悪くない時間だったわ」

「あぁ。なんか久々に休日っぽい過ごし方をした気がする」


 蓮がそう言って苦笑してみせると、凛々華はわずかに口元を緩めた。その笑みは、オレンジ色の柔らかな光に包まれた木造建築の店内のように、穏やかで温もりを感じさせる優しさをたたえていた。

 気を抜けば呑まれてしまいそうだ。蓮はすぐに言葉を続けた。


「また、西野(にしの)圭司(けいじ)絡みでいい店とか見つけたら教えてくれよ」

「……そうするわ」


 凛々華の声が少し沈んだように聞こえ、蓮は慌てて言い添えた。


「あっ、もちろん俺も自分で調べたりはするぞ?」

「えっ?」


 凛々華は呆気に取られたような表情になった後、ため息を吐き、小さく微笑んだ。


「……そうね。お願いしようかしら」

「おう。任せろ」

「なんだか頼りないわね」

「おい」


 蓮がツッコミを入れると、凛々華は小さな笑い声を漏らした。


「っ……!」


 淡く微笑んだ彼女の顔は、夕陽に照らされて輝いて見えた。絵画のような幻想的と表現して差し支えないその表情を、蓮は息を詰めて見つめてしまった。

 凛々華が眉を寄せて首を傾げた。


「どうしたの?」

「い、いや、なんでもない」


 蓮は慌てたように首を振った。

 頬の熱を誤魔化すように、サッと片手を上げた。


「それじゃ、またな」

「えぇ、さようなら」


 蓮は踵を返した。

 なんだか気恥ずかしくて、早足でその場を離れた。


 ——凛々華は門扉の前に立ったまま、去っていく後ろ姿を見送った。

 角を曲がって背中が見えなくなると、胸に抱きかかえていたバッグに顔を埋めてため息を吐いた。


 口元に浮かんだ微笑を見れば、それがネガティブなものであると判断することは難しいだろう——()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を除いて。


「ため息を吐くってことはやっぱりそういうことだよなぁ? ——凛々華」

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