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第2話 陽キャの幼馴染が庇ってくれました

 凛々華と話したからといって、蓮の中で何かが変わったということは特にない。

 元々、彼女とどうこうなりたいというつもりはないし、自分から話しかけたわけでもないので、当然と言えば当然だろう。


 しかし、彼を取り巻く環境には変化があった。

 昨日までならとっくに引き上げてる時間なのに、大翔たちが一向に立ち去らないのだ。


「にしても、こんだけ構ってやってる俺らって、優しくね?」

「普通は無視して終わりだもんねー」


 なら、無視して終わってくれ。

 思わずそうツッコみたくなるくらいには、蓮も辟易していた。


 もはや、取り巻きの中にすら、密かにげんなりした表情を浮かべる者もいるくらいだ。

 しかし、大翔は止まらない。


「学校でも登下校でも一人とか、マジ想像できなくね? 俺なんて、ずっと凛々華と一緒に来てるからよ!」

「それは大翔だけだろー」

「独り身には堪えるんですけど〜」

「ま、俺は特別だからな! けど、お前らもせいぜい頑張らねーと、いずれこいつみたいになっちまうぜ?」


 大翔が蓮を指差すと、取り巻きたちも「それは最悪!」「やっぱこいつ、ウイルスじゃん!」と騒ぎ立てる。

 しかし、その勢いは衰えていた。聞き流している蓮でさえその変化に気づくのだから、決して気のせいではないだろう。


 それにも関わらず、大翔の舌は軽快に回り続ける。まさに大車輪の活躍だ。

 よく飽きないものだと、もはや感心してしまう。


 凛々華と話していたことに対する嫉妬の類が、彼を突き動かしているのだろうか。

 そういえば、いつもより自分と凛々華の関係性を自慢するような発言が多い気がする。


(その柊もぼちぼち来るはずだけど、この現場見られてもいいのか?)


 蓮はチラリと時計に目を向けた。

 その瞬間、大翔は癇癪(かんしゃく)を起こしたように机を叩く。


「おい、なんだその生意気な態度はよぉ!」


 振動で蓮の筆箱が床に落ち、文房具が派手な音を立てながら散らばる。

 蓮は思わず眉をひそめた。シャー芯が折れてしまったかもしれない。


「わりぃ、手が滑ったわ〜」


 大翔はわざとらしく手をひらひらさせた。

 取り巻きたちもニヤニヤと笑うだけで、当然拾おうとはしない。


 動きを見せないのは、周囲のクラスメイトも同様だった。ちらりとこちらを見る者もいたが、すぐに目を逸らして何事もなかったように振る舞っている。

 しかし、蓮はそんなことは気にならなかった。


(ったく、物に当たんなよ……)


 ゆっくりと立ち上がると、大翔と目が合った。

 文句を言っても仕方ないので、視線を外して、黙って文房具を拾いにかかる。


「なっ……⁉︎ て、てめえ! 陰キャの分際で無視してんじゃねーぞっ、あぁ⁉︎」

「えっ? いや、別に無視してねえけど……」


 蓮は眉を寄せた。いつにも増して情緒不安定だ。男の子の日だろうか。


「このっ……! 人がせっかく構ってやってんのに、スカしてんじゃねーぞコラァ!」


 大翔は瞳を血走らせながら、胸ぐらを掴んできた。


 これは、さすがに限度を超えているだろう。

 蓮はその手首を掴み、静かに告げた。


「離してくれ」

「あっ? な、なんだよ⁉︎」


 その左右に揺れる瞳を見ながら、蓮はさらに指先に力を込める。


「離してくれ、って言ったんだ。制服がよれたら困る」

「い、いててててっ!」


 大翔は悲鳴を上げ、思わず手を離した。

 その顔が、蓮の指の跡が残る手首以上に、真っ赤に染まっていく。


 もう少し穏便に済ませれば良かったな、と蓮は少し後悔した。

 恥をかかせれば逆上することは目に見えていたのに、思った以上に自分もイラついていたようだ。


 その危惧通り、大翔はすっかり我を忘れていた。


「て、てめえっ……! 調子乗ってんじゃねーぞ、クソ陰キャがぁ!」


 彼が蓮に殴りかかろうとした、まさにその瞬間だった。


「——大翔、何をしているの?」


 氷のような冷たい声が響いた。それまでの喧騒が嘘のように、教室がシン……と静まり返る。

 声の主は、凛々華だった。


 大翔一派が蓮を取り囲っている現状から、何が起こっているのかを察したのだろう。

 彼女の目から戸惑いが消え、さらに険しい表情になる。


「馬鹿なことはやめなさい」

「っ……!」


 大翔の瞳が揺れた。取り巻きの中には、そっと蓮から遠ざかる者までいた。

 怒鳴ったわけでもないのに、この場は完全に凛々華が支配していた。まさに女王にふさわしい立ち振る舞いだ。


 これは、さすがの大翔も引くしかないだろう。

 ——そう思った瞬間だった。


「クソがっ……!」


 屈したと思われたくなかったのか、彼は引くどころか、再び胸ぐらに手を伸ばしてきた。


(こいつ、マジか……!)


 蓮が慌てて対応しようとする中、先に動いたのは凛々華だった。


「聞こえなかったかしら? ——黒鉄君から離れろと言っているのだけれど」

「「「っ……!」」」


 傍観していたクラスメイトすらも、息を呑んだ。

 蓮は大翔が硬直した瞬間を見逃さず、素早く振り払って距離を取った。


「この野郎っ……!」


 大翔はギリっという音が聞こえそうなほど奥歯を噛みしめて、睨みつけてくる。

 蓮は正面からその視線を受け止めた。相手は理屈が通じない。直接対決においては、こういうタイプが一番油断してはいけないのだ。


 緊張感が高まる中、先に視線を逸らしたのは大翔だった。


「……はいはい、引いてやるよ。ったく、相変わらずめんどくせえなぁ」


 大袈裟に両腕を広げて肩をすくめながら、自分の席に戻ってどっかりと腰を下ろす。

 取り巻きもチラチラと凛々華を気にしつつ、居心地悪そうに撤退していった。


(思った以上に面倒なやつだな……)


 蓮はため息を堪えつつ、制服を整えた。

 大翔はやはり、凛々華のことが好きなのだろう。普段の大きな態度も、自分はクラスの中心なんだと見せつけたいのかもしれない。

 彼女相手に正しいやり方とは思えないが、蓮には関係のないことだ。


 凛々華が、紫髪を揺らしながらこちらに向かってくる。

 蓮に用事がある、というわけではもちろんないだろう。彼女の席は、蓮の斜め前だ。


「っ……」


 視線が交差すると、凛々華は足を止め、瞳を見開いた。

 お手本のような、鳩が豆鉄砲で撃たれたような表情だ。


 蓮は思わず苦笑してしまいながら、お礼代わりに軽く頭を下げる。

 彼女はそっと目を逸らし、何事もなかったかのように歩みを再開した。


 しかし、その頬はほんのり染まっており、視線もそっと伏せられていた。


「っ——」


 蓮は思わず息を呑んだ。

 綺麗な子だとは思っていた。けどそれは、遠くの美術館のガラス越しに眺めるような感覚だった。


 しかし、今はその仮面が崩れて、年相応の感情を覗かせている。

 自分に特別な想いを向けているわけではないと理解していても、その恥じらう姿は妙にかわいらしい。初めて、同級生なんだなと実感した。


 動揺しているのは、他のクラスメイトも例外ではない。

 凛々華の隣——つまりは蓮の前だ——の早川(はやかわ)英一(えいいち)などがその筆頭で、熱に浮かされたように真っ赤になって、ぼーっと視線を送っている。


 凛々華は、そんな英一の机の前まで来ると、ふいに足を止めた。

 マドンナの接近に英一がニヤニヤと頬を緩める中、凛々華はスッとその足元を指差す。


「それ、早川君のシャー芯入れかしら?」

「えっ? ……あぁ、黒鉄君のだよ」


 英一は一転して気怠げにそれを拾うと、無言で蓮のほうへと突き出してくる。視線は最後までこちらに向かず、動作もぞんざいだ。

 大翔一派に、蓮の味方だと思われたくないのだろう。人間、誰しも自分が一番かわいいものだ。


 凛々華も同じように捉えたのか、不快げに眉を寄せた。

 その先程までとは打って変わったキツい表情に、英一が頬を引きつらせる。


「あっ、えっと……」


 それでも彼は、この機を逃すまいと、凛々華に話しかけようとした。

 ここ最近、積極的にアピールをする姿をよく見かける。その狙いは言うまでもないだろう。


 しかし、凛々華は用事は済んだと言わんばかりに背を向けると、英一には一度も視線を向けずに席に着き、机の整理を始めた。

 その表情は、すっかり氷の女王と称するにふさわしいものへと戻っている。


 本の話をしていたときとは、まるで別人だな——。

 蓮はぼんやりと、そう思った。

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