第195話 エピローグ
「ん……」
まどろみの中で、蓮はうっすらと目を開けた。
心が満たされていて、体の節々に心地よい疲労感がある。
「凛々華……」
無意識に、名前をつぶやいてしまう。
昨晩のことを思い出すだけで、胸が熱くなった。
(かわいかったな……って、何考えてんだ、俺は)
頭を振って、気持ちを切り替える。
今日の午後はバイトが入っていて、午前中にプログラミングの課題を進めなければならない。
冷水で顔を洗い、パソコンを立ち上げる。
——けれど。
(ダメだ。集中できねえ……)
諦めてスマホを手に取り、メッセージを打ち込む。
『今からそっち行っていいか?』
送信した瞬間、既読がついた。鼓動が高鳴り、どこかむず痒くなる。
しかし、なかなか返信は来ない。
(……恥ずかしがってるな、絶対)
いてもたってもいられず、髪の毛を整え始めていると、スマホが震えた。
『いいわよ』
凛々華からの短い返事だった。
蓮は急いで着替えると、家を飛び出した。
「ど、どうぞ……」
「お、おう……」
玄関先で交わした挨拶は、付き合いたてのころ以上にぎこちなかった。
まるで初めて手を繋いだ日のように、お互いに視線を合わせられない。
凛々華に案内され、静かに部屋へと足を踏み入れる。
並んでベッドに腰を下ろすのは、いつものこと。
けれど——今日ばかりは、どうしても平静ではいられなかった。
(ほんの数時間前のこと、なんだよな……)
モゾモゾと落ち着かない蓮と、頬を染めて髪の毛を弄ぶ凛々華。
お互い、同じことを考えているのが手に取るようにわかる。
気まずい沈黙を破るように、凛々華が口を開いた。
「……プログラミングのほうは、大丈夫なの? 課題、大変なんでしょう?」
「ちょっと、大丈夫じゃないかもしれねえな」
蓮はポリポリと後頭部を掻いた。
「じゃ、じゃあ、まずはそれを仕上げなさいよ」
「そうなんだけど、とても集中できる気がしなくてさ……。凛々華に、会いたくて」
包み込むように肩を抱くと、凛々華はぴくりと震えながら視線を落とし——シーツをぎゅっと掴んだ。
「お、お昼からバイトあるのに……っ」
「……えっ?」
蓮はぽかんと固まった後、思わず吹き出した。
「違うよ、凛々華。そういう意味じゃなくて、一緒に過ごしたいってだけ」
「なっ……!」
凛々華が言葉を詰まらせ、みるみる真っ赤になる。
「そこまで煩悩まみれじゃねえから、安心しろって」
蓮が笑いながら頭を撫でると、凛々華の腕が静かに持ち上がり——
過去最速の脇腹チョップが、炸裂した。
「ぐふっ!」
蓮はうめき声を上げ、ベッドに崩れ落ちた。
「昨日、誕生日だったのに……」
「ふん、次の誕生日まで一番遠いのだから、カーストは最下位よ」
凛々華が唇を尖らせ、そっぽを向く。
一拍置いて、二人は顔を見合わせ、同時に笑い出した。
それが収まると、ふと静寂が訪れる。
蓮はひとつ呼吸を整え、表情を引き締めた。
「——凛々華」
彼女はふと視線を向けてくる。
「大袈裟かもしれねえけど……一生大切にするよ。だから、これからもよろしくな」
「っ……」
凛々華は小さく息を呑み、照れたようにうつむいた。
「……もう……っ」
ため息混じりにこぼし、そっと胸に顔を埋めてくる。
耳まで火照っているのが、髪の隙間からでもはっきりわかった。
(かわいいな)
蓮はその背中に手を添え、ふんわりと抱きしめた。
すると凛々華は、腕の中からイタズラっぽく見上げてきて、
「責任……取りなさいよね」
「っ……あぁ、もちろん」
蓮は少しだけ照れてしまいながら、それでも真剣な表情でうなずいた。
そして、顔を近づけると——凛々華の長いまつ毛が、ゆっくりと伏せられる。
「ん……」
触れるだけのキス。
それでも、心を通わせるには十分だった。
顔が離れると、再び視線が交わるが、どちらからともなく
逸らしてしまう。
「……なぁ、ちょっとカフェでも行かねえ? 正直、プログラミングやらないとヤバい」
「まったく、仕方ないわね……付き合ってあげるわよ」
凛々華が苦笑を浮かべ、肩をすくめた。
「サンキュー。遥香が誕プレでギフトカードくれたから、それ使おうぜ」
「えっ、それは申し訳ないわよ」
「いいんだよ。あいつも、そのためにくれたんだから」
本当はご機嫌取りに使えと言われていたが、それは伝える必要ないだろう。
「相変わらず、優秀なキューピットさんね」
「ちょっとお節介だけどな」
「かわいいじゃない。お礼に今度、ご飯でも作ってあげようかしら」
「俺も手伝うよ」
「えぇ、お願い」
凛々華がくすりと瞳を細める。
その楽しげな表情を見て、蓮の口元も自然とほころんだ。
支度を終えて玄関を出ると、鮮やかな青空が広がっていた。
「あっ、桜……」
凛々華が小さく声を漏らした。
昨日までは蕾だったのに、今は一斉に開花して、かすかに揺らめいていた。
(……なんか、祝福してくれてるみたいだ)
そんなことを考えながら、柔らかく凛々華の手を取ると、すぐに指を絡めてきた。
新学期が始まれば、会える時間は徐々に減っていくだろう。
それでも——
(俺たちなら、大丈夫)
繋いだ手から伝わってくる温もりに、自然とそう思えた。
「……行くか」
「えぇ」
春の陽射しを背に浴びながら、はにかむような笑みを交わし——
二人は、ゆっくりと歩き出した。
ここまでご愛読いただき、誠にありがとうございました!
これにて「一年生編」は完結となります。
思えば連載開始当初は、ここまで続けられるとは思っていませんでした。
ブクマや評価、感想など、皆さまからの応援がずっと励みでした。本当にありがとうございます!
また、一年生編完結に伴い、本作品のタイトルを変更いたします。
新しいタイトルは、
「陽キャに逆らったらハブられたけど、なぜかツンデレ美少女と一緒に過ごすようになった 〜陽キャの幼馴染なのにいいのか〜」
です。
変更は一週間ほど先の予定で、あわせてあらすじと冒頭数話も微調整する予定ですが、物語の大筋に変更はありませんので、読み直しの必要はございません。
また、冒頭数話をまとめた再編版を新たに連載する予定ですが、こちらは新規様へのお試し版ですので、すでに本作を読んでくださっている方はスルーしていただいて大丈夫です。
当初は一年生編で物語を締めるつもりでしたが、書いているうちに「二年生編も描いてみたい」という気持ちが強くなり、現在少しずつ構想を練り始めています。
連載の再開がいつになるかはまだ未定ですが、気長にお待ちいただけたら嬉しいです!
さらに、新作の準備も進めております。
こちらも近いうちにお届けできればと考えていますので、ぜひチェックしていただけたら嬉しいです!
最後に、もし「面白かった!」「続きが気になる!」と思っていただけたら、ブクマや評価、感想などで気持ちをお伝えいただけると、とても励みになります。
改めまして、ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました!




