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第189話 終業式後の打ち上げ② —一抹の寂しさと、前夜の約束—

 投げるたび歓声やハイタッチが飛び交う中、いつの間にか三ゲーム目に突入していた。

 そろそろ、合計点数も気になってくるところだ。


黒鉄(くろがね)君、頼むよ!」

「ストライクお願い〜」


 味方である夏海(なつみ)心愛(ここあ)から、声援が飛んでくる。


「飲み物みたいに注文すんな」


 (れん)は苦笑しながら定位置に立ち、ゆっくりと投球フォームに入った。

 派手な音を立て、ピンが散らばる。


「おっ、九本じゃん!」

「あと一本〜」


 夏海と心愛が拍手をした。


(ここは、倒しておきてえな)


 集中しようとする蓮の後ろで、亜里沙(ありさ)がひそひそと凛々華(りりか)に話しかける声が聞こえた。


(ひいらぎ)さん。今こそ最初のガーターをやり返すチャンスだよ。黒鉄君の心を乱してあげな」

「で、でも、どうするのよ? チョップはさすがに危ないし……」

「あんたの脳内にはそれしかないんか」


 亜里沙がくくっと笑ったあと、凛々華の耳元に顔を寄せ、なにかを囁いた。


「なっ……⁉︎ む、無理よ!」


 凛々華が真っ赤な顔で首をぶんぶんと横に振るが、亜里沙は「いけるいける」とニヤニヤ笑っている。


井上(いのうえ)、悪そうな顔してるなぁ)


 蓮は深く息を吸い、ボールを持ち直した。

 そのとき——


「黒鉄君、柊さんが言いたいことあるって!」


 亜里沙の大きな声とともに、凛々華の背中が押された。


「えっ……?」


 驚いた蓮が振り向くと、凛々華が照れくさそうにこちらを見上げていた。

 しかし、彼女はすぐに視線を逸らし、耳まで赤く染めながら小声でつぶやく。


「あ、あの一本……私だと思って投げなさいよ」

「っ……!」


 正直、意味はよくわからなかった。

 でも、その表情だけで、胸がどきりと跳ねた。


(……いや、いけるっ……)


 深呼吸をしてから、蓮は慎重にボールを転がした。

 ——カコン。

 軽やかな音を立て、残った一本のピンが倒れる。


「おぉ、スペア!」

「心を乱しても、なお……!」

「さすが〜!」


 夏海、亜里沙、心愛が各々大きなリアクションを見せるなか、樹がぽそっとつぶやいた。


「……柊さんは、スペアってこと?」

「そ、そんなわけねえだろ!」


 思わず声を張り上げた蓮に、どっと笑いが起こった。




◇ ◇ ◇




 ——最終回。

 凛々華、樹、亜里沙チームはすでに投げ終え、蓮たちも夏海の最後の一投を残すのみとなっていた。


「よし、決めるぞー!」


 夏海が戻ってくるボールを待ちながら、肩を回した。

 彼女が最初に倒したのは八本。前後に並んだ二本のピンが、綺麗に残っている。


「一点差……両方倒せば、そっちの勝ちよ」

「ちょ、柊さんっ。プレッシャーかけない」

「逆に外したら、負けだよ〜」

「心愛ちゃんは味方でしょ⁉︎」


 夏海が思わず振り返り、笑いが起こる。

 ふと、亜里沙が真剣な表情でつぶやいた。


「夏海。これで来年度の恋愛運決まるよ」

「えっ、何がどうなればいいの⁉︎」

「二人一気にゲットしちゃえ〜」

「そ、そういうこと……⁉︎」


 目を見開いた夏海は、くっと拳を握りしめた。


「よっしゃ、散々見せつけられた分、二人くらい一気にオトしてやる!」

「……水嶋(みずしま)さんって、そんなに器用なタイプだとは思えないのだけれど」

「柊さんに不器用言われたくないし!」


 夏海が睨みをきかせるように振り返りつつも、どこか楽しげに笑う。

 そして、ぐっと表情を引き締めて、投球フォームに入った。


 ——倒れたのは、奥の一本のみだった。


「って、同点かい!」


 亜里沙が即座にツッコむと、全員が吹き出した。

 蓮は笑いながらも、ふと考えてしまう。


(奥だけ倒れたってことは……もしかして、二人目でうまくいくってことなのか?)


 そんな考えが一瞬頭をよぎるが、さすがに口には出せない。


「仕方ないわね。カラオケで決着をつけましょう」

「良いね〜!」


 凛々華が少し照れたように提案すると、心愛が手を突き上げて賛同した。

 そして、カラオケルームのドアを開けた瞬間——


「「「——狭っ」」」


 六人は同時に口を揃えた。

 ソファ席はL字型になっているが、テーブルが中央にどんと構えているせいで、動線すら怪しい。


「悪いけど、入ってしまうわね」


 入室順そのままに、凛々華が一番奥へと向かった。


「一応、六人用なんだよな?」

「たぶん、最大六人用ってことなんじゃないかな〜」


 最後に座った夏海が、どこかイタズラっぽい笑みを浮かべる。


「じゃあさ、柊さんは黒鉄君の膝の上に座れば良いんじゃない?」

「「っ……」」


 二人は同時に視線をそらし、耳まで真っ赤になっていた。

 その様子に、亜里沙がニヤリと笑って乗っかる。


「じゃあ、桐ヶ谷君は心愛ちゃんの尻の下だね」

「なんで⁉︎」


 樹が反射的に叫んだ。今までにない大声だった。


「過去一声出たな。これは期待できるぞ」


 蓮がマイクを手渡すと、途端に樹の頬が引きつる。


「い、いや、一番最初は……」

「じゃあ、私が歌うよ〜」


 心愛がスッと、手を差し出す。


「あっ……」


 樹は一瞬、迷うそぶりを見せたが——、

 ふっと表情を引き締めて、立ち上がった。


「いや、僕が歌う」

「あっ、ほんと? がんばれ〜!」


 心愛が樹の背中に手を添え、楽しそうに瞳を細めた。


「……初音(はつね)、今わざと名乗り出たよな」

「えぇ。あの顔は狙っていたわね」


 蓮と凛々華は、そっと笑みを交わした。




◇ ◇ ◇




 樹、心愛、亜里沙、夏海と歌い、凛々華の順番が回ってくると、夏海と亜里沙が前のめりにリクエストを始めた。


「ねえねえ、柊さんも何か盛り上がるやつ行こ!」

「普段とのギャップってやつ、見せてよ!」

「……まあ、せっかくだものね」


 そう言いつつも、凛々華はどこか楽しそうに曲を選ぶ。

 イントロが流れると、夏海と亜里沙が「来た来た!」と手拍子を始めた。


 凛々華は最初こそ姿勢を正して歌い出したが——、


「柊さん、立って!」

「乗っちゃおう!」


 夏海と亜里沙に煽られ、渋々といった様子で立ち上がった。

 そして、サビに差しかかるころには、頬を少し赤らめながらも肩を揺らし、リズムに乗っていた。


 ——蓮は、その横顔から目が離せなかった。


(こんな表情もするんだな……)


 普段は落ち着いた雰囲気の彼女が、少し照れながらも笑みを浮かべて楽しそうに歌っている。

 その一瞬一瞬が、まるで別人のようで、けれど確かに凛々華らしくて——


「……蓮君。見惚れてる」

「う、うるせえよ」


 蓮は反射的に樹の首に腕を伸ばそうとするが、心愛が間に座っているため、触れることはかなわなかった。


「初音、ちょっといいか?」

「狭いから、無理かな〜」

「くっ……」


 蓮は思わず、唇を噛んだ。

 樹がニヤリと笑みを深め。


「蓮君。暴れるとジュースこぼしちゃうよ?」

「……お前、出たら覚えとけよ?」


 蓮が鋭い眼差しを送ると、樹が真正面から受け止めた。

 二人はしばし睨み合い——やがて、同時に吹き出した。


 凛々華の歌声が、わずかに震える。


「あっ、ビブラート!」

「笑うとつくんだね〜」


 画面に表示された緑色のマークに、六人はわっと盛り上がった。




◇ ◇ ◇




「いやぁ、楽しかった!」

「ね〜! また今度、ボウリング単体で決着つけよー」

「カラオケも、リベンジさせてもらうわ」

「おっ、良いねぇ」


 他愛のない会話をしながら、会計を済ませ、ゲートをくぐる。

 施設を出ると、春の夕空が街を柔らかく染めていた。


「わっ、もう陽が沈みかけてる」

「けっこう遊んだな……」


 ふと、沈黙が落ちる。言葉にしにくい名残惜しさが、ほんのりと漂っていた。


「……にしても、今日で最後だね。みんな、同じクラスなの」


 夏海がぽつりとつぶやいた。


「ねー。この一年、あっという間だった」

「一番早かったかも〜」

「そうね」

「うん……」


 それぞれが短く応え、ふと沈黙が訪れる。

 ——蓮はその空気を破るように、スマホを取り出した。


「写真、撮っとくか。記念にさ」


 その一言に、夏海がぱっと顔を明るくした。


「それいいね! よし、桐ヶ谷君、どこが良いと思う?」

「えっ、僕? こういうのは、水嶋さんとか井上さんのほうが——」


 焦ったように両手を振る樹に、


「でも、文化祭で屋上で撮ったのも、桐ヶ谷君の提案だったものね」

「いっくん、専属カメラマンだね〜」

「それだと、桐ヶ谷君映らなくなるよ?」


 亜里沙がすかさずツッコミを入れ、心愛が「確かに〜」と舌を出した。


「えっと、じゃあ……」


 少し照れながら、樹が辺りを見回し——やがて、木々の間から夕陽がこぼれている場所を指差した。


「あそこ、とか?」

「「「おお〜!」」」


 みんなの賛同の声が重なり、すぐに移動した。

 スマホのタイマーをセットして、並ぶ。


「はい、並んで並んで〜」

「ほら、柊さん、黒鉄君にもっと寄って!」

「う、うるさいわね……っ」


 わいわいと賑やかにポーズを整え、タイマーのカウントがゼロになる。


 ——カシャッ。

 シャッター音と同時に、ひとつの時間が切り取られる。


「……来年も、ここで撮っても良いかもしれないわね」


 ふと、凛々華が穏やかに微笑んでつぶやく。


「あるよな。毎年同じ場所で撮り続ける、みたいなの」

「あっ、それいいね〜」

「再来年は、受験も終わってるんだね」

「じゃあ、夏海だけ表情暗いじゃん」

「ちょ、それどういう意味⁉︎」


 夏海が亜里沙に噛みつき、すぐにまた笑い声が弾けた。

 ——その空気は、名残惜しくも温かかった。




◇ ◇ ◇




 柊家に到着したころには、空はすっかり群青色に染まり、街灯の光が優しく足元を照らしていた。


「今日、マジで楽しかったな」

「えぇ」


 凛々華は目元を和らげてうなずき、そっと蓮の手を取った。

 少しだけ照れたように、しかしはっきりとした声音で言葉を重ねる。


「——明日も、楽しみにしていて」

「っ……!」


 蓮はわずかに目を見開いたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。


「もちろん」


 優しく抱き寄せると、凛々華も力を抜いて身を預けてくる。

 吸い寄せられるように見つめ合い、次の瞬間——唇が重なった。


 誕生日の前夜に交わされた、静かな約束だった。

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