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第184話 お返しの意味と、控えめなおねだり

 自然公園から少し歩いたところにある、夜景の見えるレストラン。

 その窓際の席で、(れん)凛々華(りりか)は向かい合っていた。


「やっぱり、カップルが多いな」

「そうね。素敵なところだわ」


 程よく落とされた照明と、穏やかなピアノの音色。

 テーブルごとにカップルたちが談笑しながら料理を楽しみ、空間全体が甘くて優しい雰囲気に包まれている。


(これなら、問題なさそうだな)


 蓮は手にフォークを持ったまま、すっと身を乗り出した。


「凛々華。アーン」

「なっ……⁉︎」


 凛々華は途端に顔を赤らめ、視線を泳がせた。


「ほら」

「っ……」


 さらにフォークを寄せると、彼女は軽く睨むような目つきになったが——

 すぐに、観念したように小さく口を開けた。


「素直に食べるようになったな」

「どうせ、断っても聞かないでしょう?」

「ま、そうだな」

「まったく……」


 凛々華は小さくため息をつくと、今度は自分のフォークを持ち上げる。

 そして、何の前触れもなく——蓮の口元へ差し出した。


「……そっちも」

「まあ、そう来るよな」


 蓮は苦笑しつつ、フォークをくわえた。

 凛々華が軽く目を見開き、おかしそうに口元をほころばせる。


「やけに素直ね」

「やっていいのは、やられる覚悟がある者だけだ」

「なに格好つけてるのよ」


 二人は顔を見合わせると、どちらともなく笑い出した。




 コース料理のメインに移ると、凛々華は目を輝かせながらナイフとフォークを動かし始めた。


「……これ、本当に美味しいわね」


 ひとくち、またひとくちと運ぶたび、彼女の表情がへにゃりと幸せそうに緩む。

 蓮は思わず手を止め、じっと見入っていた。


(なんか……見てるだけで、満たされるな)


 すると、視線に気づいたのか、凛々華が視線を上げ——小さく息を呑んだ。


「な、なによ?」

「いや……かわいいなって」

「なっ……⁉︎」


 凛々華のフォークを持つ手が揺れ、危うく料理を落としかけた。

 慌ててそれを支える彼女は、耳の先まで色づいている。


「……急に、どうしたのよ?」

「いや、なんとなく」


 蓮が少し肩をすくめると、凛々華は頬をぷくっと膨らませるようにそっぽを向いた。


(そういうのも、かわいいんだよな)


 蓮はふっと目元を和らげ、食事を再開した。


「……うまっ」


(これは、凛々華があの顔になるのもわかるな……)


 そんなことを思いつつ、じっくりと味わっていると、

 ——カシャッ。


「えっ?」

「隙あり、よ」


 凛々華はスマホを構えたまま、どこか勝ち誇ったように瞳を細めた。


「……何してんだよ」

「見てみなさい。自分だって、かわいい顔しているから」


 画面に映っていたのは、噛みしめるように目を閉じている、蓮の無防備な表情だった。


「撮るなって」

「三倍返しよ」

「色々と違うだろ」


 蓮がツッコミを入れると、凛々華はくすくすと楽しそうに肩を揺らした。




 前菜とメインを終えたころ、凛々華がお品書きに手を伸ばす。


「デザートは……本日のおすすめ? 楽しみね」


 小首を傾げながら、声を弾ませた。


「なんだろうな。季節のフルーツとか?」


 何気ないふうを装いながら、蓮は鼓動が早くなるのを感じた。

 間もなくして、店員がやってくる。


「えっ……」


 その手元の器具を見て、凛々華が目を見開いた。


「失礼いたします。本日のデザート、チョコレートフォンデュでございます」


 小さな加熱ポットからは、トロリと甘い香りを漂わせるチョコレート。

 その横には、カットされたフルーツや白いマカロンが美しく並べられている。


「すごいっ……生で見るのは、初めてだわ」

「ホワイトデーだし、ちょっと奮発してみた。せっかくだからな」

「ふふ、ありがとう。これ、一度やってみたかったのよね」


 凛々華はふわりと笑い、マカロンを一つ手に取った。

 フォークで慎重に刺し、恐る恐るチョコレートの中へと浸した——のだが。


「きゃっ……!」


 少し深く沈めすぎたのか、完全に沈没した。


「あっ、ちょっと……!」


 慌てて引き上げると、マカロン全体がたっぷりとチョコをまとい、ぽたぽたと垂れていた。


「ははっ、凛々華、ほら」


 蓮が笑いながらナプキンを差し出すと、彼女は少しバツの悪そうな顔で受け取った。


「ご、ごめんなさい……」

「全然いいよ。でも、相変わらずおっちょこちょいだな」

「っ……じゃあ、蓮君もやってみなさいよ」

「おう、いいぞ」


 蓮はマカロンを手に取り、フォークに刺してチョコに浸ける。

 ゆっくりと引き上げると、綺麗にチョコがまとわりついていた。


「どうだ?」

「……たまたまよ」


 凛々華は不貞腐れたようにそっぽを向いた。


「拗ねんなって。これ、あげるから」


 そう言いながら差し出すと、凛々華はじっとりとした目線を向けてきたあと——

 蓮の手首を、グイッと掴んで引き寄せた。


「えっ——」


 不意を突かれた蓮が驚く間に、凛々華はそのままぱくっと口に運ぶ。


「……もう少し、お淑やかに食べてくれ」

「う、うるさいわね」


 八つ当たりのように、マカロンに勢いよくフォークを突き刺すその姿に、蓮は思わず吹き出してしまった。




「でも、マシュマロじゃなくてマカロンなのね」


 途中、凛々華が思いついたように言った。


「なんか、お返しのマシュマロって、良くない意味もあるらしくてさ。その点、マカロンはお返しにピッタリだから」

「そうなのね。……マカロンには、どんな意味が込められているの?」


 凛々華が楽しげに瞳を細める。

 蓮は視線を逸らし、頬をかきながら答えた。


「……あなたは特別な人、だよ」


 凛々華は軽く目を見張った後、小さく笑みを漏らした。


「ふふ……意外とロマンチストよね、蓮君って」

「べ、別にいいだろ」

「えぇ」


 凛々華は優しくうなずくと、小声で続けた。


「……そういうところも、好きよ」

「えっ? い、今……っ」

「ちゃんと伝えるって、言ったでしょう?」


 凛々華は頬を染めながらも、得意げに微笑んだ。


「ほどほどにしてくれ……」


 蓮は頬が火照るのを感じながら、手の甲で口元を隠した。

 ——そんな彼を、凛々華は柔らかい眼差しで見守った。




◇ ◇ ◇




 レストランを出ると、冷たい夜風が頬を撫でた。


「なあ、凛々華」


 蓮は歩き出しながら、隣に並ぶ彼女に声をかけた。


「なに?」

「もう一ヶ所だけ、行きたい場所があるんだけど、付き合ってくれるか?」

「もちろん。どこなの?」

「それは、着いてからのお楽しみだ」

「ふーん?」


 凛々華は目を細めた。

 ——その奥には、期待するような色が宿っていた。


 しかし、目的地が近づくにつれ、彼女の表情が驚愕に変わっていくのが、横目で見ていてもはっきりとわかった。


「……っ、これって……」


 到着したのは、川沿いに広がるイルミネーションスポット。

 無数の光が、水面に反射しながら、まるで星の海のように瞬いていた。


「クリスマスに、約束しただろ? もっとすごいイルミネーションを見せるって。それに——半年記念も、ちゃんと祝えてなかったからさ」

「っ……」


 凛々華は目を見開いたまま、言葉をなくしていた。

 その瞳に、ほんのりと涙が滲んでいるのがわかる。


「覚えていて、くれたのね……っ」

「当然だろ」


 蓮は大きくうなずいて、繋いだ指先に力を込めた。

 凛々華が、唇を噛むようにしてうつむく。


「……こんなの、三乗してるわよ」

「えっ?」


 聞き返すと、凛々華はハッと我に返ったように首を振った。


「な、なんでもないわよ」

「二乗でも、言いすぎだと思うけどな」

「聞こえてるんじゃないっ!」

「はは、悪いな」


 ふくれっ面で睨んでくる彼女の頭を、蓮はポンポンと撫でた。


「もう、またそうやって誤魔化して……」


 凛々華が思わずといったように、笑みを漏らした。


 二人はしばし、並んで静かに光を見つめた。

 けれど、蓮の視線は、自然と凛々華のほうへと逸れていた。


(……やっぱ、綺麗だよな)


 イルミネーションに照らされる横顔は、言葉にならないほど美しかった。


(ハグしたいけど……今は、邪魔しちゃ悪いか)


 喉元まで込み上げてきた想いをぐっと飲み込み、再び川面へと目を戻した、そのとき——


「……蓮君」


 凛々華が、くいっと彼の服の袖をつまんだ。


「あっ、そろそろ帰るか?」

「い、いえ、そうじゃなくて……っ」


 彼女は真っ赤になりながら視線を彷徨わせ、もどかしそうに唇を噛んだあと——


「……ん」


 静かにあごを上げ、まぶたを閉じた。


「っ……!」


 その仕草の意味を理解した瞬間、蓮の心臓が跳ねた。


(マジかよ……っ)


 戸惑いと嬉しさがない交ぜになりながら、ゆっくりと顔を近づけ——口付けを落とした。

 いつもと同じ、柔らかくて温かい感触と、ふわりと鼻先をくすぐる凛々華らしい優しい匂い。


 その指先が、ぎゅっと蓮の袖を握りしめる。

 蓮は顔を離すと、角度を変えて、再び唇をふさいだ。


「ん、ふ……っ」


 凛々華の喉が震える。頬はすっかり上気していた。


(これ以上は、やばいな……)


 蓮は自分を抑えられなくなる前に、顔を離した。

 凛々華のまぶたがゆっくりと持ち上がり、潤んだアメジストの瞳が光に照らされて輝く。


 そっと息を整えながら、二人は吸い寄せられるように視線を重ねた。

 ——目が、離せなかった。

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