表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
182/195

第182話 私たちの恋愛

あとがきにお知らせがあります!

「いっくん、ここ……」


 心愛(ここあ)が、優しく(いつき)の手を導いてくれる。


「えっと、こんな感じ……かな?」

「あっ……そう。上手だよ……」


 柔らかく微笑んだ彼女の手が、そっと樹の頭に添えられた。


「ん、んん……」


 耳元に届く彼女の吐息が、次第に熱を帯びていく。

 それだけで、全身が痺れるような感覚に包まれる。


 同時に、もっと色々な反応を見せてほしくて——樹は、指先に力を込めた。


「んっ……!」


 心愛がぐっと眉を寄せた。


「あっ、ごめん……! 初音(はつね)さん、痛かった?」

「ううん、びっくりしただけ。それに……こっちゃん、でしょ?」

「っ……そ、そうだった……」


 樹は恥ずかしさで顔が真っ赤になりながらも、ぎこちなく笑った。


「大丈夫……どんなときも、ちゃんと伝わってるよ。いっくんが、すっごく大事にしてくれてるって」


 瞳を潤ませた心愛が、熱のこもった眼差しを向けてきた。

 その視線に吸い寄せられるように、樹は口付けを落とした。

 少し勇気を出して、深く唇を重ねる。


「ん、はぁ……っ」


 心愛の指先が、静かに樹の背中を撫でる。


「……ねぇ、いっくん」

「……うん」


 樹はゆっくりと体を起こした。

 どうせ、全てをさらけ出すのに、服に手をかけたまま後ろを向いてしまう。

 自分のものではない布の擦れる音に、樹の心臓が跳ねた。


(僕、とうとう……っ)


 ごくりと唾を飲み込んでしまう。


「ふふ、やっぱり、恥ずかしいよね」

「う、うん……」


 穏やかな笑い声に、少しだけ肩の力が抜けた。

 けれど、


「いっくん……いいよ」


 そう言われて、そろそろと振り返った瞬間——、


「っ……!」


 樹は、言葉を失った。

 ——映像なんかとは比べ物にならないほどの神秘が、そこにはあった。


(……綺麗……)


 心愛の肌は、淡い月光のように白く輝き、すべてが柔らかくて、繊細で。

 そのあまりの神々しさに、樹はただ立ち尽くしてしまった。


 しかし、彼はやがて、自分の変化に気付いた。

 ——最高潮まで達していたはずの昂りが、いつの間にか、鎮まってしまっていた。


(え、あ、うそっ、なんで……⁉︎)


 焦りと羞恥が混じり合って、どうしていいかわからなくなってしまう。

 すると——、


「……大丈夫だよ」


 柔らかな温もりが、樹を包み込んだ。


「こ、こっちゃん……っ」

「言ったでしょ? いっくんの気持ち、ちゃんと伝わってるって。だから、焦らないで。……わかってるから」


 心愛は頭を優しく撫でてくれた。子供をあやすように、何度も、何度も。

 そのリズムに合わせて、徐々に樹の呼吸が深くなっていく。


「……落ち着いた?」

「うん。けど……こういうのって普通、男女逆だよね。……頼りなくて、ごめん」

「——いっくん」


 少しだけ強めな口調に、樹はハッと顔を上げた。

 心愛の意思のこもった眼差しが、まっすぐ突き刺さる。


「確かに、普通はそうかもしれない。でもね、そんなのどうでもいいの。だってこれは——私といっくんの恋愛なんだから」

「っ……!」


 その言葉は、樹の胸に深く刺さった。


(そうだ、これは僕たちのこと。普通かどうかなんて、気にする必要ないんだ……)


 ようやく、胸にあったモヤモヤが完全に晴れた気がした。


「……ありがとう」


 樹は心愛の頬に手を添え、そっと口付けをした。

 顔が離れ、彼女の全身が視界に映ると、自然とつぶやいていた。


「……綺麗すぎるよ、こっちゃん」

「そんな……大袈裟だよ〜」


 心愛が嬉しそうに、頬を胸にすり寄せてくる。


「ん……」


 突然の刺激に、樹は思わず声を漏らした。


「ふふ、いっくん、どうしたの?」

「べ、別に……」


 樹が真っ赤になってそっぽを向くと、心愛がくすくす笑いながら、さらに抱きついてきた。


「ねぇ……キス、しよ?」

「う、うん……」


 何度も唇を重ね、時にはちょっかいをかけながら、笑い合って——。

 胸が高鳴る、それでいてどこか穏やかな時間を過ごしていると、樹の身体にも、再び熱が戻ってきていた。


「……あっ」


 心愛が何かに気づいたように、声を漏らす。

 樹は一瞬だけためらったが、意を決して、彼女の肩に手を添えた。


「——こっちゃん」

「ん?」


 心愛がふっと顔を上げた。何かを期待するような、それでいて、少しだけ照れくさそうな眼差し。

 樹は顔を火照らせながらも、正面からその瞳を見つめて、想いを口にした。


「その……こっちゃんが、ほしい。もっと……近くで感じたい」

「っ……うん。私も、いっくんに触れてほしい。全部……知ってほしいな」


 その笑顔に、樹は胸が苦しくなるほどの安堵と幸福を覚えた。

 準備を整え、ゆっくりと、心愛の身体に覆い被さる。


 しかし、そこでふと気づいた。

 その青色の瞳が、わずかに揺れていることに。


(こっちゃんも、不安なんだ……)


 どうしようもないほどの愛おしさを覚えて、ポンポンと彼女の頭を撫でる。


「いっくん……?」

「大丈夫だよ。うまくできるかわかんないけど……優しくするから」

「っ……うん!」


 心愛が嬉しそうにうなずき、口元をほころばせた。

 二人は、自然と指を絡ませていた。


「大好きだよ、こっちゃん」

「私も、大好き。……いっくん」


 日が傾き、空が紫色に染まる中——

 ふたつの影が、重なった。




◇ ◇ ◇




 ——夜。

 心愛は、かつて樹がくれたピンクのうさぎのぬいぐるみを抱えながら、ベッドに横になっていた。


 布団がどこか柔らかくて、温かくて。

 樹の余韻が、残っているように感じられた。


「……いっくん」


 名前をつぶやくだけで、胸がポカポカと温かくなり、口元が緩んでしまう。


「頑張って、くれてたなぁ……」


 涼介(りょうすけ)とは、全然違う。

 彼はどちらかといえばスマートで、心愛が照れてしまうことが多かったけど、樹は逆だ。


(不器用で、段取りもぎこちなくて、いっつも照れてばかり。でも——)


 その一生懸命さが、心に染みるのだ。

 触れ合ってるときも、余裕はないはずなのに、必死に気遣おうとしてくれた。


「愛されるって、こういうことなんだ……」


 胸が苦しくなる。

 さっきまで一緒にいたはずなのに、もう会いたくなっている自分が、ちょっとおかしくて、嬉しい。


(こんなの、初めて)


 ふと、手を繋いでいた涼介とひまりの姿が脳裏をよぎる。


「そっか……」


 胸の奥が、痛くないわけじゃない。

 でも、不思議と優しい気持ちになれる。

 もう、終わった恋だから。きっと、ちゃんと前に進めたから。


「完全に、いっくんにオトされちゃったな〜……」


 ぽつりと、つぶやいてみる。

 笑えてくるほど、見事に落ちていた。身も心も、全部。


 樹は、主導権を握れていないと思っているのだろうが、心愛にはわかっている。

 今は、ちょっとリードしてるだけ。

 それはほんの少しの経験と、性格の差でしかない。


「だって、こんなサプライズまで、してくれて……」


 スマホを手に取り、ケーキの写真を表示させる。

 桜色のチョコレートと、「お疲れ様でした」の文字が載った小さなプレート。


「これで、お返しとは別なんて……ずるいよ」


 自分がリードしてあげなきゃ、と気を張っていた最初のころが懐かしい。


 このままじゃ、きっといつか、追い越されてしまう。

 気づいたときには、手のひらの上で転がされてるかもしれない。


(積極的ないっくんも……見てみたいな)


 ほんのりと笑みを浮かべたまま、心愛はぬいぐるみを胸に抱いて、眠りに落ちていった。




 翌朝は、いつもより早く目が覚めた。

 二度寝をしようかと迷い、ふと思い立って、樹にメッセージを送る。


 ——起きてる?


 すぐに既読がついた。


 ——えっ、こっちゃんも?


(ふふ、やっぱり)


 文面だけでも伝わってくる、樹の驚きと嬉しさ。

 せっかくだから早めに行こう、と提案すると、すぐに了承の返事が来た。


「いっくん、おはよ〜」

「お、おはよう……こっちゃん」


 ただの挨拶なのに、樹は頬を真っ赤に染めている。


(もう、かわいいなぁ)


 大人の階段を登ったというのに、相変わらずの照れ屋な様子に、自然と心愛の口元がにやけてしまう。

 電車を降りて、改札を通ると、彼女はタタタ、と前に出た。


「こっちゃん?」


 不思議そうな表情を浮かべる樹の顔を覗き込み、ニヤリと笑う。


「やっぱり、昨日の今日で、早く起きちゃうよね〜?」

「ちょ、こ、こっちゃんっ……⁉︎」


 ——樹は素っ頓狂な声を上げた。


(ば、バレてないよね⁉︎)

 

 彼は慌てて周囲を見回すが、


「ん? どうしたの?」


 心愛はコテンと首を傾げた。

 その瞳は、イタズラっぽく細められている。


(か、完全に遊ばれてる……!)


 昨日の光景がフラッシュバックしてしまっている樹に、やり返す余裕などあるわけもなく。

 真っ赤になって、立ち尽くすしかなかった。




(結局、今朝も振り回された……)


 ひとり廊下を歩きながら、樹は苦笑を漏らした。

 しかし、心の奥では、メラメラと闘志の炎が燃えていた。


(放課後こそは、お返しのついでに照れさせるんだっ……僕ならできるはず……!)


 ——そう自分を奮い立たせ、ぐっと拳を握りしめていると、


「……樹、何やってんだ?」

「えっ……」


 (れん)凛々華(りりか)が呆れたような表情で歩いてきて、樹は再び赤面する羽目になった。


「あっ、いや、なんでもないよっ!」

「ふーん? まあ、いいけど……あっ、そうだ」


 蓮がゴソゴソと鞄を漁る。


「これ、例のやつ。頼むな」

「あ、うん。任せて」


 手渡されたのは、上品にラッピングされたチョコだった。

 心愛にお世話になったらしく、そのお礼ということだ。


 表立って渡さないのは、夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)に角が立たないようにするためだろう。

 カモフラージュとして、心愛には普通にホワイトデーのお返しもするようだ。


(ほんと、こういう賢さは、蓮君らしいよね)


 樹がふとラッピングに視線を落とすと、蓮がニヤリと口角を上げた。


「ハートとかじゃないから、安心しろよ?」

「わ、わかってるよ」


 樹が焦ったように返すと、すかさず凛々華が横から割って入る。


「もしそうだったら、私と桐ヶ谷君の勝負になりそうね。——どちらが蓮君を多く殴れるかの」

「冗談でも怖えって」


 蓮がわずかに口元をひきつらせた。

 その視線が、再び樹を捉える。


「そういえば、樹。昨日のサプライズ、うまくいったか?」

「っ……!」


 樹の頬が、一気に紅潮した。


(あー……なるほどな)


 ——返答もできずに目を泳がせる彼の様子を見て、蓮はほぼ全てを察してしまった。

 さすがに言葉にするのは野暮だと思い、代わりに軽く肩を叩いて笑う。


「よかったな」

「……っ!」


 ギシっと固まる樹の横をすり抜け、歩き出す。

 追いついてきた凛々華が、声をひそめて尋ねてきた。


「サプライズって?」

「ああ、バレエの大会お疲れ様ってことで、ケーキ用意したらしいぞ。特製の」

「へぇ……」


 凛々華が目を見開いた。


「桐ヶ谷君、そんなことができるようになっていたのね。でも、それにしては、動揺しすぎじゃないかしら?」

「まあ、なんかしらはあったのかもな」


 蓮はわざとらしく、肩をすくめた。


「……そうね」


 凛々華は頬に手を当て、考え込むように瞳を伏せた。

 ——その横顔は、ほのかに色づいていた。

先日活動報告にて報告させていただきましたが、新作の短編ラブコメ「ムチしかくれない厳しい彼女に別れを告げたら、とびきり甘いアメが投下されるようになった」が公開されています!


おうちデートでも指一本触れさせてくれない、口を開けば小言や叱責ばかりのスパルタ彼女・渚沙なぎさに我慢の限界がきて、思わず別れを切り出す主人公・綾人あやと

ところが、そこからまさかの甘々逆転展開が……⁉︎ というお話です!


短編なのでサクッと読めると思います。

よければぜひ、お昼のお供などにどうぞ↓


https://ncode.syosetu.com/n2623kq/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ