第179話 定番と期間限定
陽の光が照りつける、ストバスのコート。
大会開始を前に、蓮たちはコート内で軽くアップをしていた。
「あれから、彼女とはうまくやれてんのか?」
ストレッチを終えた俊之が、ふと問いかけてくる。
蓮は一瞬、ボールを回す手を止めて、軽くうなずいた。
「まあ、一応。信頼回復までは、時間がかかると思いますけど」
「合格だ。これで『バッチリっす』とか言ってたら、まとめてホテルにぶち込んでたぞ」
「高校生はダメですって」
そこに、岳がニヤリと割り込む。
「んなもん、守ってねえやつのほうが多いぜ? 純一とか——あっ」
彼はしまった、というように口元を抑えた。
純一は、彼女と別れたばかりだった。
「バカ、フリースロー入んなくなるぞ! ただでさえ下手なのに」
「お前のほうがムカつくわ」
祥太の揶揄いに純一がツッコミを入れ、笑いがこぼれる。
「ま、とにかく、蓮は構い過ぎくらいでちょうどいいんだよ。男女の違いもあるし、お前わりと淡白なんだから。これくらいでいいかなって感じじゃ、全然足りねえと思っとけ」
「はい」
しつこいと思われるのではないか——。
今朝の懸念が、まさにそれだろう。
「それと、定期的な愛情表現な。連絡もそうだし、夜のほうも」
「夜のほうはまだですけど」
蓮が苦笑交じりに返すと、祥太が目を見開いた。
「なにお前、まだヤってねえの? ぼちぼち半年くらいだろ?」
「えっ、普通もっと早く済ませるんですか?」
驚く蓮に、俊之が穏やかに答える。
「まあ、それぞれのペースがあるからな。話聞く限り、奥手っぽいし、無理やりするほうがダメだぞ。お前、一線超えたらガッていくタイプだから」
「……」
蓮は思わずそっぽを向いた。心当たりしかなかった。
喧嘩でもそうだった。我慢に我慢を重ねて、限界を超えると制御が利かなくなるのだ。
それに、今朝も理性が飛びそうになった。
凛々華もだんだんと積極的になってきているし。より一層、気をつける必要があるだろう。
「ま、消極的すぎても不安にさせるだろうし、そこはうまく相手の反応見ろよ」
「なるほど。難しいですね、恋愛って」
「当たり前だ。……まあ、ぶっちゃけ偉そうに言ってるけど、お前の気持ちもわかるぜ。約束守んないのは良くなかったけど、それくらいでって思わなくもねーし」
純一が苦笑した。
「定番メニューと期間限定なら、たまには限定選ぶこともあるよな。定番のほうが好きだとしても」
俊之がそう続けると、祥太がニヤリと笑って、蓮の肩に手を回す。
「蓮、こいつらの言うことは聞くなよ。定番メニューだって、いつ突然終了するかわかんねえんだから」
「はい。反面教師にします」
「「おい」」
蓮が笑いながらうなずくと、俊之と純一に小突かれた。
「つーか、彼女、もう来てんのか?」
「たぶん、そろそろ友達と……あっ、いました。あの紫の子です」
指差した先、凛々華が心愛と樹、夏海、亜里沙と一緒に会場に現れた。
「えっ、めっちゃかわいいじゃん!」
「お前、よく半年も耐えてんなぁ」
「友達もみんなかわいくね?」
それぞれが感嘆の声を漏らす中、蓮はひとり満足げにうなずいた。
「そうですね」
他のチームの男子も、チラチラと凛々華たちを見ていた。
こうして、さまざまな人たちと並ぶと、彼女たちのレベルの高さがわかるというものだ。
——しかし、当の本人たちは、そんな視線など気にせずに談笑していた。
もともと、注目されることには慣れている者たちだ。
「けっこう人いるねー」
「ね。しかもやっぱ、みんなでかいわ」
「蓮君よりおっきい人のほうが、多いくらいだね」
「……そうね」
直前の夏海、亜里沙、樹の感想と比べて、凛々華の相槌は妙にあっさりしていた。
——それを逃す亜里沙ではなかった。
「柊さん。黒鉄君しか見てないでしょ」
「っ……そんなことないわよ」
凛々華は慌てたように首を振った。その瞳は揺れ、頬はうっすらと紅潮している。
あまりにもわかりやすい反応に、夏海と亜里沙、心愛と樹は、それぞれ顔を見合わせて笑みを浮かべた。
「っ〜!」
凛々華の顔がますます赤くなる。
そして、「柊さん、熱中症?」と揶揄った亜里沙は、無事に脇腹チョップを喰らった。
◇ ◇ ◇
「ナイッシュー!」
「蓮、絶好調じゃねえか!」
試合が始まると、蓮は序盤から闘志に満ちていた。
「黒鉄君。いつも以上にすごくない?」
「ねー。なんか、エネルギッシュっていうか」
夏海と亜里沙の会話を聞いて、心愛がイタズラっぽい視線を凛々華に向ける。
「凛々華ちゃん。もしかして、頑張れのキスでもしてあげたの?」
「なっ……!」
凛々華は口を引き結び、真っ赤になって目を逸らした。
「あっ、ホントにしたんだ〜」
「柊さん、やるじゃん!」
「さっすが〜!」
夏海と亜里沙が楽しそうにはやし立てると、凛々華は顔を伏せた。
「ち、違うわよ……」
消え入りそうな声で抗議するが、本気にする者など、その場にはいなかった。
蓮たちは順調に勝ち上がっていったが、決勝戦では相手チームに主導権を握られ、やや押され気味になっていた。
しかし、後半に入って連続得点を決められたところで、蓮の目の色が変わった。
「——俊之先輩!」
鋭い声でボールを要求すると、あっという間に対峙する二人を抜き去った。
三人目がヘルプに来たところで、フリーになった純一にパスを出す。
「ナイスパス、蓮!」
純一が豪快にダンクをして、会場は一気に盛り上がった。
「うおお、ダンク!」
「その前のドリブルとパスもやべえな!」
そのワンプレーで、空気が一変した。
相手のチームはイージーミスを連発するようになり、蓮たちは次々とショットを沈めていった。
「蓮、遠慮しねえでガンガンいけよ!」
「はい!」
蓮は俊之のパスを受けると、今度は個人技でゴールを決めてみせた。
「うま!」
「相変わらず生意気な野郎だっ」
「一丁前に気遣ってんじゃねえよっ!」
仲間たちにポカポカと頭を叩かれ、蓮は嬉しそうに笑った。
「……ふふ」
凛々華がふっと目元を和らげる。
頬にはかすかな赤みが差し、視線はまるで糸で結ばれたかのように、蓮の背中を追い続けていた。
「……まあ、その顔になるよね」
「うん、これは仕方ない」
夏海と亜里沙は、そっと笑みを交わした。
その隣で、樹が思わずといったようにつぶやきを漏らす。
「格好いいなぁ……」
瞳を細める彼の顔には、ほんの少しの憧れと羨望の色が混じっていた。
「桐ヶ谷君」
心愛が、そっと彼の手を取った。
樹がハッとして振り向くと、彼女は微笑んでうなずいた。
比べる必要なんてないから——。
そう言っているようだった。
「……うん」
樹もまた、照れくさそうにしながら、それに応えるように笑みを浮かべた。
「「——どさくさに紛れてイチャつくなっ」」
夏海と亜里沙が鋭く反応した。
「っ……!」
「えへへ〜」
樹は真っ赤になり、心愛は照れたように舌を出した。
「……えっ、なに?」
ワンテンポ遅れて、凛々華が間の抜けた声を漏らした。
「反応、おそっ!」
夏海が反射的にツッコミを入れ、四人は一斉に吹き出した。
凛々華が「なんなのよ……」と少しだけ不満そうにつぶやいたところで、試合終了のブザーが鳴った。
◇ ◇ ◇
大会が終わって、少しずつ人が引き始めたころ。
初めは六人で話していたが、夏海たちが気を利かせてくれて、蓮と凛々華は二人きりになっていた。
「優勝、おめでとう。蓮君、本当に楽しそうだったわよ」
凛々華が優しく微笑む。揶揄っているというよりは、どこか嬉しそうだった。
蓮は苦笑混じりに、後頭部を掻く。
「でも、ちょっとガチになりすぎたかも」
「いいじゃない。……すごく、輝いていたもの」
「っ……」
蓮は言葉を詰まらせ、凛々華を見つめてしまった。
彼女はふっと目を逸らし、慌てたように話題を変える。
「こ、このあとは、先輩たちとご飯行くのよね?」
「あぁ。でも、ちゃんと早めに帰って、明日に備えるよ」
凛々華が少し眉をひそめる。
「せっかくの機会でしょう? 多少はハメを外してもいいわよ」
「いや、九時には帰って、風呂入ったらすぐ寝る」
言い切ると、凛々華はため息をついた。
「……あなたも頑固ね」
「だって、明日はベストコンディションで臨みたいから」
「っ……」
凛々華はハッと息を呑んだ。
「……期待して、いいのね?」
「もちろん」
手を伸ばすと、凛々華もすっと身体を寄せてくる。
軽く抱きしめ合うだけの、ささやかなハグだったけれど、その一瞬にすべての感情がこもっていた。
「ありがとな、凛々華」
耳元で囁くと、彼女は小さくうなずいた。
(絶対に、最高の一日にしてやる)
蓮は凛々華の温もりを味わいながら、硬く心に誓った。
明日は三月十四日——ホワイトデーだった。
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




