表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
179/195

第179話 定番と期間限定

 陽の光が照りつける、ストバスのコート。

 大会開始を前に、(れん)たちはコート内で軽くアップをしていた。


「あれから、彼女とはうまくやれてんのか?」


 ストレッチを終えた俊之(としゆき)が、ふと問いかけてくる。

 蓮は一瞬、ボールを回す手を止めて、軽くうなずいた。


「まあ、一応。信頼回復までは、時間がかかると思いますけど」

「合格だ。これで『バッチリっす』とか言ってたら、まとめてホテルにぶち込んでたぞ」

「高校生はダメですって」


 そこに、(がく)がニヤリと割り込む。


「んなもん、守ってねえやつのほうが多いぜ? 純一(じゅんいち)とか——あっ」


 彼はしまった、というように口元を抑えた。

 純一は、彼女と別れたばかりだった。

 

「バカ、フリースロー入んなくなるぞ! ただでさえ下手なのに」

「お前のほうがムカつくわ」


 祥太(しょうた)の揶揄いに純一がツッコミを入れ、笑いがこぼれる。


「ま、とにかく、蓮は構い過ぎくらいでちょうどいいんだよ。男女の違いもあるし、お前わりと淡白なんだから。これくらいでいいかなって感じじゃ、全然足りねえと思っとけ」

「はい」


 しつこいと思われるのではないか——。

 今朝の懸念が、まさにそれだろう。


「それと、定期的な愛情表現な。連絡もそうだし、夜のほうも」

「夜のほうはまだですけど」


 蓮が苦笑交じりに返すと、祥太が目を見開いた。


「なにお前、まだヤってねえの? ぼちぼち半年くらいだろ?」

「えっ、普通もっと早く済ませるんですか?」


 驚く蓮に、俊之が穏やかに答える。


「まあ、それぞれのペースがあるからな。話聞く限り、奥手っぽいし、無理やりするほうがダメだぞ。お前、一線超えたらガッていくタイプだから」

「……」


 蓮は思わずそっぽを向いた。心当たりしかなかった。

 喧嘩でもそうだった。我慢に我慢を重ねて、限界を超えると制御が利かなくなるのだ。


 それに、今朝も理性が飛びそうになった。

 凛々華もだんだんと積極的になってきているし。より一層、気をつける必要があるだろう。


「ま、消極的すぎても不安にさせるだろうし、そこはうまく相手の反応見ろよ」

「なるほど。難しいですね、恋愛って」

「当たり前だ。……まあ、ぶっちゃけ偉そうに言ってるけど、お前の気持ちもわかるぜ。約束守んないのは良くなかったけど、それくらいでって思わなくもねーし」


 純一が苦笑した。


「定番メニューと期間限定なら、たまには限定選ぶこともあるよな。定番のほうが好きだとしても」


 俊之がそう続けると、祥太がニヤリと笑って、蓮の肩に手を回す。


「蓮、こいつらの言うことは聞くなよ。定番メニューだって、いつ突然終了するかわかんねえんだから」

「はい。反面教師にします」

「「おい」」


 蓮が笑いながらうなずくと、俊之と純一に小突かれた。


「つーか、彼女、もう来てんのか?」

「たぶん、そろそろ友達と……あっ、いました。あの紫の子です」


 指差した先、凛々華が心愛(ここあ)(いつき)夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)と一緒に会場に現れた。


「えっ、めっちゃかわいいじゃん!」

「お前、よく半年も耐えてんなぁ」

「友達もみんなかわいくね?」


 それぞれが感嘆の声を漏らす中、蓮はひとり満足げにうなずいた。


「そうですね」


 他のチームの男子も、チラチラと凛々華たちを見ていた。

 こうして、さまざまな人たちと並ぶと、彼女たちのレベルの高さがわかるというものだ。


 ——しかし、当の本人たちは、そんな視線など気にせずに談笑していた。

 もともと、注目されることには慣れている者たちだ。


「けっこう人いるねー」

「ね。しかもやっぱ、みんなでかいわ」

「蓮君よりおっきい人のほうが、多いくらいだね」

「……そうね」


 直前の夏海、亜里沙、樹の感想と比べて、凛々華の相槌は妙にあっさりしていた。

 ——それを逃す亜里沙ではなかった。


「柊さん。黒鉄君しか見てないでしょ」

「っ……そんなことないわよ」


 凛々華は慌てたように首を振った。その瞳は揺れ、頬はうっすらと紅潮している。

 あまりにもわかりやすい反応に、夏海と亜里沙、心愛と樹は、それぞれ顔を見合わせて笑みを浮かべた。


「っ〜!」


 凛々華の顔がますます赤くなる。

 そして、「柊さん、熱中症?」と揶揄った亜里沙は、無事に脇腹チョップを喰らった。




◇ ◇ ◇




「ナイッシュー!」

「蓮、絶好調じゃねえか!」


 試合が始まると、蓮は序盤から闘志に満ちていた。


黒鉄(くろがね)君。いつも以上にすごくない?」

「ねー。なんか、エネルギッシュっていうか」


 夏海と亜里沙の会話を聞いて、心愛がイタズラっぽい視線を凛々華に向ける。


「凛々華ちゃん。もしかして、頑張れのキスでもしてあげたの?」

「なっ……!」


 凛々華は口を引き結び、真っ赤になって目を逸らした。


「あっ、ホントにしたんだ〜」

「柊さん、やるじゃん!」

「さっすが〜!」


 夏海と亜里沙が楽しそうにはやし立てると、凛々華は顔を伏せた。


「ち、違うわよ……」


 消え入りそうな声で抗議するが、本気にする者など、その場にはいなかった。




 蓮たちは順調に勝ち上がっていったが、決勝戦では相手チームに主導権を握られ、やや押され気味になっていた。

 しかし、後半に入って連続得点を決められたところで、蓮の目の色が変わった。


「——俊之先輩!」


 鋭い声でボールを要求すると、あっという間に対峙する二人を抜き去った。

 三人目がヘルプに来たところで、フリーになった純一にパスを出す。


「ナイスパス、蓮!」


 純一が豪快にダンクをして、会場は一気に盛り上がった。


「うおお、ダンク!」

「その前のドリブルとパスもやべえな!」


 そのワンプレーで、空気が一変した。

 相手のチームはイージーミスを連発するようになり、蓮たちは次々とショットを沈めていった。


「蓮、遠慮しねえでガンガンいけよ!」

「はい!」


 蓮は俊之のパスを受けると、今度は個人技でゴールを決めてみせた。


「うま!」

「相変わらず生意気な野郎だっ」

「一丁前に気遣ってんじゃねえよっ!」


 仲間たちにポカポカと頭を叩かれ、蓮は嬉しそうに笑った。


「……ふふ」


 凛々華がふっと目元を和らげる。

 頬にはかすかな赤みが差し、視線はまるで糸で結ばれたかのように、蓮の背中を追い続けていた。


「……まあ、その顔になるよね」

「うん、これは仕方ない」


 夏海と亜里沙は、そっと笑みを交わした。

 その隣で、樹が思わずといったようにつぶやきを漏らす。


「格好いいなぁ……」


 瞳を細める彼の顔には、ほんの少しの憧れと羨望の色が混じっていた。


「桐ヶ谷君」


 心愛が、そっと彼の手を取った。

 樹がハッとして振り向くと、彼女は微笑んでうなずいた。


 比べる必要なんてないから——。

 そう言っているようだった。


「……うん」


 樹もまた、照れくさそうにしながら、それに応えるように笑みを浮かべた。


「「——どさくさに紛れてイチャつくなっ」」


 夏海と亜里沙が鋭く反応した。


「っ……!」

「えへへ〜」


 樹は真っ赤になり、心愛は照れたように舌を出した。


「……えっ、なに?」


 ワンテンポ遅れて、凛々華が間の抜けた声を漏らした。


「反応、おそっ!」


 夏海が反射的にツッコミを入れ、四人は一斉に吹き出した。

 凛々華が「なんなのよ……」と少しだけ不満そうにつぶやいたところで、試合終了のブザーが鳴った。




◇ ◇ ◇




 大会が終わって、少しずつ人が引き始めたころ。

 初めは六人で話していたが、夏海たちが気を利かせてくれて、蓮と凛々華は二人きりになっていた。


「優勝、おめでとう。蓮君、本当に楽しそうだったわよ」


 凛々華が優しく微笑む。揶揄っているというよりは、どこか嬉しそうだった。

 蓮は苦笑混じりに、後頭部を掻く。


「でも、ちょっとガチになりすぎたかも」

「いいじゃない。……すごく、輝いていたもの」

「っ……」


 蓮は言葉を詰まらせ、凛々華を見つめてしまった。

 彼女はふっと目を逸らし、慌てたように話題を変える。


「こ、このあとは、先輩たちとご飯行くのよね?」

「あぁ。でも、ちゃんと早めに帰って、明日に備えるよ」


 凛々華が少し眉をひそめる。


「せっかくの機会でしょう? 多少はハメを外してもいいわよ」

「いや、九時には帰って、風呂入ったらすぐ寝る」


 言い切ると、凛々華はため息をついた。


「……あなたも頑固ね」

「だって、明日はベストコンディションで臨みたいから」

「っ……」


 凛々華はハッと息を呑んだ。


「……期待して、いいのね?」

「もちろん」


 手を伸ばすと、凛々華もすっと身体を寄せてくる。

 軽く抱きしめ合うだけの、ささやかなハグだったけれど、その一瞬にすべての感情がこもっていた。


「ありがとな、凛々華」


 耳元で囁くと、彼女は小さくうなずいた。


(絶対に、最高の一日にしてやる)


 蓮は凛々華の温もりを味わいながら、硬く心に誓った。

 明日は三月十四日——ホワイトデーだった。

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ