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第178話 彼女が服の中に手を入れてきた

 大会が終わり、夕方。

 近くのカフェに場所を移した(れん)たちは、スイーツとドリンクを囲んで賑やかに盛り上がっていた。


「お疲れ様、心愛(ここあ)ちゃん!」

「すっごく綺麗だったよ。本当に、舞台の上のお姫様って感じだった」


 夏海(なつみ)が興奮気味に切り出せば、亜里沙(ありさ)もしみじみと続く。


「ありがと〜。でも、やっぱり他のみんなもうまかったなぁ」


 心愛が笑いつつも、表情に悔しさをにじませる。

 彼女は予選を通過し、本戦でも上位に食い込んだが、ギリギリ入賞できなかった。


「うん……けど、やっぱり初音(はつね)さん、すごかったよ。特に本戦のあのスピン、鳥肌立ったもん」


 樹の真剣な言葉に、凛々華(りりか)もほんのり笑みを浮かべてうなずく。


「えぇ。どよめきも漏れていたし……絶対、初音さんの良さは会場中に伝わっていたと思うわ」

「えへへ、そうかな」

「っ……!」


 心愛が照れたようにはにかむと、樹が息を詰まらせた。

 それを見て、亜里沙がニヤリと笑う。


桐ヶ谷(きりがや)君、予選からずっと見惚れてたよねー」

「えっ!? そ、そんなこと……っ」

「あるよ。完全に目奪われてたもん。もう、こんな感じ!」


 夏海がポカンと口を開け、うっとりとした表情を見せた。


「ふふ、そうだったんだ?」

「うっ……」


 心愛がイタズラっぽく瞳を細めると、樹は顔を真っ赤にしてうつむいた。

 蓮は笑いながら、飲み物を一口。


「まあ、でも、本当に見惚れる演技だったよ」

「えぇ。感動したわ」

「ありがと! でも、明日は黒鉄(くろがね)君の番だよ?」

「あっ、そうだった。ストバス!」


 夏海がポンっと手を叩いた。


「午後からだよね?」

「おう」

「いいねぇ、イベント目白押しだ」


 亜里沙が満足そうに腕を組むと、心愛が蓮に向かって、グッと親指を立てる。


「私の分まで優勝してね〜」

「責任重いって。こっちはただの遊びだから」


 蓮が苦笑していると、隣の樹がぽつりと口にした。


「明日は……(ひいらぎ)さんが見惚れちゃうんじゃない?」

「なっ……!」


 思わぬところからの奇襲に、凛々華の頬が一気に紅潮した。


「おっ、いいぞ、桐ヶ谷君!」

「もっと言っちゃえ!」


 夏海と亜里沙がここぞとばかりに盛り上がる。


「う、うるさいわねっ……!」


 凛々華は耳まで赤くなりながら、視線を逸らした。

 ——その反応を見て吹き出してしまった蓮には、当然のように制裁が下された。




◇ ◇ ◇


 


 ——帰り道。

 樹と心愛は、並んで夜道を歩いていた。


「初音さんの演技、本当に良かったよ。入賞こそ逃しちゃったけど、格好良かったし……すごく、綺麗だった」

「誰よりも?」


 心愛が小首を傾げた。

 樹は頬が熱くなるのを感じながら、うなずく。


「う、うん……僕の中では、ダントツ」

「そっか。それなら、頑張った甲斐があったかな〜」


 心愛の声は穏やかで、どこか満ち足りた表情を浮かべていた。

 樹はそっと安堵の息を吐く。強がっているんじゃないかと、少し心配だった。


 ふいに、心愛が繋いだ手にぎゅっと力を込める。


「私は大丈夫だよ。全部、出し切ったから」

「……うん」


 樹は頬を赤らめながらそっと微笑み、力強く握り返した。




 二人はゆっくりと歩き、やがて初音家にたどり着く。


「……桐ヶ谷君」


 心愛が足を止め、青色の瞳で、そっと樹を見上げた。

 ——何かを期待するように、ねだるように。


「っ……」


 樹はごくりと唾を飲み込んでから、その頬に手を添える。


「……お疲れ様、初音さん」


 囁くようにそう言って、唇を重ねた。

 想いを伝えるように、いつもよりほんの少しだけ、長く。


「ん……」


 唇が離れると、心愛は頬を染め、幸せそうに微笑んだ。


「……ありがと、桐ヶ谷君」


 そして、静かに抱きついてくる。

 その磨かれたダイヤモンドのような銀髪を優しく撫でながら、樹はふと、表情を引きしめた。


(これで、終わりじゃない)


 明日、ストバス大会の後、心愛をデートに誘っていた。

 彼女には、ちょっと気になったカフェがあるとだけ伝えている。


(明後日がホワイトデーだし、初音さんはその関連だと思っているはず)


 それもあるが、当日にもチョコは渡すつもりであり、メインテーマはホワイトデーではない。

 樹は内緒で、すでにとあるものの予約も済ませていた。


(喜ばせられるか、不安だけど……ううん、絶対に喜ばせるんだ)


 あえて強い言葉で誓った彼の瞳は、春の夜に浮かぶ星のように、静かに輝いていた。




◇ ◇ ◇




 ——同じころ。

 蓮はすでに凛々華と別れ、自室で一心不乱にキーボードを叩いていた。


 今朝、中途半端に終わってしまったせいか、凛々華に触れたいという欲が限界まで高まっていた。

 今日中に終わらせれば、明日の午前中はフリーになる——。


 そのモチベーションそのままに、蓮は課題を一気に仕上げた。


 翌日になってもその熱は収まらず、いてもたってもいられなくて、朝から凛々華の部屋を訪れた。

 きっと喜んでくれると思っていたが、


「……蓮君」


 凛々華はなぜか、ジト目を向けてきた。


「えっ、なに?」


 蓮は途端に不安になった。

 しつこいとでも言われたら、どうしよう——。


「また、無理したでしょう?」

「あっ……いや、大丈夫だよ」


 反射的に視線を逸らしてしまう。体調は崩していないが、確かに昨晩は妙なやる気に突き動かされ、寝不足気味だった。

 凛々華は深いため息をつくと、やれやれという表情を見せた。

 

「相変わらず、わかりやすいのよ。ちょっと休みなさい。体力持たないわよ」

「でも——」

「私なら大丈夫よ。……来てくれただけで、嬉しいから」

「っ……」


 蓮は返す言葉をなくし、まじまじと彼女を見つめた。

 凛々華は顔を真っ赤にして、ぷいっと顔を背ける。


「そ、それに、先輩たちに迷惑はかけられないでしょう?」

「……まあな」


 蓮は納得しつつも、どこか物足りなさを感じていた。


(今は、凛々華のそばにいたい)

 

 そんな思いを察してくれたのか、凛々華が視線を泳がせながら、口を開く。


「……膝枕くらいなら、してあげてもいいから」

「えっ……マジで?」


 蓮は瞳を丸くした。


「今日だって、特別な日でしょう? 嫌なら、無理にとは言わないけれど」

「い、いや、ぜひしてくれ」

「必死じゃない」


 凛々華がくすっと笑う。


「い、いいだろ、別に」

「ダメなんて言ってないわよ——ほら」


 凛々華がトントンと膝を叩く。

 揶揄われている気もするが、健康的な生足の前では、男のプライドなどちっぽけなものだ。


「じゃあ、失礼して」


 その柔らかさと、どこかから香る甘い匂いは、蓮の胸を穏やかに満たした。

 加えて、髪を撫でる凛々華の手つきが優しくて、眠気に誘われる。


「ふわぁ……」


 自然と、あくびが漏れた。


「おやすみなさい、蓮君」

「おう……」


 弱々しい声で答え、蓮は静かに眠りに落ちていった。




 目が覚めたとき、凛々華の優しい眼差しがすぐそばにあった。


「起きたの?」

「あぁ……」


 蓮は起き上がり、そのまま彼女を引き寄せる。


「ちょ、ちょっと……ん」


 驚く凛々華を正面から抱きしめ、唇をふさいだ。


「……元気になってよかったけれど、私はあくまで、先輩方に失礼がないように寝させたのよ?」

「だったら、活力もチャージさせてくれ」


 蓮はそう笑って、再び口付けをした。

 凛々華もまた、静かに目を閉じて受け入れる。


「ん、んっ……」

 

 お互いの吐息が混ざる中、蓮は彼女の背中から腰へと、指を滑らせていく。

 スカートに収められた、シャツの内側にも触れたくなるが、


(服がシワになっちゃうよな)


 逡巡していると、凛々華が突然、鎖骨のあたりに口付けを落とした。


「えっ……⁉︎」

「チャージさせてくれ、って言ったでしょう?」


 ニヤリと笑って、凛々華の指先が蓮の胸元をなぞるように動いた。

 シャツ越しに筋肉の輪郭を確かめるように、時折、強めに押し付けてくる。


「……やっぱり、硬いわね」


 興味深げにそのまま手を腹部へと滑らせ、蓮の体を観察するように撫でていく。


「っ、そこ、ちょっと……」


 息が漏れる。わずかに身を引くと、凛々華は顔を上げて妖艶な笑みを浮かべた。


「どうしたの?」

「い、いや、別に……」


 照れ隠しのように、蓮がそっぽを向くと——凛々華が、服の中へと手を滑り込ませてきた。


「り、凛々華っ?」

「あなたがいつもやってることじゃない」


 そう言われると、何も言い返せなかった。


「こんなに筋張ってるのね、すごい……」


 凛々華がごくりと唾を呑み込んだ。

 頬を上気させながら、どこかうっとりとした表情で腹筋を撫でる。


 ——蓮はもう、我慢の限界だった。


「凛々華、ごめん」

「きゃっ⁉︎」


 蓮は彼女の体を抱き上げると、凛々華が驚いたように声を上げた。

 蓮は構わず、後ろ向きで膝の上に座らせ、うなじや首筋へと唇を這わせていく。


「い、いきなりどうしたのよ……⁉︎」

「凛々華が煽ったんだろ」

「あ、煽ってな——んっ」


 耳を軽く甘噛みすると、凛々華は思わずといったように声を漏らす。

 しかし、蓮は手を止めなかった。

 お腹から骨盤へと伝い、むき出しの太ももに触れようとした、そのとき——


「れ、蓮君っ、時間よ!」

「——あっ」


 蓮は慌てて顔を上げた。


(また、やっちゃった?)


 時計を確認する。

 しかし、昨日とは違い、まだ少し時間の余裕があった。


「凛々華、まだ——」


 蓮は途中で言葉を切った。

 凛々華は耳の先まで赤くなっており、その瞳もほんのり潤んでいた。


(限界まで、我慢してくれてたのか……)


 胸がポカポカと温かくなるのを感じながら、蓮はふっと笑みを漏らした。


「また、駅まで走りたくないもんな」


 あえて同調してみせると、凛々華がそっと息を吐く。


「まったく……その元気は、バスケに取っておきなさいよ」

「大丈夫。今、誰にも負ける気しねえから」


 言ってから、自分のテンションの高さに気づいて、蓮は急に照れくさくなる。


「そ、そろそろ出るか」

「ふふ、そうね」


 誤魔化すように腰を上げると、凛々華も笑ってうなずいた。




 電車を乗り継ぎ、会場へ続く道を歩いていたときだった。


「蓮君。こっち」

 

 凛々華が、ふと蓮の腕を引いて、暗い路地へと誘導する。


「どうした?」


 蓮が首を傾げると、凛々華はくるりと振り向いた。

 一瞬、唇を噛んでから、覚悟を決めたように顔を上げ——首に腕を回してきた。


 ——ちゅっ。

 蓮の唇に柔らかいものが触れ、路地裏に軽やかなリップ音が響いた。


「……へっ?」

「お、応援してるからっ……!」


 そう言って顔を真っ赤に染めたまま、凛々華は足早に路地を出ていった。

 蓮はしばらく、ぽかんと立ち尽くしていた。


(キス……された?)


 実感とともに、頬にじわじわと熱が集まっていく。

 鼓動が早まるのを感じながら、小さくつぶやいた。


「……マジで、負ける気しねえな」

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