第17話 不穏な予感
「島田か。わざわざこんなところにどうしたんだ?」
「えっと、柊さんに用があって、友達にここら辺で見かけたって聞いたから来てみたんだけど——」
蓮が問いかけると、芽衣はポリポリと頬を掻いた。
彼と凛々華を興味深そうに見比べながら続けた。
「二人が連れ立って教室を出て行くのは見たことあるけど、本当に一緒に食べてるんだね」
「あぁ。最近な」
蓮は一言だけ静かに答えた。
芽衣の口元が軽く歪み、何かを企んでいるような微笑が浮かぶ。
「そうなんだぁ。一緒に登校してるし、昨日は下校もだよね? もしかして、そういう感じ?」
「違うわ」
凛々華が素っ気なく否定しながら箸を止め、冷ややかな眼差しで芽衣を見上げた。
「それで、私に何か用かしら?」
「あっ、うん。実はちょっと、柊さんに相談したいことがあって」
芽衣の表情が真剣味を帯びた。
凛々華は少しだけ瞳を見開いた。
「相談? 私に?」
「うん。大翔君のことなんだけどさ」
気になる名前が出てきて、蓮は再開しかけていた食事を中断し、ちらりと凛々華の横顔を見た。
彼女は怪訝そうに眉をひそめて、
「大翔がどうしたのかしら?」
「ほら。柊さんと大翔君、最近全然話してないじゃん? クラスのみんなも気になっててさ。仲直りしてないの?」
「えぇ。このまま疎遠になるならそれでいいもの」
「っ……」
迷いのない突き放すような冷たい口調に、芽衣の口元がわずかに引きつった。
ぎこちない笑みを浮かべて、言い募る。
「で、でもさ。幼馴染なんだし、その、喧嘩したらしいじゃん? いつまでもそれを引きずるんじゃなくて、ちゃんと素直に向き合ったほうがいいと思うよ」
「むしろ、今のほうが素直に向き合っているのだけれど」
凛々華がスッと瞳を細めた。淡々と告げられたその言葉には、静かな苛立ちが込められていた。
「あっ、うん。そうなのかもしれないけど……」
表情を強張らせて口ごもる芽衣に、凛々華は先程以上に冷たい声色で問いかけた。
「もしかして、大翔に何か言われてきたのかしら?」
「えっ? あっ、ううん。そういうわけじゃないよ」
芽衣はわずかに眉尻を下げ、取りつくろうような笑顔を見せた。
怪しさはあるが、凛々華の圧に押されていると言われればそれまでだった。
「……そう」
凛々華は軽く鼻を鳴らし、興味をなくしたように視線を落とした。
その手が弁当箱に伸びる。ミニトマトを口に運ぶ仕草に、迷いの色は全く見られない。
「じゃ、じゃあ、柊さんは本当に大翔君と今のままでいいって思ってるんだ?」
「えぇ」
「……ふーん、そっか」
芽衣は軽く肩をすくめて見せたが、一瞬だけ瞳がギラリと光った——ように蓮には見えた。
しかし次の瞬間には朗らかな笑みに戻っていた。見間違いだったのかもしれない。
「わかった。答えてくれてありがとう! 確かに最近は大翔君も機嫌直してるみたいだし、二人って本当にただの幼馴染だったんだね」
そう。芽衣以上に狙いがわからないのが大翔だった。
凛々華に今後の登校を拒否された日には、何をやらかしてもおかしくないほど危うい精神状態に見えた。
しかし、翌日からは不自然なほど、これまでの自信たっぷりな調子を取り戻しているのだ。
教室の中央で騒いでいるその様子は、無理をしているようには感じられなかった。
彼に引っ張られるように、取り巻きたちも以前までの調子を取り戻していた。
これまでと違うのは、嘲笑を向けてくることはあれど、蓮に直接絡んでこなくなったことだ。
実害がなくなったのだから喜ばしいはずだが、どこか不穏な予感もしていた。
芽衣の言うように、大翔が凛々華への執着を手放してくれたのなら一番丸く収まるが、それはさすがにご都合主義が過ぎるだろう。
今の大翔にはこれまでの暴力的なものとは違う、得体の知れない不気味さがあった。
(でも、あいつが内心の怒りをあそこまで押し殺せるとも思えないが。さっきも俺のことを見下すように笑ってたし……)
——物思いにふける蓮の横で、芽衣が笑みを浮かべて凛々華に話しかけた。
「それにしても、柊さんがそれまであんまり接点のなかった男の子と二人きりでお昼ご飯を食べたり登下校したりするのって、なんか意外だなぁ」
「別に深い意味はないわ。ただ、うるさい空間はあまり好きではないし、彼は静かで気楽だから一緒にいるだけよ」
凛々華は平然とした口調で答えるが、箸がほんの一瞬だけ動きを止めた。
思考の沼に沈んでいる蓮はもとより、芽衣も気づかなかったようだ。
彼女は凛々華がわずかにみせた動揺に言及することなく、イタズラっぽい笑みを浮かべて、一段高い声で無邪気に言った。
「そっかぁ。でも確かに、黒鉄君って他の男子に比べて静かだし、柊さんみたいなクールな子とお似合いだと思うなっ!」
「っ……」
凛々華はほんの一瞬だけ目を見開いた後、眉をひそめて低い声で言った。
「……さっきも、彼とはそういう関係ではないと言ったはずだけれど?」
「あっ、そうだね。ごめんごめん」
芽衣がわざとらしくチロっと舌を出して、両手を合わせてウインクをした。
「でもまあ、何にせよ部外者が邪魔しちゃ悪いし、私はここで失礼するよ」
お邪魔しましたー、と冗談めかして敬礼し、芽衣は去っていった。
その軽やかに見える後ろ姿に視線を向けながら、凛々華は眉をひそめてつぶやいた。
「彼女、思い込みが激しそうだから、ちょっと面倒かもしれないわね」
「……えっ?」
蓮は一拍置いてから返事をした。
遠ざかる芽衣の背中を見て、あぁ、と声を上げた。
「島田、いなくなってたのか」
「気づいていなかったの?」
凛々華が呆れたように言うと、蓮は軽く肩をすくめた。
「悪い。ちょっと考え事しててさ」
「……彼女の話を聞いて?」
凛々華は探るような視線を向けた。蓮は首を横に振った。
「いい、そういうわけじゃないが。あいつ、なんか大事なこと言ってたのか?」
「べ、別に大した話はしていないわ」
「……? そうか」
わずかに朱色に染まった凛々華の頬を見て、蓮はガールズトークでもしていたのだろう、と一人納得した。
「……はぁ」
マイペースに箸を動かす彼を横目でチラリと見やり、凛々華はそっとため息を吐いてから、自らも食事を再開した。
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