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第168話 バレンタイン前の女子会② —夏海の宣言と、心愛の不安—

「にしても、(ひいらぎ)さんってすごいよね」


 雑談をしながらチョコ作りが進む中、亜里沙(ありさ)がふと真面目な口調でつぶやいた。


「なにが?」


 凛々華(りりか)が首を傾げて問い返すと、亜里沙は手元のチョコをかき混ぜながら笑った。


「いや、私たちは普通のチョコを作るので精一杯なのに、そんな超大作を作ろうとしてるなんて」

「大袈裟よ。家で食べるから、普通のチョコだと少し味気ない感じがすると思っただけ」

「まあ確かに、二人のイチャラブ具合からすると、物足りないよね〜」

「そ、そういう意味じゃないわよ!」


 凛々華が声を裏返らせた。

 その反応に、三人の笑い声が弾ける。


「でも実際、なかなか大変そうだよねー」


 夏海(なつみ)が腕を組んでうーんと唸り、思いついたように手を打った。


「そうだ、私も作るの手伝うよ!」

「えっ? いえ、それは申し訳ないわよ」

「ううん、暇だしむしろ、やらせてほしいっていうか。あっ、それとも、一人で作りたい?」

「い、いえ、そういうわけではないけど……」


 口ごもる凛々華に、夏海が胸を張る。


「じゃあ、任せてよ! その代わり、味見はたっぷりさせてもらうけどねー」


 ニヤリと笑う夏海に、凛々華は苦笑しながらも小さくうなずいた。


「じゃあ、お願いするわ」

「ほーい」


 二人でキッチンに並び、作業を分担していく。


「心愛ちゃん、もうこうなったらしばらく放っておくんだっけ?」

「そう!」

「じゃあ、ちょっと休憩しよっか」

「うん。そうしよう〜」

 

 亜里沙と心愛がダイニングテーブルを離れ、リビングでくつろぎ始めたタイミングで、ふと夏海が口を開いた。


「ねえ、柊さん」

「なにかしら?」


 凛々華が視線を向けると、夏海は手を止めた。


「大丈夫だよ。黒鉄君のことは、もうとっくに吹っ切れてるから」

「っ……」


 小さく息を呑む凛々華に、夏海は苦笑する。


「さすがに、まだ未練あるのにあんなにいじったりとか、そもそも一緒にいたりはできないから。そこは安心して」

「……ごめんなさい。こちらが気を遣わせてしまって」


 凛々華はわずかに目を伏せた。

 夏海が下から覗き込み、イタズラっぽく笑う。


「柊さん。ごめんじゃなくて?」

「……ありがとう」

「そう。それでいいの」


 夏海は片手で凛々華の頭をぽんぽんと軽く叩いた。

 凛々華は驚いたように目を見開き、そして頬を染める。


「な、なにするのよっ……!」

「あはは、かわいいなぁ」


 夏海はふと、真面目な口調に戻して続ける。


「まだ、好きな人はいないけどさ。いずれ柊さんがうらやむくらいの優良物件を連れてくるから、覚悟しててね」

「それは……難しいんじゃないかしら」


 凛々華がぽつりとつぶやく。

 夏海は呆気に取られてしまった。

 

 (れん)よりいい男など、そうそういないだろう——。

 そう言っているのも、同然だった。


「——あっ」


 凛々華がハッとなって口元を抑える。自分の発言の意味するところに気づいたらしい。

 みるみる赤くなるその頬を見ながら、夏海は瞳を細めた。


「今の会話、黒鉄(くろがね)君に伝えていい?」

「だ、ダメに決まってるでしょ!」

「ふふ、わかってるよ」


 夏海は口元を抑え、くすくすと笑う。

 憮然(ぶぜん)とした表情を浮かべていた凛々華も、やがて釣られるように笑い出した。


 すると、亜里沙と心愛がやってくる。


「なにイチャイチャしてんのー?」

「いや、柊さんが、今日はまだ黒鉄君とイチャイチャできてなくてストレス溜まってるって言うからさー」

「言ってないわよ⁉︎」


 凛々華のツッコミは、声よりも早く手が出ていた。

 するどい脇腹チョップが夏海に炸裂し、「ごふっ……!」という鈍いうめき声とともに、彼女は膝から崩れ落ちた。


「おぉ、渾身(こんしん)の一発! これは本当にストレスが——うぐっ!」


 調子に乗った亜里沙にも、同じくチョップが容赦なく突き刺さる。

 二人並んで床に転がる様子に、心愛が呆れ顔でつぶやいた。


「二人とも、学ばないね〜」

「本当よ。もうっ……」


 凛々華は頬をわずかに赤らめながら、腕を組んで言った。

 けれどその口調には、怒気よりも照れと呆れが入り混じっていた。




◇ ◇ ◇




 お昼を回ったところで、心愛の携帯から音楽が流れ出した。

 バレエの練習の時間だった。大会が迫っているため、練習量を増やしているのだ。


 玄関に向かう彼女の背中に、亜里沙が声をかける。


桐ヶ谷(きりがや)君、今日も迎え来てくれるの?」

「そうなの。早く会いたいな〜」


 心愛が口元を緩める。

 そのうっとりとした表情を見て、亜里沙が夏海の脇腹を突いた。


「——夏海」

「うん……心愛ちゃんもアリだな」


 心愛は一瞬キョトンとしたあと、ハグをするように、両腕を差し出した。


「おいで〜」

「それはそれで困るわ!」


 夏海が鋭くツッコミを入れ、四人は同時に笑い出した。

 

「でも、好きな人が来てくれるとか、めっちゃ頑張れるじゃん」

「そうなんだよね〜。じゃあ、凛々華ちゃん、お邪魔しました!」


 心愛がペコリと頭を下げた。

 

「えぇ、頑張って」

「うん! それじゃ、また来週〜」

「じゃあねー!」

「ファイトー」


 リビングに戻ると、夏海が二人を見比べながら問いかけた。


「ねぇ、やっぱり、みんな会いたくなるもの?」

「……まあ、そりゃあね」


 亜里沙が少しだけ頬を染めながら、視線を逸らす。

 その様子をまじまじと見つめていた夏海が、ふっと笑ってから一言。


「やっぱり亜里沙はナシだわ——ひゃっ!」


 すかさず、亜里沙が夏海の脇腹を突いた。


「こっちこそ、願い下げよ」


 そう言ってそっぽを向くその背中に、凛々華がくすっと笑みを漏らした。

 それを皮切りに、自然と三人の笑い声がリビングに広がっていった。




◇ ◇ ◇




 柊家を後にした心愛は、慎重な足取りで歩いていた。

 少しの揺れでチョコの表面が欠けてしまうのでは——そんな気がして、自然と歩幅は小さくなる。


(……しっかり容器に入れたから、大丈夫だと思うけど)


 いつになく神経質な自分に、自然と頬が緩む。

 それでも、その表情の奥には、うっすらとした不安が影のように残っていた。


(桐ヶ谷君は、応援してくれてるって言ってくれた。バレエ、頑張ってねって……)


 けれど、心愛は知っている。

 口約束は所詮、口約束でしかないことを。

 

 かつての彼——涼介(りょうすけ)も、そうだった。

 遠距離であまり会えなくなっても、心愛が一番だよと言ってくれていた。

 でも、結局は、近くにいる別の子を選んだ。


(もう、あんな思いはしたくない)


 いま、自分が見ているのは(いつき)だけ。

 だからこそ、不安になる。

 想いが伝わらなかったら——届かなくなってしまったら、と思うと、怖い。


 だから、恥ずかしいけど、想いはちゃんと言葉にするし、ハグやキスだっておねだりしているのだ。

 二度と、後悔なんてしたくないから。


(今度のおうちデートで、もっとグイグイいくべきかな……)


 そんなことを考えながら歩いていたとき、道の向こうから見覚えのあるシルエットが現れた。


「あ、黒鉄君〜!」

「おう、初音(はつね)。バレエの練習だっけ?」


 買い物袋を下げた蓮が、手を振る。


「うん。今、駅に向かってるとこ」

「じゃあ、送ってくよ」


 蓮は自然な調子で、隣に並んだ。


(スマートだなぁ)


 心愛は感心してしまった。

 少しデリカシーはないけど、誠実——。

 凛々華の評価は、まさにその通りだと思う。


 そんな蓮だったから、心愛はあまり迷うことなく切り出していた。


「ねぇ、黒鉄君。ちょっと相談してもいい?」

「おう。どうした?」

「今、バレエの練習が忙しくて、学校以外だとほとんど桐ヶ谷君に会えてないし、あんまりメッセージのやり取りもできてないんだけど……やっぱりそういうのって、男の子的にもちょっと嫌なものかな?」

「いや、そんなことねえだろ」


 蓮は間髪入れずに首を振った。


「樹にとってもいい刺激になってるみたいだし。あいつ、初音の練習見るのとかめっちゃ楽しみにしてるから」

「えっ、そうなの?」

「おう。マジで綺麗で格好いいって、毎回力説してくるんだよ」

「そ、そうなんだ……」


 心愛はうつむいた。頬が熱くなり、自然と口元がにやけてしまう。

 蓮がふっと笑って、言葉を続けた。


「それに、忙しい彼女を迎えに行くのって、たぶんどの男子にとってもテンション上がるものだぞ。優越感とはまた違うけど……だから、全然気にしなくていいと思う」

「そっか……」


 心愛は、肩の力が抜けるのを感じた。


「それに、大会が終わったら、また時間もできるんだろ?」

「うん」

「じゃあ、絶対大丈夫だって。そもそも、そんな忙しいのに手作りチョコくれる彼女を、嫌いになるやつなんていねえから」

「……そうだね。ありがと、黒鉄君」


 心愛の胸に、ぽっと温かい灯がともる。

 相談してよかったと、心の底から思えた。


「じゃあ、ついでにもう一個、聞いてもいい?」

「なんだ?」

「黒鉄君も、一定期間なら凛々華ちゃんと離れても平気なの? いつもべったりしてるけど」


 心愛がニヤリと口角を上げると、蓮が肩をすくめる。

 

「べったりってなんだよ」

「あれ、違った?」

「……違くは、ねえな」


 蓮が少しバツが悪そうに頭を掻いた。

 心愛は思わずくすっと笑みを漏らしながら、


「でしょ? けっこうキツいんじゃない?」

「まあ、学校とバイトで会えるなら、多少は我慢できるよ。もちろん寂しいけど、そうなったら仕方ねえし」


 蓮の口調は穏やかだった。少なくとも、強がっているようには見えない。


「そっか〜。なんか安心したよ」

「なにがだよ?」

「受験とか大学とか、それこそ社会人になったら一緒にいられる時間なんて限られるだろうから、ちょっとだけ、二人のことが心配だったんだ〜」


 心愛が冗談めかして言うと、蓮が考え込むように、あごに手を当てる。

 

「共依存ってことか?」

「そこまで言うつもりはないけど……でも、うん。ニュアンスとしてはそんな感じかな」

「大丈夫だよ。そこら辺は前にちょっと話したし」

「じゃあ、安心だね」


 心愛はほんのり口元を緩める。

 ずっと見守ってきたから、というのもあるだろうが、単純に友達として、蓮と凛々華にはずっと仲良しでいてほしい。


(まあ、二人が別れるなんて想像できないけど)


 そんなことを考えていると、間もなく駅に到着した。


「送ってくれてありがと! じゃ、また月曜日に〜」

「おう、気をつけて。練習頑張れよ」

「うん! 黒鉄君も、いくらバレンタインだからって、甘くなりすぎないようにね〜」

「わ、わかってるよ……」


 蓮が思わずといったように、視線を逸らした。


「ふふ、じゃあね〜!」


 心愛は軽やかな笑い声をあげて、手を振った。


(いつまでもじれじれしてそうだなぁ、あの二人は)

 

 そんなことを思いながら、駅のホームへと歩き出す。

 気づけば、さっきまで抱えていた不安は、ずいぶんと小さくなっていた。




◇ ◇ ◇




「ふぅ……」

 

 心愛の背中が見えなくなると、蓮は息を吐き出した。


『初音さんが手強すぎるよー』


 ふと、脳裏に樹の言葉が思い浮かんだ。

 確かに、彼女を相手に主導権を握るのは、容易なことではないだろう。


(まあ、別にそんな必要もねえだろうけど)


 家に帰ると、買ってきた野菜を切っていく。

 ニンジンやジャガイモなどをまとめて冷凍しておくと、カレーやシチュー、ポトフなど、手軽な家庭料理が作りやすくなるのだ。


 作業を終えて、気づけば残り二週間を切っている定期テストの勉強を始めた。

 集中が切れたタイミングで時計を見ると、もうすぐ十五時になろうとしていた。


(そろそろかな……)


 そう思うと、もう何も手につかなくなった。


(凛々華、どんなものを作ってくれてるんだろう?)

 

 あれこれと妄想しながら落ち着きなく家の中を歩き回っていると、程なくしてスマホにメッセージが届いた。


 ——準備ができたわ。来てくれるかしら?


 送信者はもちろん、凛々華だ。

 心が跳ね上がるのを感じながら、蓮は即座に「今行く」と返し、早足で家を出た。

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