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第166話 不公平よ

 部屋にはしばらく、温かい静寂が流れていた。

 (れん)の腕の中にすっぽり収まったまま、凛々華(りりか)がふと口を開く。


「……でも、蓮君がこんなにスキンシップが好きだとは、正直思っていなかったわ」

「自分でも驚いてるよ」

「昔は、キスすらできなかったものね」

「うっ……」


 イタズラっぽく見上げられ、蓮は思わず視線を逸らしてしまう。

 最初にしてくれたのも凛々華だったし、蓮が触れ合いをためらうあまり、不安にさせてしまったこともあった。


「別に、責めたいわけではないわよ」

「おう……たぶん、あのころに凛々華がリードしてくれてたから、ちょっと自信が持てたんだと思う」

「ふふ、それで最近、本性を表しているのね」

「その言い方はいやだな。……凛々華だから、だよ」

「っ……」


 揶揄うように笑っていた凛々華は、一転して息を呑み、頬を染めてうつむいた。


(……かわいい)


 優しく頭を撫でる。相変わらずサラサラの髪の毛だ。

 凛々華は少しの間、されるがままだったが——やがて蓮の胸に手を添えてきた。


「り、凛々華?」

「私ばかり触られるのは、不公平よ」


 言い訳をするような口調で、服の上からそっと蓮の胸を押す。

 すると、アメジストの瞳がハッと見開かれた。


「どうした?」

「いえ、思ったよりも硬かったから……。プールでも思ったけれど、蓮君って着痩せするタイプよね」

「まあ、脂肪がつきにくい体質ではあるな」

「うらやましいわ——きゃっ」


 蓮は凛々華の腰を引き寄せ、自分の膝に乗せた。

 そっと両腕を回し、お腹に指を這わせる。


「な、なにっ?」

「凛々華だって、めちゃくちゃ引き締まってるだろ」

「あぁ、そういうこと……まあ、一応気をつけてはいるもの」

「そんなレベルじゃねえと思うけどな」


 指に軽く力を入れると、女の子らしい柔らかさと、その奥に秘めたしなやかな筋肉の感触が伝わってきた。

 少しずつ、蓮の鼓動が早くなる。


「……私の番だったのに」


 凛々華がそう拗ねたようにつぶやいた瞬間、蓮は反射的にぎゅっと抱きしめた。

 彼の体は、すでに反応していた。ぴたりと密着した凛々華の背中に、それが軽く当たってしまう。


「ちょ、ちょっと……っ」


 彼女は声を上ずらせ、体を起こそうとする。

 蓮も全身が火照るが、腕の力は緩めなかった。


「こうしてると、落ち着くんだよ」


 弁明じみた口調でつぶやきながら、首筋に顔を埋める。

 凛々華は耳まで赤くなっていたが——やがて、おずおずと体を預けてきた。


(受け入れて、くれたんだな……)


 蓮は、凛々華のうなじに唇を落とした。

 彼女の体がピシリと硬直する。


「……ごめん、我慢できなかった」

「……嫌だったら、こんな体勢許さないわよ」


 その囁きに、蓮の胸が跳ねた。

 腕に力を込めてぐいっと引き寄せ、さらに体を密着させる。


「っ……」

 

 凛々華は驚いたように身を硬くしたものの、抵抗はしなかった。

 その耳元に唇を寄せて、ちゅ、と音を立ててキスをすると——


「ん……」


 凛々華が小さく声を漏らし、慌てて言葉を続けた。


「そ、そこまでよ」

「……わかった」


 蓮は名残惜しさを感じつつも、素直に唇を離した。

 ただ包み込むように抱きしめると、凛々華もどこか安心したような表情で目を細め、体の力を抜く。


「思ったより、従順ね」

「一ヶ月禁止は、耐えられる気がしないからな」

「破ったら二ヶ月禁止よ」

「お、おい、ちょっと待て。聞いてないぞ」

「言ってないもの」


 蓮が慌てると、凛々華が口元に手を当ててくすくす笑った。

 空気がふっと軽くなる。


 しばらくそのままの体勢でいたが、やがて凛々華がゆっくりと身を起こした。


「ちょっと、お茶でも飲まない? 水嶋(みずしま)さんがくれた紅茶が、まだ余っているから」

「おっ、いいな」


 賛同しつつも、蓮は凛々華の温もりがなくなることに、少しだけ名残惜しさと寂しさを覚えた。

 彼女は立ち上がると、部屋を出る前にちらりと振り返った。


「……別に、離れたくなったわけではないから」


 そう言い残し、早足で廊下に消えていった。

 蓮の頬が、じわじわと熱をもつ。


「……敵わねえな、ほんと」


 そう小さく息を吐きながらも、自然と微笑んでいた。




 ——その日の夜。

 蓮はリビングでイヤホンをつけ、キーボードを叩いていた。


 画面の中のコードは、途中から何かがうまくいっていなかった。

 額に手を当て、うなるように画面を睨みつける。


(……なんでだ。理屈は間違ってないはずなのに)


 独学で学んできたプログラミングも、最近では手強くなってきた。

 応用が利かず、エラーの意味もいまいち理解できない。


「ふぅ……」


 思わず、ため息がこぼれる。

 トントンと、控えめに肩を叩かれた。


「兄貴、大丈夫?」


 遥香(はるか)が、少し心配そうに覗き込んでいた。


「おう……洗い物、終わったのか?」

「バッチリだよ」


 遥香がぐっと親指を立てる。

 

「サンキュー」

「うん。もうそろ休んだら?」

「ぼちぼちな。お前もあんまり夜更かしするなよ』

「はーい。じゃ、おやすみー」

「おう、おやすみ」


 軽く会話を交わした後も、蓮は画面から目を離せずにいた。

 もう少しでわかる気がする——そんな思いが、キーボードを叩く手を止められない。


 しばらくすると、直人(なおと)が帰宅した。

 夕食を終えると、声をかけてくる。


「蓮、もう寝なさい。明日に響くよ」

「……そうだな」


 時計を見ると、もう日付を回るところだった。



 

 翌朝も、蓮は遥香と直人を見送ると、あくびを噛み殺しながら、キーボードに向かっていた。

 すると、程なくしてアラームが鳴る。凛々華を迎えにいく時間だ。


「おはよう、蓮君」

「おう、おはよう……ふわぁ」


 思わず、あくびが漏れてしまう。


「寝不足かしら?」

「まあ、ちょっとな」

「プログラミングの勉強?」

「そう……最近、ちょっと行き詰まっててさ」


 凛々華はわずかに眉を寄せながらも、優しく口を開いた。


「急ぎでないなら、少し離れてみてもいいんじゃないかしら? 寝不足だと、わかるものもわからなくなるし、イライラしやすくなるもの」

「……そうだな」


 その日の放課後、蓮はあえてプログラミングには手をつけず、早めに床に就いた。

 確かに、頭がスッキリした感覚はあるが、それでも難しいものは難しかった。


 推薦や検定も考えるなら、もっと本格的にやるべきだろう——。

 そう思った蓮は、自宅に凛々華を呼んで、相談をすることにした。


「オンライン講座、受けてみようかと思ってるんだ。検定とかもあるし、推薦も考えてるからさ」

「プログラミングにも、検定があるのね」

「おう。情報系とか工学系だと、推薦ではちょっと有利になるっぽいんだ。でも、課題も出るっぽいし、本格的に勉強しなきゃだから、遊べる時間が少なくなっちゃうけど……いいか?」

「もちろん、応援するわ」


 凛々華はまるで、最初からそう言われることがわかっていたかのように、迷いなくうなずいた。

 穏やかな表情で続ける。


「別に、会えなくなるわけじゃないんでしょう?」

「まあな。ただ、一緒にいても、ちょっと勉強させてもらうことが増えると思うけど……」

「構わないわ」


 凛々華はゆっくりと首を振り、照れたように笑う。


「同じ空間にいれば、話したいときに話せるし、くっつきたいときにくっつける。——そうでしょう?」

「……そうだな。ありがとう」


 蓮の胸がじんわりと熱くなる。

 自然と、言葉が口をついて出た。


「その代わりって言ったらあれだけどさ。夜とか、電話してもいいか?」

「無理しない範囲でなら、いいわよ」


 凛々華は優しく微笑んだあと、すっと立ち上がった。

 蓮の背後に回ると、腕を回して抱きしめてくる。


「ど、どうした?」

「別に……」


 曖昧な返事とは裏腹に、凛々華はしっかりとホールドして離さない。


(甘えたいのかもな)


 蓮はそっと、彼女の手を包み込んだ。

 静かに繋がる指先から、体温が伝わってくる。


 ややあって、凛々華がぽつりと言葉を漏らした。


「……相談してくれて、嬉しかったわ」

「もちろん。……凛々華が、最優先だから」


 言ってから、蓮の頬が熱を持つ。それでも、誤魔化す気にはならなかった。

 

「もう、あなたって人は……」


 凛々華がため息混じりにつぶやいた、次の瞬間。

 ——ちゅっ。

 柔らかい感触が、蓮の首筋に押し当てられた。


「っ……⁉︎」


 振り返る間もなく、凛々華が背中に顔を埋めてきた。


「み、見ないで……っ」

「お、おう……」


 蓮はごくりと唾を飲み込んだ。




 それから程なく、凛々華は我に返ったように体を離すと、「よ、用事を思い出したわ!」と逃げるように飛び出していった。

 もう少し、一緒にいたかったが——、


(たぶん、今はこれでよかったよな)


 ふぅ、と息を吐き出す。

 正直、かなりギリギリだった。


「……よしっ」


 蓮は気合いを入れてパソコンの前に座ると、体内でくすぶるエネルギーをぶつけるように、キーボードを叩き始めた。

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