第162話 クリスマスデート⑤ —プレゼント交換と、進む関係—
蓮はプレゼントの服を抱え、ベッドの端に腰を下ろした。
凛々華も隣に座り、互いに紙袋を手にしたまま、少しの間を置く。
なんとなくもじもじと袋を握ったまま、言葉が出てこなかった。
「……なんか、緊張するな」
「そうね」
お互いに顔を見合わせ、照れたように笑い合う。
空気が少しだけ和らいだ。
「こういうのって、どっちから渡すものなのかしら。同時に交換?」
「それもアリだけど、まずは俺から渡していいか?」
蓮は紙袋を軽く持ち上げた。
凛々華が、少し意外そうに目を瞬かせる。
「いいけれど……自信がありそうね?」
「別にそういうわけじゃねえって。もちろん、真剣に選んだけどさ」
蓮は体ごと凛々華に向き直り、袋を差し出す。
「それじゃ、凛々華。——メリークリスマス」
「ありがとう……マフラーかしら?」
「おう」
蓮のプレゼントは、ダークネイビーのマフラーだった。
「髪色とも合うし、学校にもつけていきやすいかなって思って」
「いい色だわ。それに、柔らかい……」
凛々華がマフラーをそっと撫でる。
その仕草に胸が高鳴り、気づけば、蓮は口を開いていた。
「それで、ちょっとだけわがままなんだけどさ。できれば、今ここで巻いてくれねえか?」
言ってから、少し気恥ずかしくなった。
しかし、買ったときから考えていたことでもあった。
「今?」
「おう。やっぱり実際につけてるとこみたいし、自分が選んだマフラーを巻いてもらうのって、男の夢なんだよ」
「いくつあるのよ、男の夢」
凛々華が呆れたように笑って、しばしマフラーを見つめた後——
視線を逸らしながら、くるりと首にかける。
「……変じゃないかしら?」
そう上目遣いで見上げてくる破壊力は、蓮の想像を軽く超えていた。
「めっちゃ似合ってるよ。その……かわいい」
「っ……!」
凛々華は一瞬で頬を染め、マフラーの端をぎゅっと握りしめた。
そして、誤魔化すように、隣に置いていた紙袋を手に取る。
「は、はい、これ……メリークリスマス」
「おう、サンキュー。開けてもいいか?」
「えぇ」
凛々華は、不安と期待が入り混じった表情でうなずいた。
袋の中には、スリムでシンプルなイヤホンケースが入っていた。
「これ……」
「前に言ってたでしょ? 勉強するときに、ノイズキャンセル付きのイヤホンがほしいって」
「えっ、そんなの覚えててくれたのか?」
確かに言った記憶はあるが、何気ない雑談の中でポロッと漏らした程度の話だったはずだ。
「記憶力はいいのよ」
凛々華はなんでもないように髪の毛をいじるが、その耳先は薄っすら赤く染まっている。
「そっか……ありがとな。早速、明日から使わせてもらうよ」
「えぇ。でも、あんまり長時間つけちゃダメよ。耳に負担がかかるんだから」
彼女らしい言葉に、蓮は思わず笑ってしまう。
「了解。あっ、せっかくだし、俺もつけたほうがいいか?」
「別にいいわよ。おしゃれアイテムでもないのだから」
凛々華が苦笑を漏らし、マフラーに手を添える。
「気持ちいいけれど、今は外していいかしら? ちょっと暑いわ」
「おう。——あっ、ちょっと待って」
蓮がポケットに手を伸ばすと、凛々華が半眼になる。
「……まあ、別にいいけれど」
「凛々華もだいぶ前向きになってきたな、写真」
「あなたがわかりやすいだけよ。ほら、早くしなさい」
「おう」
無事に撮影会を終えたあとは、そのまま今日の写真を見返す流れになった。
サンタ帽を被った凛々華を真ん中に、遥香と三人で写っている写真が表示されたとき、蓮は眉を下げた。
「ごめんな。ショッピングのときは嫌がってたのに、ノリで被らせて」
「本当に嫌なら、あなたや遥香ちゃんにせがまれてもつけないわ」
凛々華は澄ましたように言って——
「べ、別に、つけたいわけではないわよ?」
すぐに早口で付け足した。
「わかってるよ」
蓮は自然と、凛々華の頭に手を伸ばしていた。
優しく撫でると、彼女は「ん……」と喉を鳴らしながら、静かに目を閉じた。
(本当、柔らかい表情するようになったよな……)
夜の静けさがそうさせるのか、あるいは凛々華の気持ちよさそうな表情が、心に染みるのか。
蓮は、少し感傷的な気分になっていた。
もう少し、触れていたい——。
その想いが胸の奥で膨らんでいき、プレゼント交換によって鎮まっていた熱が再燃する。
蓮は撫でる手を止め、凛々華の頬に手を添えた。
「……さっきの続き、してもいいか?」
凛々華の瞳が揺れる。
彼女は熱のこもった蓮の視線から逃れるように下を向き——静かに、あごを引いた。
それだけで胸がいっぱいになり、蓮は彼女の頬に口づけた。
すると、凛々華がゆっくりと正面を向き、一瞬だけ、潤んだ瞳で見上げてきた。
——まるで、おねだりをするように。
(それ、やばい……っ)
蓮はごくりと唾を飲むと、うつむいてしまった彼女の顔を覗き込み、唇を重ねた。
何度か確かめるように口付けを交わすと、静かに姿勢を低くして、首筋へやわらかく唇を押し当てる。
「っ……」
凛々華は息を詰まらせたあと、おずおずと蓮の後頭部に手を添えた。
受け入れてくれていることに、内心が熱を帯びる。
気づけば、蓮は服の上から、彼女の華奢な背中を撫でていた。
「……背中なんて触って、楽しいの?」
「綺麗だからな」
「……変な人」
小さく笑う気配がした。
嫌がられてはいないとわかると、蓮はもう少しだけ、距離を縮めたくなった。
首筋へのキスを止め、アメジストの瞳を見つめる。
「なぁ……直接、触ってもいいか?」
「っ……!」
凛々華が目を見開き、顔を真っ赤にして顔を背けた。
唇を噛みしめたまま、なにも言わない。
本当に嫌なら、あなたや遥香ちゃんにせがまれてもつけないわよ——。
思い出されるのは、先程の彼女の言葉。
(いいって、ことだよな?)
暗闇を進むように、そろそろと服の内側に手を滑り込ませる。
肌に触れた瞬間、凛々華はピクッと体を震えさせた。
「……指、震えてるわよ」
少しだけ強がるような口調。その語尾が震えていることを、蓮は指摘しなかった。
気遣いという側面もあったが、それ以上に、魅惑的なその感触に、意識を奪われていた。
「すべすべだな……」
スッと撫でると、凛々華の身体が小さく揺れた。
「く、くすぐったいわよ」
誤魔化すような言葉に、蓮の喉奥から小さく笑いが漏れた。
今度は、指の腹で軽く押してみる。無駄な肉はないのに、柔らかい。
(女の子、って感じだな……)
いくら触っても慣れることはなく、気持ちは高まり続けるばかりだった。
自然と、手が腰回りへと伸びるが——
「も……もう終わり!」
凛々華が両手で蓮の胸を押し、距離を作った。
蓮もハッと我に返る。
「あっ……ごめん」
「もう……調子に乗りすぎよ」
凛々華が腕を組み、大きくため息を吐く。
「マジでごめん。なんていうか……ちょっと、テンションおかしくなってた」
「男の夢とか、馬鹿なこと言ってるからよ」
凛々華は呆れたように肩をすくめるが、その口角はわずかに上がっていた。
蓮は控えめに切り出した。
「なぁ、凛々華の嫌がることは、絶対にしたくねえけど……また、こういうのしてもいいか?」
「っ……今みたいに調子に乗りすぎたら、一ヶ月はスキンシップ禁止よ?」
「えっ……それは絶対に避けたいな」
「せいぜい気をつけることね」
凛々華はどこか得意げに鼻を鳴らした。
蓮はふと、壁にかかった時計に目を向けた。
「……そろそろ、帰らねえとな」
「……そうね。あまり遅くなっても危ないし」
凛々華が未練を断ち切るように、勢いよく立ち上がる。
背後から抱きしめたくなるが、蓮は理性を総動員して堪えた。
階段を降りると、リビングには詩織の姿があった。
「すみません。遅くまでお邪魔しました」
「また、いつでも来てちょうだい。気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございます」
簡単な挨拶を交わし、蓮は玄関に向かう。
「じゃあ——」
蓮はそこで別れの挨拶をしようとしたが、凛々華は靴をつっかけて、玄関先まで出てきた。
「風邪引くから、いいよ。中にいなって」
「見送るだけよ。すぐに入るわ。……蓮君こそ、寒さもそうだけれど、暗いから気をつけて」
ほんの短い時間、見つめ合う。
「……ありがとうな。今日は、本当に楽しかった」
「私もよ」
どちらからともなく身を寄せて、触れるだけの口づけを交わす。
「じゃあ、また明日な」
「えぇ」
凛々華の穏やかな表情に見送られながら、蓮は後ろ髪を引かれる思いで歩き出した。
途中で振り返ると、彼女はまだ扉の前に立っていた。
目が合うと、イタズラのバレた子供のような表情になる。
「早く、入れよ」
聞こえる距離ではなかったが、蓮はそうつぶやきながら、家を示した。
凛々華はうなずいてそのまま立っていたが、蓮は動かなかった。
(入るまで、動かねえからな)
蓮のその意思を察したのだろう。
凛々華は苦笑いを浮かべながら手を振り、扉を開けて中へ入っていった。
「……寒くて、ちょうどよかったかもな」
蓮はそうつぶやき、早く帰ろうと大股で歩き出した。
家に着くと、リビングの明かりはついていた。
「あいつ、電気つけっぱじゃねえか……って、寝てる?」
遥香は、ソファーの上で丸くなっていた。
近づいて覗き込むと、サンタ帽は斜めにずれかかっていて、腕の中には、蓮と凛々華からのプレゼントであるタオルとクマのぬいぐるみ。
「おい、はる——」
声をかけようとして、蓮は思いとどまった。
写真に収め、凛々華に送信する。
すぐに返ってきたのは、「今からそっち行くわ」というメッセージ。
蓮は思わず吹き出して、「落ち着け」とだけ返信を打つ。
間髪入れず、ぷくっと膨れたキャラのスタンプが届いたが、間もなくしてそれは消え、「柊凛々華がメッセージの送信を取り消しました」という文字が表示された。
勢いで送ってしまったのだろう。
(今ごろ、真っ赤になってんだろうな)
想像するだけで頬が緩む。
「かわいいの連鎖だな……」
そうつぶやいて、スマホを胸元にしまい、遥香を起こしにかかった。
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