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第159話 クリスマスデート② —ぬいぐるみより—

 ショッピングモールを出ると、日はすっかり暮れていた。

 通り一帯がライトアップされ、非日常感をかもし出している。


「……綺麗ね」


 凛々華(りりか)が立ち止まり、静かな眼差しで周囲を眺めた。

 灯りに照らされた幻想的なその横顔に、(れん)の胸が締め付けられる。


「……悪いな。ここからが本番だったのに、俺の都合で予定変えちまって」

「気にする必要はないわ。私が決めたことだもの。それに——」


 凛々華は頬を赤らめながらも、どこかイタズラっぽく見上げてきた。


「いずれ、もっと素敵なものを見せてくれるんでしょう?」

「っ……」


 蓮は呆気に取られたが、すぐに力強く首肯した。


「あぁ。約束する」

「楽しみにしてるわ」

 

 凛々華は満足そうにうなずいた。

 そして、照れ隠しのように話題を変える。


「少し早いけど、もう帰る? 遥香(はるか)ちゃんも待っているだろうし」

「いや……もうちょい、付き合ってくれ」


 蓮は凛々華の手を取り、歩き出した。

 たどり着いたのは、ゲームセンターに併設しているプリクラコーナーだった。


「これって……」


 凛々華が息を呑む。

 

「おう。せっかくだし、記念に撮らねえか?」

「……蓮君が、撮りたいのなら」


 ふいっと顔を背ける凛々華の耳は、ほんのり色づいていた。

 

「よし、決まりな」

 

 蓮が先にカーテンを開けると、凛々華も恥ずかしそうにその後に続く。

 蛍光灯の明かりに照らされた密室。画面に映った二人の姿が、少しぎこちなく並ぶ。


「蓮君って、こういうの慣れてるの?」

「いや、打ち上げのノリとかで撮るくらいだよ。二人きりは、初めてだな」

「ふーん……」


 凛々華が小さくつぶやく。口調はそっけないが、目元がわずかにほころんでいた。

 蓮はその安心したような笑顔を見て、思わず頭をポンポンと撫でた。


「な、なんなのよ?」

「いや……かわいかったから」

「っ……」


 凛々華が息を詰まらせた。

 その頬がみるみる赤く染まっていく中、カメラのカウントダウンが始まる。


 三秒、二秒——。


「……ばか」


 凛々華はぽつりと漏らし、自分から身を寄せてくる。

 蓮は胸が高鳴るのを感じながら、その肩に手を置いた。


「ほら、凛々華も」

「……えぇ」


 凛々華が躊躇いがちに、蓮の腰に手を添えたその瞬間——、

 フラッシュがまたたいた。




◇ ◇ ◇




 プリクラ機から出ると、フロアいっぱいに広がるゲームセンター特有のガチャガチャとした音が耳に飛び込んできた。


「ゲーセンなんて、久しぶりだな」

「そうね。通りがかりには見かけるけれど」


 凛々華が穏やかな表情で、UFOキャッチャーコーナーを見つめる。


「ちょっとだけやっていくか?」

「えぇ。せっかくだし」


 二人は自然と手を繋ぎ、歩き出した。

 色も大きさも種類もさまざまなぬいぐるみが整然と並ぶ中、凛々華がふと思いついたように口を開く。


「遥香ちゃんに、何か取っていってあげましょう」

「おっ、いいな」


 すでに共同でプレゼントは用意してあるが、もう一つくらい追加しても、負担にはならないだろう。

 

「あの子、どういうものが好きなのかしら?」

「たぶん、かわいいのなら何でも好きだぞ」

「大雑把ね」


 凛々華が苦笑する。

 

「そこまで把握してないからな。凛々華が選んだほうが喜ぶと思うから、任せていいか?」

「そう?」


 凛々華が眉を上げた。どこか嬉しそうな表情だ。


「どれにしようかしら……」


 彼女はいくつか見て回ったあと、一匹のクマを指差す。


「この子はどうかしら。色も柔らかくて、毛並みもよさそうだわ」

「お、いいじゃん。絶対喜ぶぞ」

「決まりね。比較的取りやすそうだし」


 凛々華は真剣な表情で、ガラスの中を覗き込む。

 蓮は何気ない風を装い、隣の機械を指差した。


「俺もちょっとこっちで狙ってみていいか?」

「蓮君まで?」


 凛々華はくすっと笑みを漏らし、微笑ましげに瞳を細めて、あごを引いた。


(シスコンって思われてんのかな……)


 少し複雑な気分だが、今だけは好都合だ。


「よしっ」


 蓮は気合いとともに、百円玉を投入した。狙うのは、小ぶりな猫のぬいぐるみだ。

 数回目でゲットをしたとき、ちょうど凛々華もぬいぐるみを取り出していた。


「早かったな」

「そっちこそ……あら、いいセンスしてるわね」


 そう微笑む凛々華に、蓮はぬいぐるみを差し出した。


「ほら」

「えっ? いえ、そっちは蓮君からあげなさいよ」

「いや、凛々華に。……これ、ちょっと欲しそうに見てただろ?」

「っ……!」


 凛々華が驚いたように、目を見開いた。

 ややあって、ため息を漏らす。


「本当、なんで変なところだけ鋭いのかしら……」

「悪かったな。普段は鈍くて」

「そこまで言ってないわよ」


 凛々華は肩をすくめると、猫のぬいぐるみを大切そうに抱え直し、はにかむような笑顔を蓮に向けた。


「ありがとう。大切にするわ」

「っ……」


 その瞬間、蓮は息ができなくなった。


(ぬいぐるみよりかわいい……)


 咄嗟に抱きしめそうになり、慌てて自制する。

 こんな人混みでは、凛々華は嫌がるだろう。


(でも……このくらいはいいよな?)


 自分にそう言い聞かせると、踵を返した。


「凛々華、ちょっとそのまま、ついてきてくれ」

「えっ? えぇ……」


 戸惑う彼女を、すぐそばに設置されたクリスマスツリーに連れていく。

 色とりどりのライトがきらめき、写真映えしそうな光景が広がっていた。


「それ抱いてるとこ、写真撮っていいか?」

「えっ……?」


 凛々華は目を丸くし、腕の中のぬいぐるみに顔を埋めた。


「……さすがに、恥ずかしいのだけれど」

「思い出だからさ。頼む」


 蓮が真剣な顔で言うと、凛々華は唇を尖らせた。


「……それなら、一緒に撮ればいいじゃない」

「っ——」


 蓮は言葉を失った。頬がじんわりと熱を持つのがわかる。

 恥ずかしいし、照れくさい。でも、それ以上に嬉しかった。


「そうだな。二人で撮ろう」

 

 並んでカメラを構えると、凛々華はぬいぐるみを盾のように抱えた。


「それだと、顔が映らねえぞ」

「うっ……」


 凛々華は視線を泳がせたあと、そっと胸に抱え直した。


「……一枚だけよ」

「了解」


 蓮は笑いながらうなずき、しっかりと腕を固定してからシャッターを押した。

 ブレていないか確認していると、プリクラの写真が出てきて、自然と笑みがこぼれる。


「俺ら、めっちゃ写真撮ってるな」

「全部、蓮君が言い出したんじゃない」


 凛々華が呆れたように笑いながら、蓮の腕を軽く小突いた。



 

 最寄り駅に着くころには、空は紫色に染まっていた。


「ここら辺は静かね……」

「そうだな。けど、やかましいのが待ってるぞ」

「遥香ちゃんに伝えておくわね」

「やめろって」


 ほどなくして黒鉄(くろがね)家に到着した。

 インターホンを鳴らすと、


「空いてるよー!」


 間髪入れずに、中から元気な声が返ってきた。

 どうやら玄関で待機していたようだ。


「なんか、企んでそうだな」

「ふふ、そうね」


 凛々華と笑みを交わし、蓮が扉を開けると、

 ——パンッ!

 クラッカーの音が鳴り響いた。


「「わっ……!」」


 二人が目を見張る中、舞い散る紙飛沫の向こうに現れたのは——、


「——メリークリスマス!」


 赤いサンタ帽をかぶり、満面の笑みを浮かべた遥香の姿だった。

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