第158話 クリスマスデート① —雰囲気に呑まれて—
——クリスマスイブ。
蓮と凛々華は午前中から、電車で数駅のスケート場にやってきていた。
せっかくだから冬らしいことをしようという話になり、蓮が何回か父親の直人に連れて行ってもらったと明かすと、凛々華がやってみたいと言ったのだ。
スケートリンクには、子ども連れやカップルがちらほら滑っていた。
凛々華はリンクサイドに立ち、緊張した面持ちで足元を見つめている。
「——凛々華」
蓮はリンクに入ると、手袋越しに手を差し出した。
「……ありがとう」
凛々華はやや戸惑った様子を見せたが、頬を染めながらその手を握った。
凛々華が足を踏み入れると、蓮は周囲の流れに沿って、ゆっくりと滑り出した。
「う、うわっ……っ」
「おっと」
ふらつく凛々華の動きにあわせて、さりげなくバランスを取りながら速度を調整する。
最初のほうこそ危なっかしかったが、さすがの運動神経というべきか、凛々華は少しずつコツを掴み始めた。
「全然滑れてるじゃん」
「蓮君の手があるからよ」
「……そっか」
じんわりと胸が温かくなり、蓮は口元を緩めた。
凛々華の表情にも、少し余裕が出てきている。
「そろそろ、手を離してみるか」
「え、えぇ……」
凛々華がうなずきながらも、不安げに瞳を揺らした。
「大丈夫。支えてるから」
蓮は自然な動作で、凛々華の腰に手を添えた。
そこに他意はなかったが——、
(……細いな)
ウェア越しでもわかるその華奢さに、息を呑んでしまう。
「……支えてくれてるだけよね?」
「あ、当たり前だろ」
「怪しいものだわ」
呆れたような口調とは裏腹に、凛々華の口元にはわずかな笑みが浮かんでいた。
しばらくして、凛々華は一人で滑ると言い出した。
ぎこちないながらも、どんどん上達していくのが見て取れる。
(でも、ちょっと上手くなったくらいが、一番危ねえからな……)
蓮がそう思いつつ、後ろをついていくと、
「きゃっ……!」
凛々華の体が、ぐらりと傾いた。
蓮はすかさず駆け寄り、腕を伸ばした。
「っと。大丈夫か?」
「っ……えぇ。ありがとう」
凛々華の声はわずかに震えており、呼吸も浅くなっている。
少し落ち着かせるために、抱きしめたままでいると、腕の中から小さく笑う気配がした。
「……鼓動が、ウェアの上からでもわかるのだけれど?」
「凛々華だって、顔赤いぞ」
「ちょ、ちょっと暑いだけよ」
言い訳がちに視線を逸らす彼女の姿に、蓮はふっと笑った。
凛々華も、はにかむように微笑む。
蓮はそっと凛々華の体勢を整え、手を離した。
「もう一回、一人で滑ってみるか?」
「えぇ」
凛々華は静かに、しかし力強くうなずき、再びリンクの上に踏み出した。
(マジで綺麗だよな……)
その凛とした後ろ姿が、照明を受けて輝く氷のように眩しくて。
蓮はしばしの間、見惚れてしまっていた。
「蓮君?」
「あっ、悪い。今行く!」
凛々華の怪訝そうな声で我に返り、蓮は慌ててその背中を追いかけた。
◇ ◇ ◇
昼過ぎ、二人はスケートリンク近くのレストランに足を運んでいた。
蓮が予約をしておいた店だ。
レンガ造りの落ち着いた外観に、木製のドアを押し開けると、柔らかな照明と静かな音楽が迎えてくれる。
テーブルには白いクロスがかけられ、中央には小さなキャンドルが灯されていた。
「すごいっ……」
「ランチくらいはな。夜は家だし」
席に通され、クリスマス限定メニューのカードを手に取る。
どれも華やかで、美味しそうなものばかりだが、その分、選ぶのも一苦労だった。
「どっちにしようかしら……」
「何で迷ってるんだ?」
「これと、これなのだけれど」
凛々華がペラペラとページをめくる。
「じゃあ、どっちも頼んでシェアしようぜ」
「……いいの?」
凛々華が目を丸くした。
蓮は笑いながら、首を縦に振る。
「俺も、どうせ決めかねてたしな」
「じゃあ、お言葉に甘えさせてもらうわ。……ありがとう」
料理が運ばれてくると、テーブルは一気に華やいだ。
色とりどりの前菜、こんがり焼かれたローストチキンに、ほくほくのグラタン、スープと小さなデザートまでついた、まさに特別な一皿だった。
「「いただきます」」
まずはお互いに、自分の注文した料理を食べ進める。
頃合いを見計らい、蓮はフォークを差し出した。
「——ほら、凛々華」
「えっ?」
凛々華がパチパチと瞬きをした。
蓮はニヤリと口角を上げる。
「こっちも食べたかったんだろ?」
「なっ……⁉︎ ちょっと、やめなさいよっ……!」
凛々華が顔を真っ赤にしながら、慌てたように手を振る。
蓮自身も恥ずかしさは覚えていたが、
「周り見てみ? 意外とみんなやってるぞ」
周囲の席では、クリスマスムードに浮かれたカップルたちが、さりげなく「アーン」を交わしていた。
「……うっ」
凛々華が言葉を詰まらせ、赤らんだ目元でフォークを見つめる。
しばらくの逡巡の後——観念したように、小さく口を開けた。
「どうだ?」
「……美味しいわよ。普通に」
ぶっきらぼうに言いながらも、その口元はほんのり弧を描いている。
「良かった。好きに取っていいからな」
「……最初から、そうすれば良かったのに」
「硬いことは言うな」
蓮が誤魔化すように笑うと、凛々華が肩をすくめた。
食事が進む中、今度は向こうからフォークを差し出してくる。
「ほら、蓮君」
「えっ、俺はいいって」
思わず顔を逸らす蓮だったが——、
「自分だけ逃げるのはずるいわよ」
じっとりと睨まれ、観念するしかなかった。
「……わかったよ」
おずおずと口を開けると、凛々華が満足そうにうなずいた。
耳の先まで色づいているが、瞳を細めてイタズラっぽく問いかけてくる。
「どうかしら?」
「もちろん美味いけど……恥ずいな」
「そうでしょう?」
「なんでちょっと得意げなんだよ」
呆れたように蓮が言うと、凛々華はふふっと喉を鳴らして笑った。
——特別な雰囲気に呑まれているのは、彼らも同じだった。
◇ ◇ ◇
昼食を終えたあとは、駅前のショッピングモールでウインドウショッピングを楽しむことにした。
きらびやかなイルミネーションが飾られた館内は、クリスマスムード一色だった。
大小さまざまなツリーにリース、ショップのディスプレイにも赤と緑の装飾が並ぶ。
「凛々華。こういうの、似合いそうじゃね?」
蓮が手に取ったのは、ふわふわの白い縁取りがついた赤いサンタ帽だった。
「……馬鹿にしているのかしら?」
「い、いや、本当に似合うかなって思って」
凛々華がふぅ、と息を吐く。
「こういうのは初音さんとか、それこそ遥香ちゃんみたいな子にぴったりなのよ」
「でも、ちょっと凛々華が被ったのも見たい——」
「調子乗らない」
蓮は必死に食い下がると、ぴしゃりと一言、鋭く切り返された。
口調こそ厳しいが、目元はどこか楽しげだった。
「わかったよ。凛々華も大概、頑固だからな」
「あなたが悪趣味なだけよ」
他愛のないやり取りを交わしながら、雑貨店やアクセサリーショップを覗いていく。
たまたま通りかかったカフェスタンドで、ホットココアとキャラメルラテを一つずつ注文した。
「そっち、飲ませてくれ」
「えぇ。じゃあ、私も一口」
「おう。……ん、甘くて美味いな」
「これもいけるわね」
カップを返し、また並んで歩き出す。
「……なんか、こういうのもちょっと自然になったよな」
「わ、わざわざ言わなくていいのよ」
凛々華がチョン、と蓮の脇腹をつつく。
「うっ……誕生日のときと違って、クリスマスバージョンは優しいな」
「何か言ったかしら?」
「ん? もう一口飲むか、って聞いただけだけど」
蓮はすっとぼけながら、カップを差し出した。
凛々華はやれやれと言わんばかりにため息を吐きながら、受け取って口をつける。
「飲むのかよ」
「う、うるさいわね」
凛々華がツン、とそっぽを向き、さらに一口飲む。
「ありがとう。美味しかったわ」
「おう……って、空じゃねえか!」
カップを覗き込んで、蓮が思わず大声を出すと、凛々華は楽しそうに肩を揺らした。
「クリスマスバージョンよ」
「……普通にチョップされたほうが、マシだったかもしれねえ」
「ふふ、相変わらずマゾね」
「マジでやめてくれ」
蓮が半眼を向けると、凛々華がくすっと笑みを漏らした。
そして、誤魔化すように自分のカップを傾けるが、すぐに口を離す。どうやら最後の一口だったようだ。
「捨ててくるよ」
「ありがとう」
蓮は近くのゴミ箱にカップを捨てると、早足で凛々華の元に戻り、手を差し出した。
「行くか」
「えぇ」
笑みを交わし、しっかりと指を絡めて、二人は再び人混みに紛れていった。
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