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第152話 凛々華の誕生日① —みんなの時間—

 その日、(れん)はいつもより少し早く家を出ていた。

 向かう先は(ひいらぎ)家だ。肌寒い季節になってきたが、足取りは軽かった。


 門前に立ち、インターホンを押す。

 少しして扉が開き、凛々華(りりか)が姿を現した。


「おはよう、蓮君」


 表情はいつも通りの落ち着きを保っていたが、その瞳にはどこか期待の色が浮かんでいた。

 髪はやや緩く巻かれ、薄く色づいた唇には、ほんのり紅がさしているように見える。


「おはよう。……誕生日、おめでとう」


 凛々華はわずかに目を見開いたあと、照れくさそうに笑ってうなずいた。


「えぇ、ありがとう」


 そして、誤魔化すように背を向ける。


「じゃあ、行きましょう」

「あっ、凛々華——」


 歩き出そうとする背中を、蓮は呼び止めた。


「なに?」


 凛々華が振り返ったその瞬間、蓮は一歩踏み出し、そっと彼女を抱きしめた。


「ちょっ、な、なにして……っ!」


 凛々華の声が跳ね上がる。

 だが、蓮は彼女を腕の中に閉じ込めたまま、言い訳するようにこぼした。


「誕生日、だからな」

「っ……」


 凛々華が息を呑んだ。胸元を軽く叩き、じっとりと見上げてくる。


「なんで、あなたのほうが浮かれてるのよ」

「仕方ねえだろ」


 蓮は笑って、すっと彼女から離れた。


「……変な人」


 凛々華はため息まじりにつぶやいたが、その口元はほんのり弧を描いていた。


 


 登校すると、友人たちがわっと駆け寄ってきて、早速プレゼントタイムになった。


「柊さん、誕生日おめでとう!」

「おめでとー」


 夏海(なつみ)からは紅茶のギフトセット、亜里沙(ありさ)からは高級感のあるボールペンが贈られた。


「なんとなく、こういうの似合うかなって思って! 放課後とか、のんびり飲んでねー」

「紅茶でも飲みながら、黒鉄(くろがね)君への想いを(つづ)れば完璧だね」

「あっ、それ完璧じゃん!」

「何か言ったかしら?」

「「すみませんでしたっ!」」


 息の合った潔い謝罪に、凛々華は思わずといった様子で吹き出した。


「ありがとう。どちらも嬉しいわ」

「良かった!」

「じゃんじゃん使ってねー」


 夏海と亜里沙はぐっと親指を立てた。

 入れ替わるように、心愛(ここあ)が花模様のポチ袋を差し出す。


「凛々華ちゃん、誕生日おめでとう! ちょっと夏海ちゃんと被っちゃったかもだけど、カフェのギフトカードだよ〜」

初音(はつね)さん、ありがとう。袋もかわいいわ」


 凛々華が瞳を細めると、心愛はイタズラっぽく笑った。


「実はそれ、桐ヶ谷(きりがや)君と共同なんだ〜」

「えっ?」


 凛々華が驚いたように(いつき)を見る。


「あっ、その……最初から分け隔てなく接してくれたから、いつかお礼したいって思ってて。でも、僕一人で渡すのも変かなって……」


 樹の声が、尻すぼみに小さくなった。


「別に気にする必要はないと思うけれど……でも、ありがとう、桐ヶ谷君」

「あっ……うん」


 樹がホッと肩の力を抜いた。

 

「黒鉄君と、素敵な午後のティータイムを〜!」


 心愛がバチっとウインクを決めると、凛々華の手がチョップの構えで持ち上がる。

 だが、その視線がパステルカラーのポチ袋を捉えると、彼女はぴたりと動きを止めた。みるみる顔を赤くさせながら、ゆっくりと手を下ろす。


「……ぷっ」

 

 蓮は堪えきれずに吹き出した。

 次の瞬間、凛々華のチョップが、正確にその脇腹へと叩き込まれた。


「ぐあっ……!」

「何て言うか、黒鉄君って黒鉄君だよね」


 蓮が地面にうずくまるのを見て、亜里沙が呆れたように笑う。

 他の四人も、揃ってうなずいた。

 

「もしかして今日、特別仕様で全部黒鉄君が身代わりになってくれるとか?」


 夏海が目を輝かせて言うと、心愛も便乗する。


「じゃあ今日、凛々華ちゃんいじり放題だ〜!」

「そんなわけないでしょ。調子乗らないで」


 言葉とともに、凛々華の手刀が、夏海と心愛の脇腹へ食い込んだ。


「いっ……!」

「うっ……!」


 夏海と心愛が崩れ落ちる。


「二人同時……だと……⁉︎」

 

 亜里沙が大げさに驚いた。

 

「確かに特別仕様だったね……」


 樹がどこかしみじみとつぶやくと、一拍置いて、みんなが弾けるように笑い出した。

 最初は憮然とした表情を浮かべていた凛々華も、やがて釣られるように目元を和らげた。




◇ ◇ ◇




 放課後の昇降口。

 蓮と凛々華が並んで靴を履いていると、


「——柊さん」


 後ろからかけられた声に、二人が振り向く。

 結菜(ゆいな)英一(えいいち)だった。どちらも荷物は持っていない。


「なにかしら?」


 怪訝そうな表情を浮かべる凛々華に、結菜はずかずかと歩み寄ると、一枚の紙を差し出した。


「はい、これ。図書カード」

「……え?」


 凛々華が受け取ったカードと結菜を、交互に見比べる。


「な、なんで?」

「柊さん、読書好きでしょ?」


 素っ気ない口調だが、その目はどこか優しかった。


「えぇ、まあ……」


 凛々華が戸惑いの色を浮かべていると、英一がぽつりと口を開く。


「僕らからの誕プレだよ。いろいろ迷惑かけたのは事実だから、せめてこれくらいはって思っただけだけどね」

「そういうこと。毎年もらえるとは思わないでよね」


 そう言い放って、二人は同時に踵を返す。

 歩き出そうとしたその背中を、凛々華の声が追いかけた。


「——藤崎(ふじさき)さん、早川(はやかわ)君」


 二人が振り返る。

 結菜は肩をすくめながら、冗談めかして言った。


「返品は受け付けないよ」

「そんなこと、しないわよ……ありがとう」


 英一と結菜は顔を見合わせ、同時に小さくため息を吐いた。


「……まったく」


 それだけを残して、二人は校舎の中へと姿を消した。

 一瞬だけ見えたその横顔は、どこか柔らかかった。

 

 凛々華は静かに図書カードを見つめ、持っていたプレゼント袋の中にそっとしまった。

 蓮はその横顔を見て、小さく笑みを漏らす。


「……行くか」

「えぇ」


 これから一度家に帰り、それぞれ支度を済ませてデートをする予定だ。

 蓮は凛々華を送ってから、家にとって返すと、髪の毛を整え始めた。


「ただいまー!」


 すると、間もなくして遥香(はるか)が帰ってきた。

 今日は部活がなかったらしい。


「兄貴は外で食べてくるんだよね?」

「おう。悪いな、俺の当番なのに」

「ま、今日くらいは許してあげよう」


 遥香がふん、と鼻を鳴らして腕を組んだ。


「そのあと一回家寄るんだっけ?」

「その予定だな」


 凛々華には言っていないが、ちょっとしたサプライズを計画している。


「じゃあさ、そのとき私もお祝いしていい?」

「おう。凛々華も喜ぶだろ」

「やったー! あっ、けど、甘々な空気は壊さない程度にするから安心してねー」

「余計なお世話だ」


 蓮は睨みつけようとしたが、このあとのことを考えると、どうしても表情が緩んでしまった。

 遥香が半眼になる。


「……ニヤニヤして、キモがられないようにね」

「ほっとけ」

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