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第145話 テストの賭けと、愛の力

「やっぱり、(ひいらぎ)さんのいじらしさが上だって!」

「いや、黒鉄(くろがね)君だってやるときはやる男だよ」


 (れん)凛々華(りりか)が教室の前に到着すると、夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)の声が聞こえてきた。

 テスト返却最終日ということもあり、クラス全体が浮き足立つ中、二人は真剣な表情で意見を戦わせていた。


「でもさー、地道にやる力はやっぱり女の子のほうが高いじゃん? そこに愛の力が加わったら、最強だって!」

「いや、男の子の爆発力を舐めちゃいけないよ。ね、黒鉄君?」

「なんでもいいよ」


 蓮はカバンを置きつつ、肩をすくめた。凛々華も苦笑している。


 夏海と亜里沙は、心愛(ここあ)(いつき)も交えて、蓮と凛々華のテストの勝敗を賭けて勝負しているのだ。

 夏海と心愛が凛々華、亜里沙と樹が蓮にベットしていて、負けたほうは勝ったほうにジュースを一本奢ることになっているらしい。


「今、柊さんが勝ってるんだよね?」

「えぇ」


 現在、地学と国語以外は返却されていて、凛々華が二点をリードしている状況だ。

 

「まだ全然わからないよ。たったの二点だし、地学は黒鉄君のほうが得意なんだから」

「でも、国語はやっぱり柊さんでしょ」

「いや、黒鉄君だってこう見えて読書家だからね」

「どう見えてるんだよ」


 そんなやり取りをしていると、樹と心愛が登校してきた。


「みんな、おはよ〜」

「お、おはよう」


 のほほんとした心愛と、未だに緊張気味の樹に、蓮たちもそれぞれ挨拶を返す。

 亜里沙が頬杖をついて、ニヤリと口角を上げた。


「にしても、愛は人を変えるよねぇ。遅刻ギリギリ常習犯だった心愛ちゃんが、普通に朝起きれるようになるんだから」

「やっぱり、桐ヶ谷(きりがや)君に会えるって思うと、眠気なんて吹き飛んじゃう?」

「ちょっと、やめてよ〜」


 夏海の問いかけに、心愛がはにかんだ。

 その横では、直接揶揄われているわけでもないのに、樹が真っ赤になっていた。


「うんうん、やっぱりこれくらいの初々しさがないとね!」

「ね、黒鉄君、柊さん——まあまあ、落ち着いて」


 スッと振り上げた凛々華の手首を、亜里沙が慌てて掴みにかかった。


「——えい」

「ひゃっ⁉︎」


 ガラ空きの脇腹を夏海につつかれ、亜里沙が甲高い悲鳴を漏らした。


「な、なんであんたがそっち行くのよ?」

「仕返しできるときにしとかないと。いつも私がやられてるんだから」

「よし、今度覚えてなさい」

「かかってこい!」


 夏海がファイティングポーズを取り、その場は笑いに包まれた。




 一時間目、地学基礎の答案が返された。


「っ……七点差……!」


 夏海が蓮と凛々華の答案用紙を見比べて、うめいた。


「凛々華ちゃん、何やってんの〜」

「悔しいけど、これは仕方ないわ。数学や理科で蓮君に勝つのは難しいもの」


 心愛に体を揺らされながら、凛々華は冷静にコメントした。


「これで、黒鉄君が五点リードか。桐ヶ谷君、だいぶ私たちが有利だね」

「うん。この二人のレベルなら、五点差はちょっと難しそう」

「「くっ……」」


 得意げな亜里沙と樹に対して、夏海と心愛は余裕のない表情で唇を噛んだ。

 ジュース云々より、単純に勝負に負けたくないのだろう。

 

 二限目の国語が終了すると、六人は蓮の席の周りに集まった。


「まずは、一の位から発表しない?」

「おっ、それいいね。じゃあ、二人ともどうぞ!」


 亜里沙がマイクの形にした手を、蓮と凛々華に差し出す。

 

「俺は九だ」

「五よ」


 ざわっ、とその場が沸く。


「待って、これあるんじゃない?」

「どっちの可能性もあるね〜」

「九十五はさすがにないと信じたい……!」


 夏海と心愛が顔を見合わせ、樹が祈るように手を合わせた。


「じゃあ、二人とも一斉に表にしよっか。せーのっ!」


 亜里沙の掛け声に合わせて、蓮と凛々華は答案用紙をひっくり返した。


「黒鉄君が七十九で、柊さんが八十五っ……」

「ってことは——」

「凛々華ちゃんの勝ち〜!」

「やったー!」


 心愛と夏海が、笑顔でハイタッチを交わした。


「一点差……」


 樹がガクッと項垂れた。


「読書好きなくせに……」


 亜里沙が恨めしそうに、蓮の肩を小突く。

 蓮はポリポリと頬を掻いた。


「ミステリーしか読んでねえからな。悪いけど、テストの国語はそこまで得意じゃねえんだ」

「くそぉ、八割取ってよ……! ま、そんなこと言いながら、私は黒鉄君の半分だけどね」


 亜里沙が胸を張り、ぺろっと舌を出した。


「自慢じゃないわよ」


 凛々華が即座にツッコミを入れ、笑いが広がる。

 空気が落ち着いたところで、樹が睨むように蓮を見た。


「……柊さんのほうが、想いが強いってことだね」

「そう言うお前たちは、うつつ抜かして成績下がってるけどな」

「っ……!」


 蓮が間髪入れずに切り返すと、樹はたちまち赤面した。

 心愛もえへへ、と頬を染めている。

 

 二人は、どちらも前回より成績が落ちていた。

 たまに寝落ち電話などもしているそうなので、間違いなく勉強に身が入らなかったのだろう。

 

「次は一緒に頑張ろ〜」

「うん。そうだね」


 心愛が優しく肩を叩き、樹は照れたようにうなずいた。

 そのすぐそばでは——、


「愛の力を使えず、うつつを抜かすこともできないのに一番ザコい私って……」

「あんたは部活頑張ってるよ」


 しゅんと肩を落とす夏海を、珍しく亜里沙が慰めていた。

 

 しかし、本気で落ち込んでいたわけではないだろう。

 トイレから帰ってくると、夏海は声を弾ませた。


「ねえ、廊下に成績上位者の一覧が貼り出されたって! 見に行こうよ!」


 その言葉に、亜里沙、樹、心愛、蓮、凛々華も立ち上がり、廊下へと向かった。

 壁に張り出された紙に、成績上位三十名の名前が掲示されており、生徒たちがその前に集まっている。


「おおっ、柊さんが一位で、黒鉄君が二位だ!」


 夏海が感嘆の声を上げると、亜里沙が半眼になった。


「もうやだ、この二人」

「チートだよね〜」


 心愛も笑いながら同意したそのとき、近くから元気な声が聞こえてきた。


結菜(ゆいな)、三位だよ! すごいじゃん!」


 日菜子(ひなこ)が結菜の背中をバシバシと叩いていた。

 玲奈(れいな)亜美(あみ)莉央(りお)もいる。


「黒鉄君とは十点も離れてるけどね」

「それでも三位はすごいよ」

「……ありがと」


 玲奈に労うように言われ、結菜はぎこちなく口元をほころばせた。


藤崎(ふじさき)、次はあの二人の仲を引き裂いてやりなよ」


 亜美が蓮と凛々華に目を向け、イタズラっぽく瞳を細めた。


「やっぱり、あの砂糖製造機を食い止められるのは、藤崎の毒だけだって」


 莉央も淡々とした口調ながら、どこか楽しげに続く。

 結菜は呆れたように首を振った。


「あの二人の間に割って入れる人なんかいないでしょ。勉強でも、恋愛でも」

「藤崎にも男ができたらワンチャンあるんじゃない?」

「っ……」


 亜美の言葉に、結菜が息を詰まらせた。


「えっ、心当たりがありそうな反応じゃん」

「そ、そんなわけないでしょ」


 莉央の鋭い指摘に慌てたように首を振ると、結菜はスタスタとその場を去っていった。

 その後ろ姿を、亜美と莉央がニヤニヤ笑いながら見送っている。


「二人とも、あんまりいじりすぎちゃダメだよ〜?」

「わかってるって」


 心愛が柔らかく注意すると、亜美がウインクをしてサムズアップした。

 

「じゃあ、心愛をいじることにする」

「えっ?」


 目を瞬かせた心愛に、莉央がたたみかける。


「テスト期間中、どれくらい桐ヶ谷とイチャイチャしてたの?」

「そ、そんなことよりっ。結菜ちゃんの気になる人って、誰なんだろうな〜」


 自分が標的にされると、心愛は即座に手のひらを返した。

 

「人のこと言えないじゃん」


 亜美が素早くツッコミを入れ、三人が顔を見合わせて吹き出す。

 蓮と凛々華は笑みを交わした。言葉にせずとも、思っていることは同じだっただろう。


「ホントにもう……」

「この二人は……」


 ため息混じりにつぶやいた夏海と亜里沙のみならず、周囲の者たちは皆、蓮と凛々華にやれやれと言わんばかりの視線を向けていた。


「「っ……」」


 彼らは顔を赤らめ、そそくさとその場を後にした。




 ホームルームが行われると、そのまま放課後になった。

 蓮と凛々華は学校近くのファミレスに寄り、昼食を摂った。ついでに軽くテストの復習を済ませると、凛々華の家に直行した。


「……私が太ったら、蓮君のせいよ」


 ソファに腰を下ろしながら、凛々華がぽつりとつぶやく。

 デザートを頼むか迷っていた彼女に、一位の報酬だと押し切り、蓮がパフェを奢ったのだ。


「たまに食べるくらいなら大丈夫だろ。つーか……」


 蓮は凛々華の腰に手を回した。

 細く、華奢な体がすっぽりと腕の中に収まる。


「むしろ、細すぎるくらいだろ」

「っ……!」


 そのお腹に手を這わせ、そっと指で押すと、凛々華の肩が小さく跳ねた。

 彼女は目元を赤らめ、じっとりと見上げてくる。


「……変なこと、考えてないでしょうね?」

「そ、そんなつもりじゃねえって!」


 蓮は慌てて手を離し、拳ひとつ分、距離を取った。

 凛々華がくすっと笑う。どうやら、揶揄っていただけのようだ。


「そ、そういえば、テストの報酬はどうするんだ?」


 誤魔化すように話題を変えると、楽しげに瞳を細めていた凛々華が、途端にそわそわした様子で髪の毛をいじり始めた。


「えっと……ひとつ、お願いというか、命令したいことがあるわ」

「お、おう」


 蓮が身構えると、凛々華は気恥ずかしそうに視線を逸らしたまま、囁くように言った。


「その……今日くらい、思う存分甘えなさい」

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