第14話 陽キャの幼馴染を誘ってみた
「大翔はこのままにして、大丈夫なのか? 相当荒れてるように見えたぞ」
「無駄にプライドが高いから、こちらから切り出されたことで自尊心が傷ついているのでしょうね」
いつもの秘密基地に到着するなり尋ねると、ため息混じりの答えが返ってきた。
その軽い口調に、蓮は眉をひそめる。
「柊も、ちょっと注意しておいたほうがいいんじゃねえの?」
「大丈夫よ。さすがに、私に手をあげるほど愚かではないはずだわ」
「本当にそう思うか?」
「……えぇ」
覗き込むと、彼女はわずかに視線を逸らした。
——その小刻みに揺れる瞳を見て、蓮は気付けば口を開いていた。
「なぁ。今日も一緒に帰らねえか?」
「……えっ?」
凛々華はパチパチと瞬きをした。
蓮は言葉足らずだったことに気づき、慌てて付け足す。
「あっ、いや、変な意味じゃねえぞ? ただ、今日はサッカー部もオフらしいから、ちょっと危ねえなって思ってさ」
「あぁ、そういうこと……で、でも、それはさすがに申し訳ないわよ」
「そんなことねえよ。通り道だし、これまで何回も助けられたからさ。恩返しってわけでもねえけど、柊さえ嫌じゃなかったら、どうだ?」
少し強引なことは自覚していた。それでも、恩返しをしたいのは事実だし、そんなものなどなくても力になりたいと思ったのだ。
それに、芯の強い凛々華であれば、本当に嫌なら断るだろう。
彼女は迷うようにしばし視線を彷徨わせたあと——小さくうなずいた。
「じゃあ、せっかくだからボディガードになってもらおうかしら」
「おう。任せとけ」
サムズアップをしてみせると、彼女はふっと視線を落とした。
「……正直、助かるわ。逆上して力でこられたら、さすがに私では勝てないでしょうから」
「そりゃ、そうだろ」
お互いに他意のないことはわかっていても、弱音をこぼして頼ってくれたという事実が、なんだかむず痒い。
だからつい、軽口に逃げてしまった。
「ま、柊なら、大翔をボコしててもあんまり不思議じゃねえけど」
「また、脇腹に欲しいのかしら?」
「わ、悪かったって」
手刀の構えを取る凛々華を前に、蓮は口元を引きつらせた。
彼女の前には、安易な照れ隠しもままならない。なかなかの無理ゲーではないだろうか。
しかし、今回は実際に制裁が下されることはなかった。
凛々華は呆れたようにため息を吐きつつも、頬を緩める。ここ数日で定番のようになってしまったやり取りに、どこかホッとしたのかもしれない。
気恥ずかしさはまだ残っているものの、いつもの空気感が戻って安堵したのは、蓮も同じだ。
ふと、凛々華の手元に目がいく。
「そういや、今日はノート持ってきてるんだな。もしかして、昨日とかは遠慮してたのか?」
「いいえ。小テストがあるから特別よ」
「えっ、なんの?」
「世界史よ。一昨日の授業で言っていたわ」
「あー……そうだったっけ?」
蓮はポリポリと頭を掻きながら、つい二日前のことを思い出そうとするが、小テストの告知どころか、授業の内容すら思い出せなかった。
(歴史は好きなんだけどな……)
あのおじいちゃん先生には、是非とも寝落ち用の朗読チャンネルを開設してほしいものだ。
本来なら支払われてしかるべきはずの残業代だって、稼げるポテンシャルはあるだろう。
「その様子だと、ロクにノートも取っていなさそうね。追試もあるのに、大丈夫なの?」
「ま、まあ、何とかなるさ」
「とてもそうは見えないわね」
凛々華の指が、ひらひらとノートを揺らす。
「どうしてもと言うのなら、見せてあげないこともないけれど?」
「えっ、マジで?」
春の陽光に照らされ、ノートがキラキラと輝き出す。
しかし、すぐに罪悪感が湧き上がる。
「いや、でもそれは申し訳ねえよ。柊が勉強できねえし」
「私はほとんど覚えているから、どうせ必要ないわ。それに……一応ボディガード代よ」
そう言われれば、強くは断れない。
もともと、咄嗟に身を乗り出してしまうくらいには、魅力的な提案だった。
「じゃあ、悪いけど借りるわ」
「食べ終わったらよ。むせて米粒でも飛ばされたら、たまらないもの」
「わかってるって」
蓮は苦笑しつつ、食事に意識を戻した。
予想はできていたが、凛々華のノートは余計な装飾が一切なく、必要な情報が簡潔かつ的確にまとめられていた。
「すげえっ……! めっちゃ見やすいな。普通に売れるんじゃね?」
「……褒めているつもりなら、もっとマシな表現にしてもらえるかしら」
凛々華はため息を吐きながらも、かすかな笑みを浮かべていた。
しかし、時間がないと焦っている蓮は、その些細な変化には気づかなかった。
「——あれ、柊さん。この時間に教室にいるなんて珍しいね」
教室に入ってきた英一が、凛々華に話しかけた。
手には弁当箱の入った袋をぶら下げている。別のクラスの友達と食べていたのだろう。
「そうかしら」
「うん。小テストの勉強はしなくてもいいのかい?」
「えぇ」
相変わらずの端的な返答に、英一は視線を泳がせた。
その目が、蓮のノートに向けられる。
「……あれ、柊さんのじゃないかい?」
「貸しているだけよ」
「えっ、それは良くないよ——黒鉄君」
「ん?」
蓮は顔を上げた。集中していた彼は、二人の会話を聞いていなかった。
「それ、柊さんのだよね?」
「おう。ちょっと借りててな」
「いくら小テストがやばいからって、それはダメだよ。確かに柊さんのノートは綺麗にまとまっていて、要点の理解には最適だと思うけど、それはあくまで彼女の努力の結晶だ。他人が盗んでいいものじゃないし、第一柊さんに迷惑じゃないか」
英一は鼻の穴を膨らませつつ、チラチラと凛々華に視線を送った。
(なんで急にお説教始まったんだ? いや、正論なんだけど……)
蓮が戸惑っていると、凛々華が冷ややかに切り返す。
「私が貸すと言いだしたのだから、彼を責めるのはお門違いよ」
「あっ……そ、そうなんだ。それならいいけど……で、でも、柊さんが勉強できないことに変わりはないじゃないか。よかったら、僕のノートを一緒に——」
「お気遣いはありがたいけれど、結構よ。思い出す作業が記憶の定着につながるし、見たければ一緒に見ればいいだけだもの」
凛々華が心愛の席に腰を下ろした。
もはや蓮の近くに来るというよりも、英一を遠ざけるために座る回数のほうが多そうだ。言い方は悪いが、避難所である。
「そ、そっか……」
英一の声は、かすかに震えていた。
(なんか悪いな)
少しだけ罪悪感が湧き上がる。
蓮は英一に心の中で謝罪をしてから、手元のノートに意識を戻した。
◇ ◇ ◇
「蓮、頼む。ノート見せてくれー」
放課後、先生に用事があるらしい凛々華を待っていると、蒼空が泣きついてきた。追試になったらしい。
こう言っては失礼かもしれないが、彼は天然な性格に違わず、勉強の出来はあまり良くない。
「悪い。俺もあんまり取ってないんだ」
「えっ……それで満点はキモいぞ」
蒼空が蓮の点数を知っているのは、先生が毎回満点の生徒を発表するからだ。
今回は蓮と凛々華、クラス会長の藤崎結菜、そして他数名だった。
「教科書よりもわかりやすい参考書があったからさ」
「じゃあ、それ貸してくれ」
「柊のだから、あいつに頼め」
深い意味はないと示すため、端的に答えたのだが、蒼空は瞳を輝かせて身を乗り出してくる。
「おい、やっぱりそうなのか?」
「だから違えって」
「それは無理あるだろ。今朝も一緒に来てたみたいだし」
蓮は言葉に詰まった。甘酸っぱい会話など皆無だが、行動だけを見れば、確かに誤解されても仕方ないだろう。
どう切り抜けるか迷っていると、蒼空がアゴに手を当ててぶつぶつとつぶやく。
「いや、でもお前らならあり得るか? お互い変人だし……」
「柊に言っておくわ」
「や、やめろって。ちびる自信ある」
「間違いねえな」
蓮は実際にちびりはしなかったが、その眼光の鋭さは味わっている。
元々少しきつめの整った顔立ちのため、余計に恐怖を感じる。美人が怒ると怖いとは、よく言ったものだ。
「ま、というわけで、悪いけど手伝えることはねえぞ」
「くっそー……ま、なんとかなるか!」
「お前、本当にポジティヴだな……」
友人としては少し心配だが、彼の底なしの明るさにたびたび救われているのも事実だ。
明日の休み時間くらいは、勉強に付き合ってあげてもいいかもしれない。
「じゃ、また明日なー」
「おう、部活頑張れよ」
「お前も何か進展あったら教えろよー!」
そう言ってニカっと笑い、蒼空は部活に向かった。
すると、入れ替わるように、凛々華が教室に戻ってくる。
大翔はすでに帰宅したようだが、まだちらほら生徒は残っている。
今の状況で下校に誘えば、間違いなく視線を集めてしまうだろう。
(イジってくるとしても、蒼空か初音くらいだろうけど、柊はそもそも目立つの嫌がりそうだよな……)
蓮が声をかけるタイミングを探っていると、
「支度は終わっているわよね? なら、さっさと帰りましょう」
凛々華がなんでもないように声をかけてきて——教室はざわめきに包まれた。
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