第139話 彼女がしがみついてきた
文化祭一日目は、学内のみでの開催だ。
廊下に吊るされたカラフルな装飾や、教室の扉から漏れ聞こえる歓声が、学校全体を非日常へと塗り替えていた。
蓮と凛々華は午前中はシフトをこなしたり、二人で気になるところを見て回った。
そして昼休みから、樹、心愛、夏海、亜里沙のいつものメンバーと合流した。
「ねぇねぇ、お化け屋敷行こうよ!」
という夏海の提案で、六人は二年生のクラスにやってきた。
「すげえ、列できてるな」
「人気なようね」
凛々華と何気ない言葉を交わしながら、蓮は扉に立てかけられた注意書きに目を向けた。
「最大四人までって書いてあるから、三人ずつ別れるか?」
「いや、それはよくないよ」
夏海が食い気味に反対した。
「なんでだ?」
「絶対カップルはくっつくでしょ。そうなると、どうせイチャイチャ見せつけられるだけだもん!」
「そ、そんなことしないわよ。そもそも暗闇よ?」
凛々華がどこか得意げに反論するが、
「一緒に入る気はあるんだ?」
「っ……」
夏海の鋭い指摘に、頬を染めてそっぽを向いた。
「ほらー、絶対どさくさに紛れてイチャイチャするって! ね、亜里沙?」
夏海は援護射撃をもらおうとしたのだろう。
しかし——、
「私は……ちょっと見てみたいかも。黒鉄君と柊さんのイチャイチャ。いや、深い意味はないけど」
「「「え?」」」
亜里沙の意外な発言に、他の者たちは揃って首をかしげた。
彼女はいつもなら、夏海と同じような反応をするはずだ。
「あっ、もしかして〜?」
心愛が意味ありげな笑みを浮かべる。
亜里沙は居心地悪そうに身じろぎをした。
「な、なに?」
「さっきから妙に静かだと思ってたけど、亜里沙ちゃん、実はお化け屋敷苦手なんじゃない?」
「だから、黒鉄君と柊さんの安心安全コンビに引っ付こうとしてたのか!」
「なっ……! ち、違うし!」
亜里沙が耳まで赤くして否定するが、説得力は皆無だった。
「なるほどな」
「わかりやすいわね」
蓮と凛々華も納得したようにうなずく。
「じゃあさ、カップル二組で四人。残りの二人で別れればちょうどいいじゃん」
夏海が指を立てて提案した。
「ちょっと、それって私と夏海じゃん! 反対!」
即座に亜里沙が反論するも、
「構わないわ」
「私も〜」
「異論はないな」
「ぼ、僕もそれでいいかな」
次々と上がる賛成の声に、彼女はぐぬぬと唸ったあと、ふてくされたように溜息をついた。
「だから民主主義って嫌いなのよ……」
「出し物を多数決で決めていた実行委員は、誰だったかしら?」
すかさず凛々華が切り返すと、どっと笑いが起きた。
亜里沙は顔を赤くしながら、「う、うるさい!」と叫び、周囲の空気はさらに和やかになった。
「じゃあ、分け方はそれでいいとして、並び順どうする?」
蓮が問いかけると、樹が遠慮がちに手を挙げた。
「あ、あの……僕、ちょっと蓮君の後ろで反応見てみたいな」
しかし、心愛がすかさず突っ込む。
「だめだよ〜。そこは凛々華ちゃんの特等席でしょ?」
「っ……」
凛々華は顔を赤くし、蓮も思わず口元を押さえる。
「じゃ、じゃあ、蓮君、柊さん、僕、初音さん……っていうのは?」
「それだと、先頭の黒鉄君が無反応すぎて、おばけ役の人がかわいそうだよ〜」
「そんなこと……っ、あ、あるかも……」
樹は言い返しかけて、途中で口ごもった。
心愛はその隙を逃がさなかった。
「じゃあ、私たちは、桐ヶ谷君、私、黒鉄君、凛々華ちゃんの順で行こう!」
「そうね」
「だな」
心愛の提案に凛々華が軽くうなずき、蓮も苦笑しながら同意した。
「ちょ、ちょっと待って! 一回考え直そうっ」
樹が慌てたように声を上げる。
蓮はその肩をポンと叩いた。
「樹、諦めろ」
「くっ……数の暴力だ……」
小さく肩を落とした樹のもとへ、亜里沙がススス、と忍び寄った。
「——桐ヶ谷君。多数決廃止同盟、組まない?」
グループ分けからやり直そうとしているのだろう。
樹は一瞬だけ迷う素振りを見せたが——、
「で、でも……水嶋さんと井上さんが二人で入るの、面白そうだし、僕は我慢するよ」
「えっ……」
亜里沙が絶望の表情を浮かべると、夏海が噴き出した。
「いいぞ、桐ヶ谷君!」
「——おりゃっ!」
楽しそうにはやし立てる夏海の脇腹に、亜里沙が手刀を繰り出した。
「うっ……! っ、ふふ……」
夏海が小さく声を漏らしつつも、平然とした顔でニヤリと笑い、凛々華をチラリと見る。
「亜里沙もまだまだね。本家には遠く及ばないよ」
その一言に、凛々華は静かに微笑んだ。
「本家をご所望かしら?」
「え、遠慮しときます……っ」
頬を引きつらせながら首をぶんぶん横に振る夏海の姿に、他の者たちは一斉に笑い出した。
そうこうしているうちに、順番がやってきた。
「うう、先頭か……」
樹は緊張した面持ちで、入り口の暗がりを見つめた。
「がんばってね〜」
心愛がにこやかに声をかける。
「……うん」
樹は小さくうなずき、教室に足を踏み入れた。
扉がしまった直後、暗闇から突然お化け役の生徒が飛び出してきた。
「わっ!」
樹がビクッと体を震わせる。
「ふふっ、いい反応だね〜」
心愛が楽しそうに笑う。
「は、初音さん。余裕そうだし、先頭譲ろっか?」
「え〜、やだよ。私も怖いから、ちゃんと守ってね〜」
心愛は満面の笑みを浮かべながら、樹の肩にしがみついた。
「っ……!」
樹は顔を真っ赤に染めた。
——その瞬間、暗がりから別のお化けが飛び出してきた。
「うわあああっ!」
樹は大きな声を上げて跳び上がった。
「ふふっ……」
蓮の背後で、凛々華が小さく吹き出した。
すると、心愛が振り返って、
「凛々華ちゃんも、黒鉄君の肩掴んでおいたら?」
「えっ……」
凛々華は戸惑いを見せたが、視線を泳がせたあと、躊躇いがちに蓮の肩に手を置いた。
——その瞬間を狙っていたかのように、背後から再びお化けが現れた。
「きゃあっ⁉︎」
凛々華が甲高い悲鳴を上げ、蓮の背中にしがみついた。
「っ……」
唐突な温もりと弾力に、蓮の心臓が跳ねた。
「あっ……」
小さな声を漏らし、凛々華がパッと飛び退く。
蓮は呼吸を落ち着けつつ、振り返った。
「大丈夫か?」
「え、えぇ……びっくりしただけよ」
凛々華は気まずそうに視線を逸らした。
(今頃、心臓バクバクだろうな……俺よりも)
蓮はふっと笑みをこぼした。
「……なによ」
「いや、別になんでもないぞ」
蓮は真顔に戻り、慌てて前に向き直った。
凛々華は再び蓮の肩に手を置くと、じわりと力を込めた。無言で抗議しているようだ。
(それはかわいすぎるだろ……っ)
暗がりで良かった——。
蓮は頬に熱を感じつつ、そっと安堵の息を吐いた。
——反対に、お化け役の生徒たちは、妙な使命感に燃えていた。
(((絶対、彼氏に情けない悲鳴を上げさせてやる……!)))
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