表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
139/195

第139話 彼女がしがみついてきた

 文化祭一日目は、学内のみでの開催だ。

 廊下に吊るされたカラフルな装飾や、教室の扉から漏れ聞こえる歓声が、学校全体を非日常へと塗り替えていた。

 

 (れん)凛々華(りりか)は午前中はシフトをこなしたり、二人で気になるところを見て回った。

 そして昼休みから、(いつき)心愛(ここあ)夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)のいつものメンバーと合流した。


「ねぇねぇ、お化け屋敷行こうよ!」


 という夏海の提案で、六人は二年生のクラスにやってきた。


「すげえ、列できてるな」

「人気なようね」

 

 凛々華と何気ない言葉を交わしながら、蓮は扉に立てかけられた注意書きに目を向けた。


「最大四人までって書いてあるから、三人ずつ別れるか?」

「いや、それはよくないよ」


 夏海が食い気味に反対した。


「なんでだ?」

「絶対カップルはくっつくでしょ。そうなると、どうせイチャイチャ見せつけられるだけだもん!」

「そ、そんなことしないわよ。そもそも暗闇よ?」


 凛々華がどこか得意げに反論するが、


「一緒に入る気はあるんだ?」

「っ……」


 夏海の鋭い指摘に、頬を染めてそっぽを向いた。


「ほらー、絶対どさくさに紛れてイチャイチャするって! ね、亜里沙?」


 夏海は援護射撃をもらおうとしたのだろう。

 しかし——、


「私は……ちょっと見てみたいかも。黒鉄(くろがね)君と(ひいらぎ)さんのイチャイチャ。いや、深い意味はないけど」

「「「え?」」」


 亜里沙の意外な発言に、他の者たちは揃って首をかしげた。

 彼女はいつもなら、夏海と同じような反応をするはずだ。


「あっ、もしかして〜?」


 心愛が意味ありげな笑みを浮かべる。

 亜里沙は居心地悪そうに身じろぎをした。


「な、なに?」

「さっきから妙に静かだと思ってたけど、亜里沙ちゃん、実はお化け屋敷苦手なんじゃない?」

「だから、黒鉄君と柊さんの安心安全コンビに引っ付こうとしてたのか!」

「なっ……! ち、違うし!」


 亜里沙が耳まで赤くして否定するが、説得力は皆無だった。


「なるほどな」

「わかりやすいわね」


 蓮と凛々華も納得したようにうなずく。


「じゃあさ、カップル二組で四人。残りの二人で別れればちょうどいいじゃん」


 夏海が指を立てて提案した。


「ちょっと、それって私と夏海じゃん! 反対!」


 即座に亜里沙が反論するも、


「構わないわ」

「私も〜」

「異論はないな」

「ぼ、僕もそれでいいかな」


 次々と上がる賛成の声に、彼女はぐぬぬと唸ったあと、ふてくされたように溜息をついた。


「だから民主主義って嫌いなのよ……」

「出し物を多数決で決めていた実行委員は、誰だったかしら?」


 すかさず凛々華が切り返すと、どっと笑いが起きた。

 亜里沙は顔を赤くしながら、「う、うるさい!」と叫び、周囲の空気はさらに和やかになった。


「じゃあ、分け方はそれでいいとして、並び順どうする?」


 蓮が問いかけると、樹が遠慮がちに手を挙げた。


「あ、あの……僕、ちょっと蓮君の後ろで反応見てみたいな」


 しかし、心愛がすかさず突っ込む。


「だめだよ〜。そこは凛々華ちゃんの特等席でしょ?」

「っ……」


 凛々華は顔を赤くし、蓮も思わず口元を押さえる。


「じゃ、じゃあ、蓮君、柊さん、僕、初音(はつね)さん……っていうのは?」

「それだと、先頭の黒鉄君が無反応すぎて、おばけ役の人がかわいそうだよ〜」

「そんなこと……っ、あ、あるかも……」


 樹は言い返しかけて、途中で口ごもった。

 心愛はその隙を逃がさなかった。


「じゃあ、私たちは、桐ヶ谷(きりがや)君、私、黒鉄君、凛々華ちゃんの順で行こう!」

「そうね」

「だな」


 心愛の提案に凛々華が軽くうなずき、蓮も苦笑しながら同意した。


「ちょ、ちょっと待って! 一回考え直そうっ」


 樹が慌てたように声を上げる。

 蓮はその肩をポンと叩いた。


「樹、諦めろ」

「くっ……数の暴力だ……」


 小さく肩を落とした樹のもとへ、亜里沙がススス、と忍び寄った。


「——桐ヶ谷君。多数決廃止同盟、組まない?」


 グループ分けからやり直そうとしているのだろう。

 樹は一瞬だけ迷う素振りを見せたが——、


「で、でも……水嶋(みずしま)さんと井上(いのうえ)さんが二人で入るの、面白そうだし、僕は我慢するよ」

「えっ……」


 亜里沙が絶望の表情を浮かべると、夏海が噴き出した。


「いいぞ、桐ヶ谷君!」

「——おりゃっ!」


 楽しそうにはやし立てる夏海の脇腹に、亜里沙が手刀を繰り出した。


「うっ……! っ、ふふ……」


 夏海が小さく声を漏らしつつも、平然とした顔でニヤリと笑い、凛々華をチラリと見る。


「亜里沙もまだまだね。本家には遠く及ばないよ」


 その一言に、凛々華は静かに微笑んだ。


「本家をご所望かしら?」

「え、遠慮しときます……っ」


 頬を引きつらせながら首をぶんぶん横に振る夏海の姿に、他の者たちは一斉に笑い出した。


 そうこうしているうちに、順番がやってきた。


「うう、先頭か……」


 樹は緊張した面持ちで、入り口の暗がりを見つめた。


「がんばってね〜」


 心愛がにこやかに声をかける。


「……うん」


 樹は小さくうなずき、教室に足を踏み入れた。

 扉がしまった直後、暗闇から突然お化け役の生徒が飛び出してきた。


「わっ!」


 樹がビクッと体を震わせる。


「ふふっ、いい反応だね〜」


 心愛が楽しそうに笑う。


「は、初音さん。余裕そうだし、先頭譲ろっか?」

「え〜、やだよ。私も怖いから、ちゃんと守ってね〜」


 心愛は満面の笑みを浮かべながら、樹の肩にしがみついた。


「っ……!」


 樹は顔を真っ赤に染めた。

 ——その瞬間、暗がりから別のお化けが飛び出してきた。


「うわあああっ!」


 樹は大きな声を上げて跳び上がった。


「ふふっ……」


 蓮の背後で、凛々華が小さく吹き出した。

 すると、心愛が振り返って、


「凛々華ちゃんも、黒鉄君の肩掴んでおいたら?」

「えっ……」


 凛々華は戸惑いを見せたが、視線を泳がせたあと、躊躇いがちに蓮の肩に手を置いた。

 ——その瞬間を狙っていたかのように、背後から再びお化けが現れた。


「きゃあっ⁉︎」


 凛々華が甲高い悲鳴を上げ、蓮の背中にしがみついた。


「っ……」


 唐突な温もりと弾力に、蓮の心臓が跳ねた。


「あっ……」

 

 小さな声を漏らし、凛々華がパッと飛び退く。

 蓮は呼吸を落ち着けつつ、振り返った。


「大丈夫か?」

「え、えぇ……びっくりしただけよ」


 凛々華は気まずそうに視線を逸らした。


(今頃、心臓バクバクだろうな……俺よりも)


 蓮はふっと笑みをこぼした。


「……なによ」

「いや、別になんでもないぞ」


 蓮は真顔に戻り、慌てて前に向き直った。

 凛々華は再び蓮の肩に手を置くと、じわりと力を込めた。無言で抗議しているようだ。


(それはかわいすぎるだろ……っ)


 暗がりで良かった——。

 蓮は頬に熱を感じつつ、そっと安堵の息を吐いた。

 

 ——反対に、お化け役の生徒たちは、妙な使命感に燃えていた。

 

(((絶対、彼氏に情けない悲鳴を上げさせてやる……!)))

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ