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第134話 妹からのお説教と、三人での夕食

「そう言えば——」


 (れん)凛々華(りりか)を腕の中に閉じ込めたまま、ふと思いついたように切り出した。


「凛々華は、なんであそこにいたんだ?」

「あっ、えっと……」


 凛々華が気まずそうに視線を逸らす。


「……遥香(はるか)ちゃんに、ちゃんと蓮君と向き合えって、言われて」

「遥香に?」


 蓮は一瞬キョトンとしたが、自分が彩絵(さえ)に会いに行く前に、遥香が家を出たことを思い出した。


「もしかしてあいつ、凛々華に会いに行ってたのか?」

「えぇ。あなたと何があったのかって聞きに来て……それで、絶対に私の口から伝えるべきだって」

「そっか……あいつが」

「あの子が背中を押してくれなかったら、きっと今もこうしていられなかったわ」


 凛々華が猫のように、蓮の胸に頬をすり寄せてくる。

 蓮はしばしその温もりを堪能したあと、ぽつりと言った。


「なら、お礼を言わないとな」

「えぇ」


 凛々華が力強く同意した。

 蓮は頬を緩め、彼女の顔を覗き込んだ。


「今から、ウチ行くか?」

「そうしましょう」


 二人が黒鉄(くろがね)家に到着すると、遥香はリビングでゲームをしていた。

 コントローラーを握ったまま、こちらに気づいて顔を上げる。


「あっ、兄貴! それに凛々華ちゃん!」


 遥香の瞳がパッと輝いた。


「仲直りできた?」

「おう。しっかりな」

「良かったー」


 蓮がうなずくと、安堵するように息を吐いた。心配してくれていたのだろう。

 蓮たちは包み隠さずに経緯を説明して、最後に深く頭を下げた。


「遥香ちゃん、本当にありがとう。あなたがいなかったら、私たちはもっと拗れていたと思うわ」

「仲直りできたのは、遥香のおかげだ。ありがとな」

「へへっ、役に立てたならよかった」


 遥香は照れくさそうに鼻を掻いたが、すぐに顔を引き締め、腕を組んで仁王立ちになった。


「でも、二人には言いたいことがたくさんあるからね!」

「「うっ……」」


 蓮と凛々華は、思わず姿勢を正した。


「話を聞く限り、今回のはどっちも悪かったと思います! まず、兄貴!」


 遥香が蓮にビシッと指を突きつける。


「もっとちゃんと話そうとするべきだったし、気付けなかったのもダメ! なにより、そんな状態で他の女の子と会いに行くのは論外です!」

「はい……本当に反省してます」

「よろしい」


 遥香は満足そうにうなずくと、凛々華に視線を向け、やや語気を和らげた。


「凛々華ちゃんも、もっと素直に不安とか辛いとか、ちゃんと言わないと。そりゃあ、いろいろ難しいのはわかるよ? でも、黙ってたらますますこじれるだけし、この朴念仁相手なら、ちゃんと言葉にしないといけません! そもそも、好きならしっかりと話し合わなきゃだめ! 二人とも、わかった?」

「……はい」

「……気をつけます」


 蓮と凛々華は再び、揃って深々と頭を下げた。

 遥香はうんうんと満足そうにうなずくと、ふっと表情を和らげて、


「ま、無事に仲直りできたならいいけどね!」


 と、照れくさそうに付け加えた。

 蓮も肩の力を抜き、微笑みを浮かべる。


「遥香。やっぱり夕飯は俺が作るよ」

「えっ、いいの?」


 遥香がパチパチと瞬きをした。


「もちろん。もともと俺だったんだしな。何か食べたいものあるか?」

「うーん……じゃあ、チーズ・イン・ハンバーグ!」

「お前、いつもそれだよな」


 予想通りすぎる答えに、蓮は思わず苦笑してしまう。


「いいじゃん、好きなんだから」


 遥香は唇を尖らせるが、すぐに口元を綻ばせ、凛々華に視線を向けた。


「ねぇ、せっかくだから凛々華ちゃんも一緒に食べようよ。仲直りの記念にさ!」

「えっ……」


 凛々華は目を丸くして固まる。

 蓮も控えめに続いた。


「無理しなくていいけど……できれば、俺も一緒に食いたいな」

「なっ……! ちょ、ちょっと待って。お母さんに聞いてみないと……っ」


 凛々華は赤くなった顔を隠すように背を向け、震える手でメッセージを打ち始めた。

 蓮は「よくやった」というように、遥香の頭をポンポンと撫でた。


「えへへ〜」


 遥香は嬉しそうに瞳を細めた。


 数分後、凛々華の携帯が小さく震えた。

 画面を覗き込み、ホッと息を吐く。


「大丈夫みたい」

「やった!」


 遥香が両手を突き上げた。

 ——こうして、三人で夕食を囲むことが決まった。




「凛々華、そこのボウル取ってくれ」

「えぇ」


 キッチンでは、蓮と凛々華が並んで料理をした。

 凛々華が「作ってもらうだけなのは申し訳ないから」と、自ら協力を申し出たのだ。


 途中、蓮は小皿で調合したソースを、何気なくスプーンごと凛々華に差し出した。


「凛々華、味見してくれるか?」

「えっ……」


 凛々華が真っ赤になって固まった。

 その反応に、蓮もハッと我に返る。


「あっ、わ、悪い! いつも遥香にやってたから——」


 蓮は頬が火照るのを感じつつ、慌てて引っ込めようとした。

 しかし、それより早く、凛々華は蓮の手首を掴むと、頬を染めたままスプーンをパクッと咥えた。


 そして二人は、後ろで遥香が「仲良しだなぁ」とニヤニヤしているのに気づき、ゆでダコのように赤くなった。




 それから、少し気まずい雰囲気になりつつも、無事に夕食は完成した。


「遥香。できたぞー」

「おっ、あざすー」


 蓮が声をかけると、遥香が小走りでやってくる。


「凛々華ちゃんも、ありがとー」

「いえ、お口に合うといいのだけれど」

「大丈夫だよ! ちゃんと味見、してたもんね?」


 遥香がにひひ、と口角を上げる。

 凛々華が気まずそうにそっぽを向くのを見て、蓮はコツンと妹の頭を小突いた。


「ほら、バカなこと言ってないで、よそるの手伝え」

「わかってるよー」


 のんびりとした返事とは対照的に、遥香はテキパキとご飯をよそい始めた。

 間もなくして準備も終わり、三人で食卓を囲む。


「いただきまーす! ……ん? 今日のソース、甘いね」


 開始と同時にハンバーグを頬張った遥香が、首をかしげる。


「えっ、マジ?」

「何か足りなかったかしら?」


 蓮と凛々華が焦ると、遥香がイタズラっぽく笑う。


「あっ、もしかして、二人の甘々が移っちゃったとか〜?」

「「なっ……!」」

「あはは、二人とも顔真っ赤〜!」


 遥香が無邪気に手を叩いた。


「……凛々華。あいつ、水嶋(みずしま)並みにくすぐりに弱いぞ」

「そういえば、前にそんなことを言ってたわね」


 凛々華がニヤリと口の端を吊り上げ、すっと遥香に視線を向ける。


「ちょ、ちょっと待って! 私、今日一番の功労者だよ⁉︎」


 遥香が頬を引きつらせ、両手をばたつかせた。

 その見事な慌てっぷりに、蓮と凛々華は顔を見合わせて笑った。


「むぅ……」


 揶揄われたことに気づいたのか、遥香は憮然とした表情を浮かべていたが、やがて釣られたように笑い出した。




◇ ◇ ◇




 夕食を終えた後、蓮は凛々華を家まで送った。

 (ひいらぎ)家の玄関前に到着すると、二人とも自然に立ち止まった。


「……今日は、ありがとう」


 凛々華が小さな声で言う。

 蓮も、そっと微笑み返した。


「こっちこそ、ありがとな。また、こうして笑い合えて、本当に嬉しい」

「ま、またそういうこと……っ」


 凛々華は、少し恥ずかしそうに目を伏せた。


 このまま、ただ「またな」と言って帰ることもできる。

 けれど——蓮は、ほんの少しだけ、勇気を出した。


 静かに、そっと手を伸ばし、凛々華の頬に触れる。


「……蓮君?」


 驚いたように見上げる瞳を、まっすぐに見つめた。

 そして、ゆっくりと顔を近づける。


 触れ合うだけの、やさしいキス。


「ん……」


 凛々華の肩が、かすかに震えた。

 でも、逃げることはなかった。


 唇が離れると、彼女は耳元まで赤くなり、うつむいた。


「……ばか」


 でも、その小さな声には、確かに嬉しさが滲んでいた。

 蓮はそっと微笑み、もう一度だけ凛々華の髪を優しく撫でた。


「おやすみ、凛々華」

「……おやすみなさい、蓮君」


 凛々華はドアを開け、中に入っていった。

 最後まで、何度も何度も、恥ずかしそうに振り返りながら。


 蓮はその姿が見えなくなるまで、じっと見送った。




◇ ◇ ◇




 翌日。

 文化祭準備がなく、バイトは午後からだったこともあり、蓮は朝から凛々華の家を訪ねていた。


 ぎこちなかった数日間を埋めるように、二人はベッドに並んで座り、寄り添って過ごしていた。

 蓮が髪の毛をすくように頭を撫でると、凛々華はほんのり頬を染め、肩に軽くもたれかかってきた。


 そんな中、凛々華の携帯が震えた。

 画面を覗き込んだ彼女が、小さく息を呑む。


「どうした?」

「……伊藤(いとう)さんから。昨日の公園に来てほしいって」

「えっ……」


 今度は蓮が息を呑む番だった。

 いずれ凛々華に接触してくるとは思ったが、想定より早い。


「一緒に行こうか?」


 蓮の言葉に、凛々華はふるふると首を振った。


「大丈夫よ。蓮君がいると、向こうも本音で話せないでしょうから」

「まあ……そっか」


 二人で会わせるのは心配だが、確かに凛々華の言う通りだ。

 それに彩絵(さえ)なら、無闇に凛々華を傷つけるようなことはしないだろう。


「でも、カフェにはいるよ。何かあったら知らせてくれ。すぐ駆けつけるから」

「心配性ね、蓮君は」


 呆れたように言いながらも、凛々華は甘えるように体を預けてくる。

 蓮はその背中に手を回すと、ふんわり柔らかい髪の毛に、そっと口付けを落とした。

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