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第133話 釈明と謝罪

 かすかな気配に、(れん)はハッとして振り返った。


 そこには、凛々華(りりか)がいた。

 顔は青ざめ、今にも泣き出しそうな表情をしている。


「凛々華——」


 咄嗟に呼びかけようとした瞬間、彼女は踵を返して走り出した。


「待って!」


 蓮は慌てて駆け出そうとして、涙を流す彩絵(さえ)に視線を向けた。

 その瞬間、彼女はパッと顔をあげ——、


「行って!」

「っ……あぁ!」


 蓮は一目散に凛々華の跡を追った。

 公園を抜けて、住宅街に差し掛かったところで、ようやく追いついた。

 腕を掴んで引き止めると、凛々華は必死に暴れた。


「いやよ、離して!」

「待って、凛々華! 話だけでも聞いてくれ! そのあとはどうしてもいいから、頼む!」


 蓮が脇目も振らずに懇願すると、凛々華の体からふっと力が抜けた。

 蓮はゆっくりと手を離し、深く頭を下げた。


「……全部言い訳になっちゃうかもしれねえけど、説明だけさせてくれ。凛々華を裏切ったわけじゃないんだ」


 顔を上げると、凛々華はまだ怯えたように立ち尽くしていた。

 その唇が、かすかに震えながら動く。


「……本当に?」


 心細そうな声だった。


「もちろん。誓うよ」


 蓮は力強くうなずいたが、ふと周囲からの視線に気づいた。

 男女が大声で言い争っているのだ。注目を集めて当然だろう。


(こんなところで話すのは、さすがに……)


 気まずさを覚えていると、凛々華がぽつりと言った。


「場所、変えない? ここじゃ、ちゃんと話せないし……ウチ、来ていいわよ」


 蓮は目を見開き、すぐに口元を緩めた。


「ありがとう」


 凛々華の家まで、二人で並んで歩く。

 互いに言葉を交わすことはなかった。


 リビングに通され、ソファーに並んで腰を下ろす。


「改めて……本当にごめん。あと、ありがとう。チャンスをくれて」


 まずは謝罪とお礼を言ったあと、蓮は経緯の説明を始めた。


「凛々華とのやりとりのあと……伊藤(いとう)から『デート順調っすか?』って連絡が来たんだ。なくなったことを伝えたら、すぐに電話がかかってきた。それで、もしよければ話を聞くって誘われたんだ」


 凛々華はじっと黙ったまま、蓮の顔を見つめている。


「前、伊藤の元カレが来たときも、最初は向こうから相談に乗るって言ってくれててさ。だから、アドバイスをもらうつもりで、会いに行った」


 最初のときは、本当に親切心で言ってくれていたと思う。

 だが——今回は、違った。


「バイト先で話してたら、伊藤がここだと話しづらいことがあるって言って、公園に移動した。そこで、『ウチなら、そんな辛い思いさせないっすから』って……気持ちを伝えてきたんだ」


 凛々華の紫色の瞳が揺れる。

 蓮はすぐに言い添えた。


「もちろん、断ったよ。俺には、凛々華がいるからって」

「じゃあ……なんで彼女は、あなたの袖を掴んでいたの?」

「伊藤も、断られることはわかってたみたいだ。それで、ちょっとだけこうさせてくれって……」


『これが、最後っすから……!』


 そう泣き笑いの表情を浮かべた彼女の手を、蓮は振り払えなかった。

 そこに、ちょうど凛々華が来た。


 タイミングが悪かった、とは思わない。

 あの状況で彩絵に会いに行ったのが、そもそもの間違いだったのだ。


「裏切るつもりなんてなかった。俺が好きなのは、凛々華だけだから。でも、誤解を生むような状況を作って、傷つけたのは事実だ。本当に、ごめん……っ」


 蓮は深く、深く頭を下げた。それ以上、何も言えなかった。


 凛々華はしばらく、何も言わなかった。

 考えを巡らすように、うつむいたままだ。


 やがて、おずおずと顔を上げ、か細い声で言った。


「状況は、わかったわ。伊藤さんの手を振り払えなかったのも、蓮君らしいし……そんな優しいところを、私も好きになったんだもの」

「凛々華……っ」


 蓮の目尻が熱くなる。

 そんな彼を、凛々華もまた、潤んだ瞳で見つめた。


「蓮君のこと、信じたい。でも……やっぱりあんなところを見たら、不安になるの」

「っ……そうだよな」


 思わず視線を下げた蓮に、凛々華は「だから」と力強く続けた。


「証明して。……私を、好きだってこと」


(証明、って……)


 蓮は目を(またた)いた。

 少し迷ったが、凛々華の真剣な、そして心細そうな表情を見て、決意した。


「わかった」


 凛々華にその肩に手を添え、そっとソファーに押し倒した。


「えっ……?」


 目を見開く彼女に覆い被さり、顔を近づけ——


「ま、待って!」


 凛々華が視線を泳がせ、慌てた声を上げる。


「でも、証明しろって——」

「も、もう大丈夫よ!」


 凛々華が限界とばかりに、蓮の肩を押した。


「俺の気持ち、ちゃんと伝わったか?」

「えぇ、その……十分に」


 凛々華が耳まで真っ赤にしながら、こくりと首を縦に振る。


「……そうか」


 蓮はふっと力を抜き、彼女を起き上がらせると、優しく抱きしめた。

 凛々華も少しだけ躊躇したあと、おずおずと蓮の胸に頭を預けた。


 蓮は彼女の髪に手を伸ばし、すくように撫でながら口を開いた。


「ごめんな、不安にさせて」

「いえ……私のほうこそ、疑ってごめんなさい」

「いいよ。俺が完全に悪いし」


 蓮が笑みを浮かべると、凛々華がスッと瞳を細めた。


「……いいわよ、言って」

「えっ?」

「ちょっと納得のいってない顔しているわ」


 図星を突かれ、蓮は少しだけ顔をしかめた。

 凛々華がふふ、と笑う。


「前から言ってるでしょ? わかりやすいって。お願い。私が言えたことじゃないけれど……溜め込まないで」

「いや、まあ、そんな大袈裟なものじゃねえんだけどさ」


 蓮はぽりぽりと頬を掻いた。


「なんていうか、もう少し、信頼してくれてもよかったんじゃないかって。キャンセルされたときも……けっこう堪えたから」

「うっ……」


 凛々華がしゅん、と小さくなる。


「自分でも、視野が狭くなっていたと思うわ。……ごめんなさい」


 凛々華は申し訳なさそうに眉を下げた。

 蓮はじっと、その顔を見つめた。


「凛々華も、言っていいぞ」

「えっ?」

「言いたいこと、あるんだろ?」


 凛々華が気まずそうに視線を逸らす。

 蓮は軽く笑い声を上げた。


「俺のことわかりやすいって言うけど、凛々華も大概だからな」

「う、うるさいわね」


 凛々華は唇を尖らせてから、躊躇うように視線を落とした。

 それから、意を決したように顔を上げて、


「き、キスとか……全然してくれないじゃない」

「えっ——」


 蓮は息を呑んだ。


「……もしかして、それで不安に……?」

「だって、私からはしたのに、蓮君からは一回もしてくれないから……」


 拗ねたように、しかしどこか甘えるような声でそう告げた凛々華は、頬をほんのりと染めていた。

 蓮の胸がきゅうっと締めつけられた。


「それは……ごめん。凛々華のこと、大切にしたいから……そんな軽々しくしていいのか、迷ってて……」

「えっ……そういうこと、だったの?」


 凛々華が目を見張った。

 それから、落ち着かない様子で視線を彷徨わせる。


「ご、ごめんなさい……私、気づかなくて」

「いいよ。そんなの、見抜かれたら恥ずかしいだろ」


 蓮が唇をへの字に曲げると、凛々華がふと口角を上げる。


「……じゃあ今、恥ずかしいのかしら?」

「言うな」


 蓮が顔を真っ赤にしながらうめくと、凛々華はくすっと笑った。

 その空気が、ほんの少しだけ、二人の間の緊張を溶かしてくれた。


「……あの日も、ごめんな。俺がだらしないのが悪いのに、屁理屈言ったりして」

「いえ、私のほうこそ、キツい言い方をしてごめんなさい。それに……そのあとも、話し合いから逃げてしまって」


 凛々華の自分を責めるような表情を見て、蓮は何かしらの事情があることを察した。


「なにか、あったんじゃねえのか?」

「あっ、いえ……」


 凛々華がもじもじと指先をすり合わせる。


「いいぞ、なんでも言ってくれて」

「えっと、その、言い訳になってしまうけど……アレが、今回ちょっと重くて……」

「あっ……」


(生理、だったのか)


 蓮は、やっと合点がいった。

 同時に、猛烈に自分に腹が立つ。なんで、一度もその可能性に思い至らなかったんだ。


「ごめん。気づいてあげられなくて……辛かったよな」

「いえ、それこそ見抜かれていたら恥ずかしいし……その、理解してもらえなかったらどうしようって、不安になってしまって。蓮君は理解ある人だって、少し考えればわかるのに……」


 凛々華の声は、震えていた。

 蓮はぎゅっと彼女を抱きしめ直す。


「それは不安になるよ」


 蓮は彼女の背中をさすりながら、静かに告げた。


「でも、安心してくれ。辛さは完璧には理解できないかもしれないけど、絶対に軽んじたりしないから。今後は遠慮せずに言ってほしい」

「えぇ……でも、今回は特別ひどかっただけだから。あまり気にしないでいいわ」


 凛々華は、そう強がるように微笑んだ。

 蓮は確信した。


「もしかして、これまでにも隠してたときあったんじゃねえのか?」


 凛々華がサッと目を逸らした。

 蓮は苦笑して、彼女の頬に手を添えた。


「恥ずかしいかもしれないけど、やっぱり今後は共有してほしい。そういう理由ならデートは家でも構わねえし、延期してもいいんだから。もう……今回みたいに、すれ違いたくないんだ」

「……そうね」


 凛々華もしみじみとうなずいた。


「大体の周期がわかるアプリもあるみたいだから……それで、共有するわ」

「そうしてくれると嬉しい。ありがとな」

「私のほうこそ……理解してくれて、ありがとう」


 凛々華が囁くようにそう言いながら、ほんのり蓮を見上げる。

 蓮は照れくさそうに頭に手をやった。


「当たり前だろ。彼氏、なんだから」

「……そうね」


 凛々華が安心したようにふっと目元を和らげる。

 蓮はその頬に手を添え、顔を近づけた。凛々華も、今度は逃げなかった。


 まぶたを閉じた彼女の唇に、蓮はそっと口づけを落とした。

 触れるだけの、でも心に深く沁みるキスだった。


 唇を離すと、凛々華はぽうっと頬を染めながら、恥ずかしそうに目を伏せた。

 それでも、彼女の口元には、はっきりとした笑みが浮かんでいる。


 そして、恐る恐るといった様子で、そっと——

 蓮の腰に腕を回し、控えめに抱きついてきた。


「……っ」


 蓮は胸が熱くなるのを感じながら、優しく受け止めた。

 少しだけ懐かしいその温もりが、何よりも愛おしく思えた。

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― 新着の感想 ―
これ、凛々花ちゃん視点だと同じバイト先の女に蓮くんを「どしたん?話聞こか?」からのワンチャン狙いされてるんですけど、もっと彩絵に対して怒ったほうがいいんじゃないですかね? あーもう(バイト先の人間関係…
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