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第13話 陽キャの思い込み

 ——翌朝。

 大翔はこれまでよりも少し早い時間に、柊家を訪れていた。


「いつまでも思い通りになると思うなよ、黒鉄……!」


 ニヤニヤと笑いながら、インターホンを鳴らす。

 しかし、何度鳴らしても反応がないと、彼はたちまち声を荒げた。


「おい、凛々華! さっさと出てこいって!」


 静けさの中、罵声とインターホンの連打が響く。

 それらを止めたのは、わずかに開いた扉の隙間から漏れた、凛々華の冷たい声だった。


「近所迷惑よ。静かにしなさい」


 チェーンロック越しに覗くその顔には、薄くではあるが丁寧に化粧が施され、髪もしっかり整えられていた。

 だが、昨日と同じように、ブレザーもカバンも身につけていない。


 自分たちを隔てるチェーン、そしてまだ登校するつもりがないことが明白な凛々華の姿に、大翔の顔が歪む。


「……お前、なんで支度してねえんだ?」

「いつまで誤解しているのかしら? もう迎えに来ないで、と言ったはずだけれど」


 温度の感じられない声色に、大翔は頬を引きつらせる。

 しかし、彼はすぐに口の端を吊り上げ、鼻で笑ってみせた。


「ハッ、やっぱり黒鉄に何か弱みでも握られてんだろ? 素直に助けてくれって言えよ。俺がさっさと解決してやるからさぁ」


 凛々華は深いため息をつくと、いっそ憐れむような視線を大翔に向けた。


「……幼馴染のよしみとして、最後にひとつだけ忠告してあげる」

「あっ? な、なんだよ」

「自分の都合の良いようにしか解釈できないままでいると、いずれ決定的な問題を引き起こすことになるわよ」


 それだけ言い残すと、彼女はサッとドアを閉めた。続いて、ガチャリという冷たい金属音が響く。


「なっ……⁉︎ おい、凛々華っ!」


 取り残された大翔は唖然とし、怒りに任せてドアノブを何度もガチャガチャと回し、さらに扉を拳でドンドンと叩いた。

 そのとき、周囲からひそひそとした声が聞こえた。


「ほら、また金城(きんじょう)さんの息子よ」

「ちょっとヤバくない?」

「警察、呼んだほうがいいのかしら」


 警察——。その言葉に、大翔はビクッと肩を揺らした。


「……っ、クソが……!」


 舌打ちをすると、拳を握りしめてその場を離れる。

 怒りに身を任せるように、荒々しい足取りで通学路を歩くが、彼はふと足を止めた。


(……いや、待てよ? ここまではっきり拒絶するなんて、やっぱりおかしいだろ)


 明らかに、直近まで一緒に登校していた相手に対する態度ではない。もしも本当に嫌いになっているなら、その時点で登校を拒否しているはず。

 そこから導き出される答えは、蓮に完全服従せざるを得ないほどの、相当危ないネタを握られているということ。

 突然の拒絶は、遠回しのSOSだったのだ——。


「なら、全部水に流してやるか。お前を救えるのは、俺しかいねーからよ……!」




◇ ◇ ◇




「ふわぁ……」


 上履きに履き替えながら、蓮はあくびを漏らした。

 隣から、即座にお小言が飛んでくる。


「朝から何回目よ。今日はペアワークが多いのだから、ちゃんと起きていなさい」

「大丈夫だって。初音も寝てるから」

「……あなたたちを一番後ろの隣にしたのは、神様の今世紀最大の失態ね」

「代わりに、お目付役として柊を配置したんじゃねえの?」

「面倒なことこの上ないわ。隣だったら、いくらでもやりようはあるのだけれど」


 おそらく、蓮の脇腹は青紫色に染まることだろう。


「それはごめんだ」

「こっちのセリフよ」

 

 憎まれ口を叩き合いながら、教室に入る。凛々華と登校するのは二度目だが、相変わらずジロジロと好奇の視線が集まる。

 大翔たちの「ご挨拶より」はマシだが、これはこれで居心地が悪い。


 すると、間の悪いことに、ちょうどその大翔がトイレから戻ってきた。


(また、暴走しねえよな?)


 しかし、彼は絡んでくるどころか、見下すような笑みを向けてきた。

 虚勢を張っているようには見えないし、そもそもそんな器用ではないだろう。


(なにを考えてる……まあ、いいか)


 その意図はさっぱりわからないが、関わってこないならそれでいいかと思い直した。


 席が斜め前なので、自然とそこまで凛々華と並んで歩くことになる。

 英一(えいいち)がこちらに——正確には凛々華に視線を向けていた。大翔とは反対に、話しかけたくて仕方なさそうな様子だ。


 凛々華が席に到着すると、案の定というべきか、声をかけている。


「柊さん、おはよう」

「えぇ」

「っ……こ、この時間に登校するなんて珍しいね。寝坊でもしたのかい?」

「いいえ」


 鞄の中を整理している凛々華は、目を合わせるどころか、顔を上げることすらいない。

 この反応も、英一には悪いが案の定だ。


「あっ、そ、そうなんだ……で、でもさ——」

「黒鉄君、数学の宿題はサボっていないかしら?」


 英一が言葉を続ける前に、凛々華はこちらを向いた。

 清々しいまでのぶった斬りだ。


「サボってる前提で聞くな。終わってるよ」


 二重の意味で苦笑しながら答えると、彼女は心愛の席——蓮の隣に腰を下ろして、手を差し伸べてくる。


「なら、見せてもらえる? どうせまた、捻くれた解き方をしているのでしょうから」

「一言余計だっての」


 文句とともに、ノートを渡す。


「なら、天邪鬼と言ったほうがいいかしら」

「もっとひでえよ」

「注文が多いわ」


 これ以上は受け付けない、とばかりに、凛々華はノートに視線を落とす。

 なかなかの暴君ぶりだが、そこに踏み込めば物理的に攻撃されかねないため、仕方なく口をつぐむ。色々な意味で少しだけ、彼女に慣れてきた感覚があった。


 容赦のない口撃とは裏腹に、凛々華はどこか期待するような眼差しで目を通し始めたが——徐々に唇が不満そうに尖っていく。

 お眼鏡には叶わなかったようだ。


「もしかして、間違ってたか?」

「いえ、合ってると思うけれど……どうして同じ解き方なのよ」

「そりゃ、柊も捻くれてるからじゃねえか?」

「黙りなさい。あなたがたまたま普通の解き方をしただけでしょ」

「いや、どっちかっていうと教科書に沿ってねえ方法だと思うけど」


 凛々華がふいっと視線を逸らす。


「……話しているだけで、人って影響を受けるのね」

「俺のせいかよ」

「当然でしょう?」


 サラリと答えたあと、彼女はほんのり口元を緩めた。

 つられて、蓮も自然と口元をほころばせた。


 ——彼にとっては少しだけ見慣れた笑みでも、それはあくまで二人きりのときに見せていた表情。

 クラスメイトにとっては、新鮮そのものだった。


「柊さん。今、笑ったよね?」

「あんな顔、初めて見たかも」

「というか、教室であんなに誰かと話してるの、初めてじゃね?」

「なんかちょっと違和感あるけど……羨ましいな」


 ヒソヒソ話に、大翔は奥歯をぎりっと噛みしめた。

 だがすぐに、不自然さでアピールしてきているだけだ、と自分に言い聞かせる。


「ったく、まだ拗ねてやがんのかよ。めんどくせーところは変わんねーなぁ」


 周囲にアピールするように、大袈裟に肩をすくめてみせる。それで誤魔化せていると思っていた。

 ——しかし、その胸中が穏やかでないことは、左右に揺れ動く濁った瞳を見れば明白だった。


 その証拠に、いつもは虫のように群がる取り巻きたちも、自席からチラチラと様子を窺っている。

 他のクラスメイトは大半がすぐに視線を外したが、中には小馬鹿にする者もあった。


 無意識のうちに蓮と凛々華を追ってしまっていた大翔は、英一が勝ち誇ったような笑みを向けてきていることに気づいた。


(あっ? んだよ、その得意そうな眼はっ……! 相手にもされてねーくせに、調子乗ってんじゃねーぞ!)


 睨みつけると、英一はビクッと体を震わせ、慌てて視線を逸らした。


「ハッ。いい気になってんじゃねーよ、雑魚が」


 ほんの一瞬だけ優越感が湧いたが、すぐに胸の奥で煮え立つ苛立ちにかき消された。

 英一などは取るに足らない。問題は蓮だ。

 大翔はいつものごとく「挨拶」しようかと思ったが、


(いや……今は凛々華のためにも、変に刺激しねーほうがいいか。バカは逆上したら何すっかわかんねーからな。めんどくせーけど、慎重に動く必要がありそうだ)


 椅子の背もたれに体を預け、足を広げて腕を組む。

 取り巻きは相変わらず、オロオロと頼りない視線を向けては逸らす、というのを繰り返していた。


 ハッ、やっぱ俺が率いてやらねーとダメなんだな、こいつらは——。

 大翔は鼻を鳴らし、口の端を持ち上げた。

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