第129話 心愛の問いと、樹の覚悟
(うわ、カップルがいっぱい……)
賑わっているカフェの店内を見回し、息を呑んだ。
おしゃれで明るい店だから、お年寄りはあまり好まないのかもしれないし、もしくは彼女と来てるから、ついそういう人たちに意識が行ってしまうのかもしれない。
「桐ヶ谷君。メニュー決まった?」
「えっ? あ、う、うん……っ」
直前まで変なことを考えていたせいか、樹は思わず口ごもってしまった。
しかし、彼女——心愛は気にした様子もなくうなずき、店員さんに声をかけながら手を上げる。
その何気ない動作ひとつで、場慣れしているのがわかった。
「お待たせしました。ご注文をどうぞ」
「私はミルクティーをお願いします。桐ヶ谷君は?」
「あっ、えっと、アイスココアで」
「ミルクティーとアイスココアですね。かしこまりました。少々お待ちください」
店員がいなくなると、心愛がイタズラっぽく瞳を細めて、
「ふふ、びっくりしたよ〜」
「えっ、なにが?」
「桐ヶ谷君、ココア頼んだでしょ? 一瞬、自分の名前呼ばれたのかと思っちゃった」
「あっ……!」
樹の頬が、一瞬で熱を帯びた。
「ご、ごめん!」
「謝らなくていいよ〜。そんなこと言ったら、私がいたら誰もココア注文できなくなっちゃうもん」
「う、うん……」
樹は気恥ずかしくて、まともに心愛の顔を見れなかった。
文化祭の準備を終えたあと、心愛が樹を連れ出す形で、二人は学校から少し離れたカフェに来ていた。
(初音さんの様子を見る限り、悪い話ではなさそうだけど……)
樹がちらちらと心愛の様子を伺っていると、店員が飲み物を運んできた。
それを一口含むと、心愛は先程までとは打って変わって、真剣な表情で切り出した。
「桐ヶ谷君。今日は付き合ってくれて、ありがとね」
「う、うん……えっと、どうしたの?」
「改めて、お礼がしたかったんだ」
深海を思わせるその青い瞳が、まっすぐに樹を捉える。
「フラれて落ち込んでたときに、慰めてくれたこと。プールでも、ナンパから守ってくれたこと。桐ヶ谷君には、感謝してもしきれないくらい、助けられたから」
そう言いながら、心愛はほんの少しだけ視線を逸らす。
そして、意を決したように、再び目を合わせた。
「ねえ、桐ヶ谷君……。どうして、そんなに優しくしてくれるの?」
その問いの直前、彼女の瞳が微かに揺れ、唇がわずかに震えていた。
きっと、聞くことに迷いがあったのだろう。
樹は息を呑み、しばらく言葉を探してから答えた。
「それは……初音さんが、僕みたいなコミュ障にも普通に接してくれるから……かな。中学のとき、きょどってるのが気持ち悪いって言われたことがあって……」
元から、女子と話すのは得意ではなかった。
でも、今ほど緊張するようになってしまったのは、そのとき以来だ。
「でも、初音さんだけは最初から普通に接してくれて……それが、すごく嬉しかったんだ」
「……そっか」
心愛はそっと目を細めて微笑んだ。
「でも、夏海ちゃんや亜里沙ちゃん、それに凛々華ちゃんだって、桐ヶ谷君のこと、大切に思ってくれてるよ?」
「うん……それはわかってるけど、水嶋さんと井上さんにはよくいじられるし……あっ、嫌とかじゃないんだけどね?」
言い方が合っているのかはわからないが、二人のいじりには愛がある。
あくまで樹が輪に入りやすいように気遣ってくれているだけだとはわかっているので、悪い気はしないが、それでもやはり心愛に比べると緊張してしまう。
「それに、柊さんは……まだちょっと怖くて」
「確かにね〜」
樹が思わず苦笑いを浮かべると、心愛もくすくす笑った。
だが、その直後、表情を引きしめて、真剣な目を向けてきた。
「きっと、辛い思いもしてきた桐ヶ谷君にこんな言い方は失礼だけど……私に優しくしてくれる理由って、それだけ?」
「っ……!」
樹は息を詰めた。
何かを言おうとして口を開いたが、声が出ない。
その言葉を告げてしまっていいのか——。
迷いが胸の奥で渦を巻いた。
(言ったら、嫌われるかも……でも……)
ふいに、蓮の言葉が脳裏に蘇る。
『頑張れよ』
背中を押された気がした。
「……それだけじゃ、ないよ」
絞り出すように口を開いた樹は、心愛の瞳を真っ直ぐ見つめた。
「初音さんのことが、好きだから」
「っ……!」
心愛の瞳がまんまるに見開かれた。
樹は真っ赤になりながらも、視線を逸らさずに続ける。
「最初は、普通に接してくれて嬉しいだけだったけど、気がついたら目で追うようになって、好きになってて……。でも、別れたばっかりの女の子を慰めて、それで好きって言っても、軽いかなって……」
「……そっか」
心愛はふっと、口元を緩めた。
「私たち、同じことで悩んでたんだね」
「えっ?」
樹は目を瞬かせた。
心愛がくすぐったそうに笑う。
「私もね、慰められて好きになっちゃうのって軽いかなって思って……実は、凛々華ちゃんとか黒鉄君にも相談してたんだ〜」
「そうだったんだ……」
蓮がエールをくれた理由にも、ようやく納得がいった。
「でも、いっぱい悩んで、考えたけど……結論は変わらなかった。慰めてくれたことがきっかけだったけど、それだけじゃない。私も、桐ヶ谷君が好き」
その言葉と同時に、心愛はそっと手を差し伸べた。
樹の手の上に、彼女の指先が重なる。
「あっ……」
樹は頬を染めながら、固まってしまった。
「ふふ、かわいい」
「……は、初音さんのほうが……ずっと、かわいいし……」
樹が唇を尖らせると、心愛がぴくりと動きを止めた。
「……桐ヶ谷君って、意外と手ごわい?」
「し、知らないよ……」
顔を背けるようにして、樹はぼそりとつぶやいた。
頬はもちろん、耳の先まで真っ赤に染まっている。けれど、彼の内側では、もう一つの感情が膨らんでいた。
(——せめて、最後は僕から言わなくちゃ。ここまで話して、うやむやにするのは違う)
緊張で心臓は破裂しそうだった。
それでも、勇気を振り絞って、樹は再び心愛のほうを向いた。
「……あの、さ」
呼吸を整えるように、ひとつ息を吸い込む。
「……その……ほとんど言わせちゃったけど……。初音さん、僕と、付き合ってください!」
最後だけ、少し声が上ずってしまった。
けれど、はっきりと気持ちを込めて言えた。
心愛はハッと息を呑んだあと——、
ふわりと、花が咲いたような笑みをこぼした。
「こちらこそ、よろしくお願いしますっ!」
それは、どこまでも純粋で、まっすぐな返事だった。
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