第128話 心愛からの相談
「桐ヶ谷君のことなんだけど——」
やはりというべきか、心愛からの相談内容は、樹についてだった。
「二人とも、わかってたんだ?」
心愛が恥ずかしそうに頬を染め、照れ笑いを浮かべる。
蓮と凛々華が、全く驚いた様子を見せなかったからだろう。
「まあ、ナンパに絡まれたあととか、特にわかりやすかったしな」
「そうね、井上さんと水嶋さんも気づいていると思うわ。というより、初音さんもあまり隠そうとしていなかったでしょう?」
「そ、そうかも」
心愛がえへへ〜、と頭を掻き、誤魔化すようにペロリと舌を出す。
「そういえば、あの二人には相談しなくていいのか?」
「ある程度方針が固まったら伝えるけど、桐ヶ谷君についてだと、あんまり参考にならないかなーって」
「確かに、あいつら陽キャだからな」
「うん……あっ、別に黒鉄君と凛々華ちゃんを陰キャだー、とか馬鹿にしてるわけじゃないよ?」
心愛が慌てたように付け加えた。
「わかってるよ」
「陰キャとか陽キャとか、そもそも気にしていないもの」
蓮に続いて、凛々華もさらりと言った。
「凛々華ちゃんらしいね」
心愛がクスクス笑う。
「やっぱり、きっかけはあのときか? と言っても、俺らはいなかったけど」
心愛が振られて、落ち込んでいたときのことだ。
蓮や凛々華、夏海や亜里沙が気づかない中で、樹だけが気づいて行動を起こした。
「うん。優しくてかわいいし、ずっと友達としては好きだったんだけど……あのとき、わざわざ追いかけてきてくれて、必死に言葉を探して励ましてくれて……、なんかこう、胸がキュンってなっちゃったんだよね」
心愛は頬を赤らめ、両手を重ねて胸のあたりでそっと押さえる。
「あっ、でも、そのときはまだ、ほんの少し恋愛感情が混じってきたくらいだったよ? そのあと、つい目で追っちゃうようになって……気づいたら、ちゃんと好きになってた」
そこまで語ると、心愛は深呼吸して、少し視線を落とす。
「プールのときが決定打だったかな……。自分も怖いのに、私の前に立ってくれて。あれはもう、ずるいよね」
その目は潤んでいて、微笑みの中に強く惹かれた気持ちがにじんでいた。
「って、こんな話ばっかりしてごめんね。わざわざ呼び出して」
心愛が照れくさそうに、青色の瞳を細める。
蓮は微笑みながら首を振った。
「いや、もっと聞かせてくれてもいいぞ」
「えぇ」
凛々華も穏やかに相槌を打つ。
「もうっ、揶揄わないでよ〜」
心愛がぷくっと頬を膨らませ、空気がふんわりと暖かくなった。
「はは、悪いな。でも、もう自覚してるってことは、告白についての相談か?」
「うん……実は、私から告白しようと思ってるんだ」
「確かに、桐ヶ谷君からさせるのは難しそうだものね」
凛々華が納得したようにうなずいた。
「うん。でも……ちょっと不安なんだ」
心愛の指が、緊張したように自分の膝の上で絡まる。
「慰められて好きになるなんて、軽く見られちゃわないかな……? 本当に好きなんだけど、そう思われたら、悲しくて……今告白していいのかな、って」
心愛が不安げに眉を下げた。
「男子目線で、どうかしら?」
凛々華が、静かな口調で蓮に話を振った。
蓮は迷わず答えた。
「俺は全然大丈夫だと思うな。むしろ、自分の行いが評価されて嬉しいと思うぞ。プールの件も含めて」
「私も同感ね。努力を認められたら誰でも嬉しいし、慰められたのはあくまできっかけで、ちゃんと相手を見て惹かれたって伝えれば、軽いとは思われないはずよ」
「……そっか。ありがとう。そう、だよね」
胸に手を当て、小さく息を吐いた心愛だったが、ふとまた不安げに眉をひそめる。
「でも、そもそも桐ヶ谷君は意識してくれてるのかな……。短期間で二回フラれたら、さすがに立ち直れないよ〜」
冗談混じりに言いながらも、その声は少し震えていた。
おそらく、それが最も彼女を思いとどまらせている理由なのだろう。
「異性としてかは断言できねえけど、樹が初音に好意を持ってるのは間違いないと思うぞ」
「うん……私も嫌われてるとは思ってないけど、特別って思ってくれてるかどうかは、やっぱり自信ないよ……。照れてくれてるのも、ウブなだけかもしれないし……」
心愛は視線を落としながら、細い指先でカップの縁をなぞる。
蓮からすれば、樹が心愛を好きなのは確定なのだが、踏み出せない気持ちは痛いほどわかる。
——それは、凛々華も同じだったようだ。
「じゃあ、ちょっとだけ探ってみるのはどうかしら?」
彼女はどこかイタズラっぽく瞳を細めて微笑んだ。
心愛がパチパチと瞬きをする。
「探り?」
「えぇ。桐ヶ谷君が初音さんのことを好きかどうかは、おそらくこの方法で見抜けるはずよ」
「——聞かせて!」
心愛は言葉を被せるようにして声を弾ませ、テーブル越しにぐっと身を乗り出した。
◇ ◇ ◇
ガムテープが手にくっついたまま、机の角を滑って落ちたパネルが、バタリと音を立てて床に倒れる。
「あっ、ごめん……!」
樹は慌ててしゃがみ込み、パネルを拾い上げた。
けれど、手元は思うように動いてくれない。貼ったつもりのテープは斜めに折れ、やり直しが続く。
「桐ヶ谷君、今日ちょっと変じゃない?」
夏海が不思議そうに首をかしげながら覗き込んできた。
「えっ、あ、そうかな?」
「うん。いつもならもっとテキパキしてるじゃん。——なにか、気になることでもあるの?」
夏海が小首を傾げ、意味ありげに口角をあげた。
(気になること……)
樹は咄嗟に、教室の隅へ視線を滑らせる。
そこには、丸イスに座って装飾のチェックをしている心愛の姿があった。
視線が交差した瞬間——彼女はスッと顔を逸らしてしまった。
心臓が、きゅっと音を立てたような気がした。
(……なんなんだろう)
今日の心愛は、最初からどこか様子がおかしかった。
目が合いそうになると、すぐに逸らされる。他の人と話しているときはいつもどおりなのに、自分が近づくとふいっと距離を置かれる。
(僕、何かしたっけ?)
プールで遊んだとき、心愛が慰めてくれているのに、それでも自分を卑下してしまった。
あのときは励ましてくれたけど、やっぱり後ろ向きな男は嫌になったのだろうか。
(でも——)
ほんのさっき、たまたま二人きりになったときのことを思い出す。
そのときだけ、心愛は素早く近づいてきて、声を潜めて尋ねてきた。
『準備のあと、時間ある?』
一瞬、頭が真っ白になって、言葉が出なかった。
けれど、なんとかうなずくと——。
『終わったあと、ちょっと付き合って』
それだけ言って、心愛は何かをごまかすように、そそくさと別の作業へ戻っていった。
その後は、やっぱりまた避けられている。
(なんなんだろう、本当に……)
モヤモヤとした気持ちのまま、文化祭準備を終えた。
「じゃ、二人ともまた明日ね」
「私は部活あるから明後日かな!」
「おう」
「また明日。水嶋さんも頑張って」
亜里沙と夏海に見送られ、蓮と凛々華が帰ろうとしていた。
蓮は「あっ」と声を漏らすと、樹の元へ寄ってきて、
「頑張れよ」
その一言とともに、肩をポンっと叩いて去っていった。
(頑張れよ……?)
蓮の視線が、一瞬だけ心愛に向いた気がした。彼は、何か知っているのだろうか。
そこまで考えて、ひとつの可能性が樹の頭をよぎった。頬が火照る。
「いや……そんなわけ、ないよね……」
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