第127話 元カノの覚悟
どうして蓮にあんなひどいことをしてしまったのか——。
ミラは大袈裟ではなく、一晩中考え続けた。
「私には、人に頼る勇気がなかったんだと思う」
それが、最終的にたどり着いた結論だった。
「いじめられてるときも、蓮君が気づいて助けてくれるまで、誰にも言えなかった。脅されたときも、誰にも相談できずに蓮君を裏切った……。ハーフで浮いてたから、なんて言い訳にはならない。だって、実際に守ってくれる人はいたんだから」
ミラは蓮に視線を送った。
彼はただ、まっすぐな眼差しをこちらに向けている。——あのころと、同じように。
「っ……」
ミラの胸に、今日何度目かもわからない痛みが走る。
それを覆い隠すように、語気を強めた。
「だからこれからは、困ったらすぐ誰かに頼る。もう絶対に、被害者ヅラして一人で抱え込んで、恩を仇で返すようなことはしない。私が犯した罪は消えないけど……それだけは、約束します」
「……そうか」
蓮はたった一言、そうつぶやいた。
ミラはふっと乾いた笑みを漏らす。
「ごめん……これも結局、私の自己満だよね」
「——そんなことねえよ」
蓮の口調は力強かった。
「えっ……」
目を見張るミラに、彼はふっと微笑みかけて、
「聞かせてもらってよかった。俺のやったことに意味はあったんだって、思えたから」
「蓮君……っ」
ミラの目尻が熱くなる。だめだ。ここで泣いてはいけない。
目元を拭い、凛々華に視線を向ける。
凛々華は躊躇うように唇を舐め、静かに口を開いた。
「私は……正直、まだ少しミラさんのことは許せていないわ」
「そう、ですよね……」
ミラはうつむいてしまう。
少し話しただけでわかる。凛々華は強いけど、不器用な女の子だ。
きっと、彼女なら絶対に蓮を裏切ったりしなかったはずだし、ミラが蓮に植え付けたトラウマのせいで、気苦労も多いだろう。
「——でも」
ミラがハッと顔を上げると、凛々華はほんのりと表情を緩めてこちらを見つめていた。
「だからと言って、今の言葉を否定するつもりはないわ。私はこれまで、人を許すのは弱さだと思ってたけれど、蓮君のおかげで、それは違うんだって気づいたから」
「っ——」
凛々華に優しい眼差しを向けられ、蓮は照れくさそうに顔を背けた。
頬を緩めてから、凛々華は穏やかな表情のまま、ミラに視線を戻した。
「むしろ、他人を許せるのは強い人間だけよ。そしてその強さが、周囲を更生させ、成長させていく。私の友人も、かつてはいじめを見て見ぬふりをしてたけど、自分たちだけの力でいじめを解決したわ。ミラさんにもそうなれ、なんて言う気はないけれど……あなたの覚悟は、受け取ったから」
「っ……ありがとうございます」
ミラは深々と頭を下げた。
今度は、目の奥から込み上げてくる熱いものを止められなかった。
「うっ……うう……!」
堪えようとしても、嗚咽が漏れてしまう。
ハンカチでいくら押さえても、涙は簡単には止まってくれなかった。
「ごめん……辛いのは蓮君と凛々華さんのはずなのに、私ばっかり泣いちゃって……」
ミラが鼻をすすりながら眉を下げると、凛々華が首を振る。
「私は大丈夫よ。——蓮君が泣くのは、少し見てみたいけれど」
「おい」
蓮が思わずといった様子でツッコミを入れると、凛々華がふっと笑みを漏らす。
思ったよりも楽しい人なんだな——。
ミラが意外に思っていると、ふいに蓮が視線を向けてきた。
「一歩、踏み出せたな」
「っ……」
(本当に、蓮君は……)
ミラはパチパチと瞬きをして、目の奥からせり上がってくる熱いものを堪えた。
目元を拭い、笑みを浮かべてうなずく。
「うん。二人のおかげだよ」
「それは大袈裟だろ」
蓮が苦笑した。
「私たちはせいぜい、手助けをしたくらいよ。あくまで、踏み出したのはあなた自身の力だわ。それに、頼もしい助っ人もいるようだし」
凛々華がちらりと勇人を見る。
「おっ?」
彼は視線を向けられ、不思議そうに首を傾げた。
「「ぷっ」」
蓮と凛々華が揃って吹き出す。
「そうですね」
ミラも笑いを噛み殺しながらうなずくと、ニヤリと口の端を吊り上げた。
「でも、今の凛々華さんの言い回し、蓮君にそっくりです。やっぱり、カップルですね」
「「なっ……⁉︎」」
「ほら、反応もピッタリ」
「「っ……!」」
二人とも、かわいいな——。
真っ赤になる蓮と凛々華を見て、ミラはくすくす笑った。
「お前、意外といい性格してんのな……」
勇人が苦笑いを浮かべる。
ミラは小首を傾げた。
「そうだよ。知らなかった?」
こんなに自然に笑えたのは、たぶん、蓮と付き合ってたころ以来だ。
「っ……」
勇人が目を見開き、慌てたようにそっぽを向く。
——その耳先は、うっすら赤らんでいた。
この一歩を踏み出すには、まだ時間がかかるだろう。
それでも、いつかは歩き出せる気がした。
(それもこれも、蓮君と凛々華さんのおかげだ)
ミラを糾弾しても誰も文句を言わないのに、彼らは柔らかく包み込んでくれた。——凛々華の言う「許せる強さ」で。
ミラでは逆立ちしたって敵わないし、そんな二人だからこそ、こんなにお似合いなのだろう。
「こんなこと言える立場じゃないけど……お幸せにね」
「あぁ、お前もな」
蓮は照れくさそうにうなずいたあと、一瞬だけ勇人に目を向けた。
(相変わらず、自分に対する感情以外は鋭いなぁ)
告白したときの、鳩が豆鉄砲に撃たれたような蓮の表情を思い出して、ミラは頬を緩めた。
いくら許されたとはいえ、気安い関係になるわけではない。
顔合わせは、すぐにお開きとなった。
その際、勇人と蓮が連絡先を交換していた。どうやら勇人から持ちかけたようだ。
直感タイプの勇人と論理タイプの蓮では、一見性格は真逆だが、根っこの部分はおそらく似ている。
意外と仲良くなれるかもしれないな——。
何やら言葉を交わす男子二人を見て、ミラは瞳を細めた。
◇ ◇ ◇
カフェを出たところで、勇人やミラとは別れた。
蓮と凛々華は歩いて帰ると、黒鉄家のリビングでゆったりとした時間を過ごしていた。
「な、全部いい方向に行くって言っただろ」
「そうね……。あの様子なら、もう大丈夫でしょう」
凛々華が口元を緩める。肩の荷が降りた、という表情だ。
蓮はそっと彼女の手を取り、目元を緩めた。
「凛々華も、だいぶ甘くなったよな」
「誰かさんの影響でね」
凛々華が肩をすくめ、指を絡めてくる。
蓮は胸に熱いものが込み上げてきて、彼女の体を包み込んだ。
「ありがとな、凛々華」
そこには、様々な想いがこもっていた。
「えぇ」
凛々華は瞳を閉じて小さくうなずくと、そっと蓮の胸に顔を埋めた。
しばらくそうしていると、二台の携帯が同時に通知を鳴らした。
——心愛からだった。
『ちょっと相談したいことがあるんだけど、いいかな?』
三人のグループに送られてきたメッセージを見て、蓮と凛々華は思わず顔を見合わせた。
「……マジで来たな」
「宝くじでも買ったらどう?」
凛々華が瞳を細める。
「逆にもう当たらねえだろ」
「そうね」
凛々華が口元を抑えてくつくつと喉を鳴らす。どうやらテンションが上がっているようだ。
——それは、釣られたように笑い出した蓮も同じだった。
この文言で、二人に対する相談。
可能性など、一つしか思い浮かばなかった。
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