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第124話 お礼と、予想外の一撃

「……(れん)君」


 並んで腰掛けてから少し経って、凛々華(りりか)が口を開いた。


「さっきは、守ってくれてありがとう」

「あぁ、無事で良かったよ。こっちこそ、目を離して悪かった」

「トイレは仕方ないわよ。あなたに責任はないわ」

「そうだけどさ」


 それでも、凛々華が行くまで我慢するなどの方法は取れたはずだ。

 露骨にタイミングを合わせると恥ずかしいだろうから、さりげなく行う必要はあるが。


(それにしても、凛々華はどうしたんだ?)


 一瞬だけ頬を緩めたが、すぐに険しい表情に戻っている。

 てっきり、お礼を言うために緊張していると思っていたのだが、まだ何かあるようだ。


 凛々華は正面を向いたまま、再び口を開く。


「その、蓮君が来てくれてすごく安心したし……彼女だって堂々と言ってくれたのも、嬉しかったわ」

「まあ、事実だからな」


 蓮は照れくさくなって、頭を掻いた。

 ——しかし、凛々華の言葉はまだ終わっていなかった。


「それに……」


 彼女は視線を彷徨わせてから、そっと蓮を見上げて小首を傾げた。


「あのときの蓮君、ちょっと頼もしくて……格好良かったわよ?」

「っ……お、おう……」


 予想外の一撃に、蓮はしどろもどろになってしまった。

 凛々華も頬を染めてうつむいた。しかし、その横顔には、どこか達成感が滲んでいる。


(わざわざ、伝えてくれたのか……)


 蓮の胸に、愛おしさが込み上げた。


「……えっ?」


 凛々華が戸惑ったような声を上げた。

 そちらに目を向けて、蓮はようやく気づいた。——自分が、無意識のうちに彼女の手に触れていたことに。


「あっ、悪い——」


 蓮が咄嗟に引こうとした手を、凛々華がサッと掴んだ。


「り、凛々華?」

「こ、これくらいは……別にいいわよ」


 凛々華は言い訳めいた口調でつぶやき、唇を尖らせた。


「……ありがとう」

「っ……」


 蓮がお礼とともに、再び手を這わせると、凛々華もぴくりと肩を揺らした。

 ややあって、ためらいがちに、しかし確かに指を絡めてくる。


 そのまましばらく、くすぐったくも心地よい沈黙が流れた。


(マジで綺麗だよな……)


 水滴の光る凛々華の肌を見て、蓮は唾を飲んだ。

 太ももから膝にかけて滑らかな曲線を描き、くびれた腰回りは座っていても無駄がない。

 それが手を伸ばせた触れられる距離にあるという事実に、蓮の視線はどうしても引き寄せられてしまう。


(ダメだって……こんなとこで、何考えてんだ俺は)


 心の中で何度も言い聞かせるが、目は勝手に動く。

 一滴の雫が首筋を伝い、魅惑的な隙間に吸い込まれた瞬間——、


「——蓮君」

「っ……!」


 ただ名前を呼ばれただけなのに、心臓が跳ねた。


「そんなに見られていると、落ち着かないのだけれど」


 凛々華は視線のみを向けて淡々と指摘してくるが、その耳元はほんのり桜色に染まっている。


「わ、悪い……!」


 蓮は慌てて視線を背けた。


「あー、その……このあと、どうする?」


(って、もう少し上手く誤魔化せよ……!)


 自分のあまりに不器用な話題転換に、思わず苦笑いを浮かべてしまう。

 凛々華は少しだけ瞳を細めたあと、静かに口を開いた。


「そうね……どうせなら、まだ行ってないところがいいわ」

「そうだな。ちょっと疲れたし、流れるプールでもいくか」

「そうしましょう」


 ゆるやかに水流が巡る流れるプールへと向かう道すがら、蓮と凛々華は浮き輪の貸し出しスペースの前を通りかかった。


「なぁ、浮き輪に乗って流されたことってあるか?」


 蓮が立ち止まり、色とりどりの浮き輪を眺めながら問いかける。


「記憶にはないわね」

「気持ちいいぞ、あれ。水に揺られながら流されるの、けっこう癖になる」

「ふぅん……」


 凛々華が興味なさそうに相槌を打つが、目線はチラチラと浮き輪に向けられている。


「せっかくだし、試してみたらどうだ?」

「……そこまで言うのなら、やってみようかしら」

「了解」


 蓮は口元をゆるめつつ、スタッフに声をかけて浮き輪を一つ借りた。


 ほどなくして流れるプールへと入り、凛々華は少しぎこちない動きで浮き輪に乗り込む。

 スラリとした体を預けた浮き輪は、ゆるやかな水流に乗ってぷかぷかと進み始めた。


「……意外と、悪くないわね」


 そうぽつりと漏らした凛々華の声には、少し驚きとくすぐったさが混じっていた。

 蓮は自然な動きで、浮き輪の外側に手を添えた。


「……」


 凛々華はちらりと、その手に視線を向ける。


「一応な。落ちたら危ないし」


 蓮が苦笑しながら言うと、凛々華は顔を逸らし、小声で「ありがとう」と返した。

 蓮は、心のどこかがふっと緩んだような気がした。


 それからしばらく、二人はゆったりと流れに身を任せていたが、


「うわっ!」

「まってよー!」


 ふいに、小学生くらいの男の子たちが、甲高い声を上げながらバシャバシャと傍を走り抜けていった。

 その波が、凛々華の乗る浮き輪をわずかに揺らす。


「っきゃっ……!」


 次の瞬間、バランスを崩した凛々華の体が、ふわりと傾いて——


「おわっ!」


 蓮の胸元へと、ぱたんと倒れ込んできた。


 蓮は慌てて凛々華の背に手を回し、しっかりと支える。

 凛々華もまた、蓮の首に腕を回してしがみついた。


(や、やわらけえ……!)


 初めて直に感じた凛々華の感覚に、蓮の頭が真っ白になる。

 凛々華も動揺しているのか、離れようとしない。


 しばしの間、そのまま抱き合っていたが——、


「「っ……⁉︎」」


 蓮と凛々華は同時に自分たちの状況を理解すると、慌てて飛び退いた。


「ご、ごめんなさいっ!」


 凛々華が浮き輪を抱えるようにして、うつむいた。耳の先まで真っ赤だ。

 自分も顔が熱くなっていることを自覚しつつ、蓮は首を振った。


「い、いや、俺こそ支えられなくてごめん。大丈夫か?」

「え、えぇ……。それにしても、蓮君ってその……着痩せするタイプなのね」


 凛々華が照れくさそうに、蓮の胸のあたりに視線を落とす。


「そ、それは柊もだろ——あっ、ごめん! 気持ち悪かったよなっ」


 蓮が慌てて手を振ると、凛々華はぷいと横を向いて、


「前にも言ったでしょう? 私が言い出したのなら、気にしなくていいって。それに……蓮君がむっつりなことは、今日一日で再認識したもの」

「ちょっと待て。色々おかしいだろ」

「じゃあ、否定できるのかしら?」


 凛々華がイタズラっぽく目を細める。


「……できません」

「そうでしょう?」


 凛々華は、ほんの少しだけ勝ち誇ったような笑みを浮かべた。


「いや……うん。でも、嫌だったら言ってくれよ?」

「……ってないわ」


 凛々華がボソボソと何かをつぶやいた。


「えっ?」


 蓮は聞き返すと、彼女は勢いよく顔を上げて、


「だ、だから、そんなのを嫌がるようなら、元から付き合ってないって言ったのよっ」

「お、おう……」


 蓮と凛々華はお互いに頬を染め、目を合わせられないまま、流れに沿って歩き出した。

 ——そんなぎこちない様子を、四対の光が見守っていた。


「……やっぱり、二人きりにしたの、まずかったかな?」

「私たちは面白いけど、周囲の人が気の毒ね」

「威力の高い範囲攻撃だもんね〜」


 物陰から身を乗り出してヒソヒソと会話を交わす女子三人をみて、(いつき)は思った。

 やっぱり女の子って怖い、と。




◇ ◇ ◇




 それぞれ路線が違うため、現地解散となった。

 凛々華と並んで歩きながら、蓮はふとつぶやいた。


「そういえば、あの四人は何してたんだろうな」

水嶋(みずしま)さんと井上(いのうえ)さんが桐ヶ谷(きりがや)をオモチャにするところしか、想像できないのだけれど」

「そうだな」


 蓮と凛々華は、顔を見合わせて笑い合った。

 ——まさか、自分たちが観察されていたなどとは、思っていなかった。


「でもまあ、そこら辺はうまく初音(はつね)が調整しただろ」

「そうね。でも、こればっかりは加減を間違えてしまうかもしれないわよ?」


 凛々華の口調は、どこか面白がっているようだ。

 蓮もニヤリと口の端を吊り上げる。


「もしかしたら、そろそろ頼ってくるかもな」

「そうね」


 凛々華が瞳を細めてうなずいた、そのとき。


「——蓮君?」


 ふっと、囁くような声が聞こえた。

 蓮は思わず足を止めた。


(今の声、まさか……っ)


 おそるおそる、振り返る。

 予想通りの金髪が視界に映り、蓮は目を見開いた。


「ミラ……」


 夕陽を背にしているその少女は中学時代の「元カノ」——蓮にトラウマを植え付けた張本人だった。

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― 新着の感想 ―
過去にあったことなんて蓮くんには今さらどうでもいいだろうけど、隣の超絶美少女を無視して蓮くんによく話しかけてきたな?
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