第122話 ナンパを撃退した
「君たちかわいいねぇ」
「俺らと遊ばない?」
男たちはサングラスを額に乗せ、日焼けした腕にブレスレットをジャラつかせながら、一様にニヤニヤと笑っている。
見るからに「イケてる」と思い込んでる風体だ。
「申し訳ないけれど、彼氏がいるからお断りさせてもらうわ」
凛々華が一歩前に出て、心愛を腕で隠すようにしながら、冷ややかに返した。
「へぇ、もしかしてそいつ?」
先頭にいるリーダー格のナンパ男その一が、あごをクイッとしゃくって、鼻で笑いながら樹のほうを指し示す。
「いいえ、今はトイレに行っているわ。その人は、この子の彼氏よ」
凛々華が心愛の背中に手を添えた。
心愛は一瞬きょとんとしたあと、瞬きをしてから小さくうなずいた。
「へぇ……」
ナンパ男その一は、濡れたサンダルをギュッギュと鳴らしながら樹との距離を詰め、嘲笑を浮かべながら顔を覗き込んだ。
「なに、お前。あいつの彼氏なの?」
「そ、そうです」
樹は喉が詰まりそうなほど緊張しつつも、なんとか言葉を絞り出した。
「ハッ、めっちゃビビってんじゃん!」
「ド陰キャじゃねーか! 釣り合ってねー」
「どうせ金だろ?」
「親が社長だったりな〜」
男たちは見下すように、口の端を吊り上げる。
樹は唇を噛みしめることしかできなかった。
ナンパ男その二が、心愛に一歩近づく。
「あんなお子様、君にはもったいないって。俺らと遊ぼうぜ?」
「ごめんなさい。付き合っているので……」
心愛が困ったように笑うが、ナンパ男その二は引き下がらない。
「でも、すっかりビビっちまってるぜ? あんなのじゃ頼りにならねえし、つまんねえだろ。俺たちは慣れてるから、色々楽しませてやれるからよ」
「いえ……本当に平気ですから」
心愛は怯えの色を浮かべつつも、しっかりと首を横に振った。
それが気に食わなかったらしい。ナンパ男その二は、つまらなそうに鼻を鳴らした。
「ハッ、さてはお前。あいつしか知らねえんだろ」
「だったら、俺たちがもうちょっと広い世界を教えてやるよ。ほら——」
「——やめろ!」
ナンパ男その三が、下卑た笑みを浮かべて心愛に手を伸ばした瞬間、樹は反射的に動いていた。
その手を振り払い、心愛の前に立ち塞がる。
「彼女に、触るな……!」
樹は声を震わせつつも、精一杯の睨みを効かせた。
しかし、男たちはニヤニヤ見下すように笑うばかりだ。
「おーおー、頑張るねぇ」
「けど、足ブルっちゃってるよー」
「滑ってケガしちゃわないように、ボクはあっち行ってようねー」
樹は相手の挑発には答えず、黙って睨みつけた。
「ハッ、ビビって声も出せねえか」
「もうチワワじゃねえかよ!」
「吠えるだけで噛まねータイプな」
「いや、こいつに至っては吠えれてもなくね?」
「確かに!」
「「「ギャハハハハ!」」」
男たちは樹を指差し、手を叩いて爆笑した。
「ちょっと、あなたたち——」
凛々華が耐えかねたように鋭い声を出した、そのとき。
樹の前に、一つの大きな影が立ち塞がった。
——蓮だった。
(間に合ったみたいだな)
蓮はそっと息を吐くと、三人を背後に隠すように腕を広げ、男たちを見下ろした。
「俺の彼女と友達に、何か用ですか?」
「な、なんだよお前っ?」
ニヤニヤと笑っていた男たちの表情が、一斉に強張る。
蓮はため息を吐きたくなるのを我慢した。
(いわゆるイキリ大学生って感じだな)
蓮はサッと男たちを見回した。慎重に対応すべき相手はいなさそうだ。
先程の品のない爆笑で事態に気づいたのか、遠くにいる監視員もこちらを見ている。
「おい、なんか言えよ!」
ナンパ男その一が、意味のない大声を出した。
蓮は凛々華をちらりと見やって、
「その子の彼氏ですけど」
「「「っ……」」」
怒気が漏れてしまったのか、男たちは頬を引きつらせた。
「じゃ、じゃあそいつはいいや。それより、そいつらは本当に付き合ってんのかよ?」
ナンパ男その一が、声を震わせつつも食い下がる。
(なるほど。付き合ってる設定にしたのか)
蓮は状況を整理しつつ、うなずいた。
「はい。校内でも有名な、仲良しカップルですよ。見ていて癒されますね」
蓮が目を向けると、心愛が気恥ずかしそうに目を伏せた。
——それは、まさしく恥じらう彼女そのものだった。
「……チッ、マジだったのか」
「どっちも彼氏持ちかよ」
「あーあ、時間の無駄だったわー」
ある者はポケットに手を突っ込み、またある者は頭の後ろで手を組みながら、気だるげに離れていった。
その声がわずかに震えていることは、誰も指摘しなかった。
「——みんな!」
入れ替わるように、夏海と亜里沙が早足で駆け寄ってくる。
「なんか絡まれてたみたいだけど、大丈夫だった?」
「えぇ。蓮君に凄まれて、怯えてしまったみたいね。ナンパをする男なんて、所詮そんなものよ」
亜里沙の問いに、凛々華が淡々と答えた。
しかし、よく見れば、得意げに小鼻が膨らんでいた。
心愛がスッと指を伸ばし、チョンチョンと凛々華の鼻の頭をつつく。
「な、なによっ?」
凛々華が後ずさると、心愛はにっこりと無邪気な笑みを浮かべ、
「ううん、鼻高々だなぁって思っただけ〜」
「っ……そ、そんなことないわよ」
凛々華はそっぽを向いて耳元に手をやった。
すっかり赤くなったその様子を見て、亜里沙がにんまりと笑う。
「いや〜、頼れる彼氏がいるって最高だねぇ」
「ねー。黒鉄君、やるじゃん!」
夏海が蓮に、親指をグッと立ててきた。
蓮は照れくさそうに頭を掻いて、
「ま、とりあえず、みんな無事でよかったよ」
「そうだね。三人とも、庇ってくれてありがと〜」
心愛が樹、凛々華、蓮を順番に見回し、瞳を細めた。
「私は何もしていないわ」
「う、うん。全部、蓮君のおかげだよ」
澄ましてみせる凛々華とは対照的に、樹はどこか沈んだ声を出した。
「——よし!」
夏海が空気を一変させるように、元気な声を出す。
「じゃあ、気を取り直して、ウォータースライダーいっちゃおう!」
「おっ、いいじゃん」
「久々だな」
腕を高々と掲げる夏実に、亜里沙と蓮が真っ先に賛同した。
「私、乗ったことないわ」
凛々華がぽつりとつぶやいた。
少し腰が引けているようだ。
「無理しなくていいぞ。あれだったら、別に俺は乗んなくてもいいし」
「い、いえ、大丈夫よ」
凛々華はわずかに表情を強張らせつつも、気丈にうなずいた。
「いいね、その意気だ! 二人はどうする?」
「あっ、僕は遠慮するよ。みんなで楽しんできて」
樹はそう言って笑みを見せるが、やはり少し、元気がないようだ。
蓮が話を聞くべきかと迷っていると、
「私もちょっと疲れちゃったから、休んでようかな〜」
心愛がそう言って、一瞬だけ蓮に視線を向けてくる。
蓮はわかったと言うように、小さくあごを引いてみせた。
念の為、全員で監視員の近くのベンチに移動してから、二手に分かれた。
「じゃ、行ってくるねー!」
「何かあったら、遠慮せず監視員さんに知らせるんだよー」
夏海と亜里沙が、ベンチに座る樹と心愛に明るく声をかけ、足早にウォータースライダー乗り場へと向かう。
蓮も凛々華とともにその後を追いつつ、少し気になって振り返ると、心愛が柔らかい笑みを浮かべて樹に話しかけていた。
「——大丈夫よ」
ふいに、隣から静かな、けれど力強い声が聞こえた。
凛々華がちらりと背後に視線を向け、かすかに微笑んだ。
「……そうだな」
蓮も、自然と笑みを浮かべていた。
「ほら、二人ともイチャついてないで行くよー!」
「「っ……」」
亜里沙に少し先から大声で呼びかけられ、蓮と凛々華は揃って赤面した。
「……凛々華。あとで制裁しておいてくれ」
「任せて」
二人は目を合わせ、まるでターゲットが決まった狩人のようにニヤリと口角を上げた。
「——ハックション!」
「「……ぷっ」」
亜里沙の大きなくしゃみが聞こえてきて、二人は同時に吹き出した。
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!
皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!




