第118話 望まぬ再会
「想像してた以上におしゃれだったわね。落ち着いた雰囲気も、よかったわ」
凛々華は穏やかに目を細めながら、どこか誇らしげに言葉を紡いだ。
蓮も頬を緩めてうなずく。
「完全に俺ら好みだったな。ケーキも美味かったし……ありがとな、見つけてくれて」
「たまたまSNSで流れてきたのよ。AIのアルゴリズムのおかげね」
口調こそ淡々としているが、声色はどこか弾んでいる。
「そうだな」
(楽しんでくれたみたいで、よかった)
蓮が肩の力を抜いていると、凛々華がふと思い出したように口を開く。
「また、あの水族館のカフェにも行きたいわね」
「あぁ……あそこか」
付き合う前、恵からチケットをもらって訪れた思い出の場所だ。
初めて二人で写真を撮った場所でもある。
「……また、ツーショット撮るか?」
「恵さんの指令で?」
凛々華がクスッと笑う。
蓮は慌てて首を振った。
「ち、ちげえって」
「ふふ、わかってるわよ」
「ったく……」
蓮はため息を吐いた。
付き合ってからわかったことだが、凛々華は素直ではないものの、意外と積極的で、小悪魔じみたところがある。
存外、素の性格は明るいのかも知れない。
(俺も、もう少しちゃんとしないとな)
蓮が密かに決意をしていた、そのときだった。
「——あれ、蓮じゃね?」
その声を聞いた瞬間、蓮の表情が固まった。
目の前に現れたのは、中学時代の同級生——宗太郎と、その取り巻きたちだった。
「えっ、めっちゃ可愛い子連れてんだけど!」
「マジじゃん! 釣り合ってねー!」
制止する間もなく、宗太郎たちは口々に囃し立ててきた。
「なに、蓮の彼女?」
「そうだけど」
蓮がうなずくと、宗太郎たちはどよめいた。
——それは、決して友好的なものではなかった。
「おいおい、また罰ゲームの告白本気にしてんのかよ!」
「少しは学べって!」
「いい加減、現実見ろよ!」
「……何を言っているの?」
凛々華が不愉快そうに眉をひそめると、宗太郎は得意げに鼻を膨らませ、蓮を指さした。
「こいつ、中学ん時に、俺らが命令した女の告白真に受けて、恋人つなぎとかしてたんだぜ?」
「マジでウケるよな〜。あの写真、見るたびに笑っちまうもん!」
「動画で残ってたら、絶対バズってたよな!」」
「うわっ、確かに!」
「惜しいことしたわ〜」
宗太郎たちは手を叩いてゲラゲラ笑った。
「てかさ、あんたも嘘告なんだろ? それなら早く言ってあげたほうがいいぜ? 非モテ陰キャたぶらかすのも楽しいだろうけど——」
「——黙れよ」
蓮は凛々華を背に隠すように、一歩進み出た。
「……あっ?」
「今の言葉、取り消せ。凛々華はそんなことをするやつじゃねえから」
「「「っ……」」」
蓮が睨みつけると、宗太郎たちが言葉を詰まらせる。
しかし、自分たちから絡んだ手前、引くわけにはいかないのか、無理やり口角を吊り上げた。
「は、はーん、なにお前、格好つけで大物釣ったのか?」
「彼女さん、見る目ないねー」
「忠告しとくけど、こいつといるとマジで損するぜ? 空気読めねえ陰キャだから」
「中学でもハブられてたもんな〜。マジで浮いてたし」
みんなで悪口を言うことで心の余裕を取り戻したのか、宗太郎たちは再び見下すような笑みを浮かべていた。
しかし、
「そう。それで?」
「……はっ?」
凛々華の冷ややかな一言に、宗太郎が間抜けな声を漏らした。取り巻きも、呆気に取られている。
凛々華は嘲笑すら浮かべず、無感情に続けた。
「他人を見下して楽しんでいる時点で、あなたたちの言葉に耳を貸す価値なんてないと思うのだけれど」
「な、なんだよっ、お前も正義のヒーロー気取りか?」
予想外の反論だったのか、宗太郎が声を震わせた。
「ハッ、わかったぜ! こいつら、どっちも浮いてんだよ!」
取り巻きの一人が得意げに言い放つと、彼らはわっと盛り上がった。
「うわっ、ハブられもん同士がくっつくとかキツっ!」
「イタすぎるって!」
「陰キャカップル爆誕! パチパチパチ〜」
「見てらんねーな!」
怯えてしまったことを誤魔化すためか、流れを引き戻したいのか、宗太郎たちは再び手を打ち鳴らし、大口を開けて笑った。
しかし、その頬はひきつり、目線は蓮と凛々華を直視できていなかった。
(あぁ……)
蓮の心が、急速に冷えていく。
「……凛々華、行こう」
「えぇ」
淡々と促すと、凛々華も迷いなく踵を返した。
「おい、逃げんのかっ?」
宗太郎のやや裏返った声が、背後から飛んでくる。
蓮は静かに振り返った。
「——あっ?」
「「「っ……!」」」
宗太郎たちの顔に、明確な怯えが走った。
額からは汗が流れ、目が忙しなく揺れる。今度は強がる余裕すらもないようだ。
それはそうだろう。これ以上絡んでくるなら本気で潰すつもりで、最後の警告として睨みつけたのだから。
やんちゃをしていた経験の賜物だ。
(……皮肉なもんだな)
ため息を吐いて、再び歩き出す。
後ろから、もう声は聞こえてこなかった。
蓮は少し経ってから、ぽつりと謝罪の言葉を漏らした。
「……気を悪くさせてごめんな。せっかくのデートなのに」
「あなたのせいじゃないことくらい、わかってるわ」
つないだ凛々華の手が、ほんの少しだけ強く握られる。
「それより、この後まだ時間あるでしょう?」
「えっ? まぁ、あるけど——」
「なら、家に来なさい」
凛々華の口調は鋭かった。
蓮はかぶりを振った。
「いや、大丈夫だよ。別に過去のことだし」
「いいから来て——お願い」
その言葉には、いつもの冷静さとは違う、どこか切実な響きがあった。
(初めてかもな……ここまで感情的な凛々華は)
蓮がしばし呆然としていると、ネガティヴな意味に捉えたのか、凛々華がそっと視線を伏せた。
「迷惑だったら、断ってもらっても構わないけど」
「いや、行かせてもらうよ」
気づいたときには、蓮はそう口走っていた。
「っ……!」
凛々華が息を呑んだ。
正面を向いたまま、呆れたようにつぶやく。
「最初から、そういえばいいのよ」
「……意外と強引だよな、凛々華って」
「蓮君に言われたくはないわ」
凛々華が鼻を鳴らした。
歩き出しても、逃がさないとでもいうように、彼女の手には力が込められたままだった。
(……あったけえな)
指先から伝わる、包み込むような温もりに、蓮は無意識にホッと息を漏らしていた。
「そこで待ってて」
凛々華は蓮をソファーに座らせると、台所に姿を消した。
かと思えば、ひょこっと顔を出して、
「紅茶、ミルク入れるわよね?」
「あぁ、悪いな」
「私が飲みたいだけよ」
サラリとそう言い、今度こそ引っ込んだ。
ポットの唸り声が聞こえる。少し経って、凛々華はティーカップを両手に持って現れた。
それらをローテーブルに置く所作は、流れるようで無駄がない。
「……なに?」
「いや、動きが様になってんなって思って」
「二ヶ月もカフェで働いているのだから、これくらい普通だと思うけれど」
凛々華は澄ましてみせるが、耳の先はほんのり赤くなっていた。
もう一度台所へ向かうと、今度はトレーを運んでくる。見覚えのある色と形のクッキーが乗せられていた。
「あっ、凛々華、それ……」
「文句は受け付けないわよ」
どうやら、手作りで間違いなさそうだ。
「もらう側なのに、文句なんか言わねえよ」
蓮は苦笑しながら一つを手に取った。
「ん……うんまっ」
「……少しオーバーじゃないかしら?」
凛々華が半眼を向けてくる。
「いや、マジでうめえよ。凛々華も食ってみろって」
「……私が作ったのだけれど」
凛々華は呆れたように言いながら、手を伸ばす。
もぐもぐと口を動かし、わずかに目元を緩めた。
「まぁ、悪くはないわね」
「だよな。前よりもさらに美味しくなってる気がする」
「回を重ねれば、上達するのは当然よ」
凛々華はなんでもないように言って、カップに口をつけた。
「熱っ……!」
「大丈夫か?」
「え、えぇ」
動揺を抑えるように、凛々華がそっとカップを置いた。
「氷舐めとくといいぞ」
「これくらい平気よ」
凛々華がわずかに唇を尖らせる。
「いや、一応冷やしておいたほうがいいと思う。やって損はないしさ」
「……わかったわよ」
凛々華はため息まじりにそう言い、憮然とした表情で立ち上がった。
(強がる子供みたいだな)
その背中を見て、蓮は自然と微笑んでいた。
「やっぱり、凛々華って意外とおっちょこちょいだよな」
戻ってきた凛々華を揶揄ってみると、彼女は黙ってクッキーの乗ったトレーに手をかけた。
「待って、悪かったって!」
蓮は思わず腰を浮かせ、焦ったような声を出した。
凛々華はやれやれと言わんばかりに肩を落とすと、ソファーに腰を下ろした。
蓮は胸を撫で下ろし、クッキーを一枚つまむ。
紅茶を口に含み、もう一度ゆっくりと息を吐き出してから、凛々華に向き直った。
「——凛々華」
凛々華がゆっくりとこちらを向く。
「ありがとな、心配してくれて。おかげですっかり気が楽になったよ」
蓮は頭を下げた。
凛々華は目を細めてうなずくか、照れ隠しをすると思ったが——そのどちらでもなかった。
じっとこちらを見つめて、ぽつりと問いかけてきた。
「本当に?」
「……えっ?」
蓮は目を瞬かせた。
「本当に、もうなんとも思っていないの?」
「っ——」
真剣な眼差しに射抜かれ、蓮は言葉に詰まった。
凛々華は静かな口調で続けた。
「差し出がましいかもしれないけれど、話してもらえないかしら。中学で、何があったのか」
「それは……」
蓮は視線を彷徨わせた。
凛々華の口調が熱を帯びる。
「誰かに聞いてもらうだけでも楽になることだって、きっとあるはずよ。——あなたの中で割り切れているのなら、それで構わないけれど」
彼女は逃げ道を提示しつつも、蓮が未だ引きずっていることを確信しているようだった。
蓮は苦笑いを浮かべつつ、肩をすくめた。
「……敵わねえな、凛々華には」
「蓮君がわかりやすいだけよ」
凛々華がふっと眼差しを緩める。
「楽しい話じゃねえぞ?」
「わかっているわ」
蓮を見据えるアメジストの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
(本当に、敵わねえな……)
蓮は呼吸を整え、ゆっくりと話し始めた。
仕方のないことだったと何度も割り切ろうとして、それでも胸の奥に留まり続けた、その記憶を。
「中二になったとき、ミラって女の子がイギリスから転校してきてさ——」
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