表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
118/195

第118話 望まぬ再会

「想像してた以上におしゃれだったわね。落ち着いた雰囲気も、よかったわ」


 凛々華(りりか)は穏やかに目を細めながら、どこか誇らしげに言葉を紡いだ。

 (れん)も頬を緩めてうなずく。


「完全に俺ら好みだったな。ケーキも美味かったし……ありがとな、見つけてくれて」

「たまたまSNSで流れてきたのよ。AIのアルゴリズムのおかげね」


 口調こそ淡々としているが、声色はどこか弾んでいる。


「そうだな」


(楽しんでくれたみたいで、よかった)


 蓮が肩の力を抜いていると、凛々華がふと思い出したように口を開く。


「また、あの水族館のカフェにも行きたいわね」

「あぁ……あそこか」


 付き合う前、(めぐみ)からチケットをもらって訪れた思い出の場所だ。

 初めて二人で写真を撮った場所でもある。


「……また、ツーショット撮るか?」

「恵さんの指令で?」


 凛々華がクスッと笑う。

 蓮は慌てて首を振った。


「ち、ちげえって」

「ふふ、わかってるわよ」

「ったく……」


 蓮はため息を吐いた。

 付き合ってからわかったことだが、凛々華は素直ではないものの、意外と積極的で、小悪魔じみたところがある。

 存外、素の性格は明るいのかも知れない。


(俺も、もう少しちゃんとしないとな)


 蓮が密かに決意をしていた、そのときだった。


「——あれ、蓮じゃね?」


 その声を聞いた瞬間、蓮の表情が固まった。

 目の前に現れたのは、中学時代の同級生——宗太郎(そうたろう)と、その取り巻きたちだった。


「えっ、めっちゃ可愛い子連れてんだけど!」

「マジじゃん! 釣り合ってねー!」


 制止する間もなく、宗太郎たちは口々に(はや)し立ててきた。


「なに、蓮の彼女?」

「そうだけど」


 蓮がうなずくと、宗太郎たちはどよめいた。

 ——それは、決して友好的なものではなかった。

 

「おいおい、また罰ゲームの告白本気にしてんのかよ!」

「少しは学べって!」

「いい加減、現実見ろよ!」

「……何を言っているの?」


 凛々華が不愉快そうに眉をひそめると、宗太郎は得意げに鼻を膨らませ、蓮を指さした。


「こいつ、中学ん時に、俺らが命令した女の告白真に受けて、恋人つなぎとかしてたんだぜ?」

「マジでウケるよな〜。あの写真、見るたびに笑っちまうもん!」

「動画で残ってたら、絶対バズってたよな!」」

「うわっ、確かに!」

「惜しいことしたわ〜」


 宗太郎たちは手を叩いてゲラゲラ笑った。


「てかさ、あんたも嘘告なんだろ? それなら早く言ってあげたほうがいいぜ? 非モテ陰キャたぶらかすのも楽しいだろうけど——」

「——黙れよ」


 蓮は凛々華を背に隠すように、一歩進み出た。


「……あっ?」

「今の言葉、取り消せ。凛々華はそんなことをするやつじゃねえから」

「「「っ……」」」


 蓮が睨みつけると、宗太郎たちが言葉を詰まらせる。

 しかし、自分たちから絡んだ手前、引くわけにはいかないのか、無理やり口角を吊り上げた。


「は、はーん、なにお前、格好つけで大物釣ったのか?」

「彼女さん、見る目ないねー」

「忠告しとくけど、こいつといるとマジで損するぜ? 空気読めねえ陰キャだから」

「中学でもハブられてたもんな〜。マジで浮いてたし」


 みんなで悪口を言うことで心の余裕を取り戻したのか、宗太郎たちは再び見下すような笑みを浮かべていた。

 しかし、


「そう。それで?」

「……はっ?」


 凛々華の冷ややかな一言に、宗太郎が間抜けな声を漏らした。取り巻きも、呆気に取られている。

 凛々華は嘲笑すら浮かべず、無感情に続けた。


「他人を見下して楽しんでいる時点で、あなたたちの言葉に耳を貸す価値なんてないと思うのだけれど」

「な、なんだよっ、お前も正義のヒーロー気取りか?」


 予想外の反論だったのか、宗太郎が声を震わせた。


「ハッ、わかったぜ! こいつら、どっちも浮いてんだよ!」


 取り巻きの一人が得意げに言い放つと、彼らはわっと盛り上がった。


「うわっ、ハブられもん同士がくっつくとかキツっ!」

「イタすぎるって!」

「陰キャカップル爆誕! パチパチパチ〜」

「見てらんねーな!」


 怯えてしまったことを誤魔化すためか、流れを引き戻したいのか、宗太郎たちは再び手を打ち鳴らし、大口を開けて笑った。

 しかし、その頬はひきつり、目線は蓮と凛々華を直視できていなかった。


(あぁ……)


 蓮の心が、急速に冷えていく。


「……凛々華、行こう」

「えぇ」


 淡々と促すと、凛々華も迷いなく踵を返した。


「おい、逃げんのかっ?」


 宗太郎のやや裏返った声が、背後から飛んでくる。

 蓮は静かに振り返った。


「——あっ?」

「「「っ……!」」」


 宗太郎たちの顔に、明確な怯えが走った。

 額からは汗が流れ、目が忙しなく揺れる。今度は強がる余裕すらもないようだ。


 それはそうだろう。これ以上絡んでくるなら本気で潰すつもりで、最後の警告として睨みつけたのだから。

 やんちゃをしていた経験の賜物(たまもの)だ。


(……皮肉なもんだな)


 ため息を吐いて、再び歩き出す。

 後ろから、もう声は聞こえてこなかった。


 蓮は少し経ってから、ぽつりと謝罪の言葉を漏らした。


「……気を悪くさせてごめんな。せっかくのデートなのに」

「あなたのせいじゃないことくらい、わかってるわ」


 つないだ凛々華の手が、ほんの少しだけ強く握られる。


「それより、この後まだ時間あるでしょう?」

「えっ? まぁ、あるけど——」

「なら、家に来なさい」


 凛々華の口調は鋭かった。

 蓮はかぶりを振った。


「いや、大丈夫だよ。別に過去のことだし」

「いいから来て——お願い」


 その言葉には、いつもの冷静さとは違う、どこか切実な響きがあった。


(初めてかもな……ここまで感情的な凛々華は)


 蓮がしばし呆然としていると、ネガティヴな意味に捉えたのか、凛々華がそっと視線を伏せた。


「迷惑だったら、断ってもらっても構わないけど」

「いや、行かせてもらうよ」


 気づいたときには、蓮はそう口走っていた。


「っ……!」


 凛々華が息を呑んだ。

 正面を向いたまま、呆れたようにつぶやく。


「最初から、そういえばいいのよ」

「……意外と強引だよな、凛々華って」

「蓮君に言われたくはないわ」


 凛々華が鼻を鳴らした。

 歩き出しても、逃がさないとでもいうように、彼女の手には力が込められたままだった。


(……あったけえな)


 指先から伝わる、包み込むような温もりに、蓮は無意識にホッと息を漏らしていた。




「そこで待ってて」


 凛々華は蓮をソファーに座らせると、台所に姿を消した。

 かと思えば、ひょこっと顔を出して、


「紅茶、ミルク入れるわよね?」

「あぁ、悪いな」

「私が飲みたいだけよ」


 サラリとそう言い、今度こそ引っ込んだ。

 ポットの唸り声が聞こえる。少し経って、凛々華はティーカップを両手に持って現れた。

 それらをローテーブルに置く所作は、流れるようで無駄がない。


「……なに?」

「いや、動きが様になってんなって思って」

「二ヶ月もカフェで働いているのだから、これくらい普通だと思うけれど」


 凛々華は澄ましてみせるが、耳の先はほんのり赤くなっていた。

 もう一度台所へ向かうと、今度はトレーを運んでくる。見覚えのある色と形のクッキーが乗せられていた。


「あっ、凛々華、それ……」

「文句は受け付けないわよ」


 どうやら、手作りで間違いなさそうだ。


「もらう側なのに、文句なんか言わねえよ」


 蓮は苦笑しながら一つを手に取った。


「ん……うんまっ」

「……少しオーバーじゃないかしら?」


 凛々華が半眼を向けてくる。


「いや、マジでうめえよ。凛々華も食ってみろって」

「……私が作ったのだけれど」


 凛々華は呆れたように言いながら、手を伸ばす。

 もぐもぐと口を動かし、わずかに目元を緩めた。


「まぁ、悪くはないわね」

「だよな。前よりもさらに美味しくなってる気がする」

「回を重ねれば、上達するのは当然よ」


 凛々華はなんでもないように言って、カップに口をつけた。


「熱っ……!」

「大丈夫か?」

「え、えぇ」


 動揺を抑えるように、凛々華がそっとカップを置いた。


「氷舐めとくといいぞ」

「これくらい平気よ」


 凛々華がわずかに唇を尖らせる。


「いや、一応冷やしておいたほうがいいと思う。やって損はないしさ」

「……わかったわよ」


 凛々華はため息まじりにそう言い、憮然(ぶぜん)とした表情で立ち上がった。


(強がる子供みたいだな)


 その背中を見て、蓮は自然と微笑んでいた。


「やっぱり、凛々華って意外とおっちょこちょいだよな」


 戻ってきた凛々華を揶揄ってみると、彼女は黙ってクッキーの乗ったトレーに手をかけた。


「待って、悪かったって!」


 蓮は思わず腰を浮かせ、焦ったような声を出した。

 凛々華はやれやれと言わんばかりに肩を落とすと、ソファーに腰を下ろした。


 蓮は胸を撫で下ろし、クッキーを一枚つまむ。

 紅茶を口に含み、もう一度ゆっくりと息を吐き出してから、凛々華に向き直った。


「——凛々華」


 凛々華がゆっくりとこちらを向く。


「ありがとな、心配してくれて。おかげですっかり気が楽になったよ」


 蓮は頭を下げた。

 凛々華は目を細めてうなずくか、照れ隠しをすると思ったが——そのどちらでもなかった。

 じっとこちらを見つめて、ぽつりと問いかけてきた。


「本当に?」

「……えっ?」


 蓮は目を瞬かせた。


「本当に、もうなんとも思っていないの?」

「っ——」


 真剣な眼差しに射抜かれ、蓮は言葉に詰まった。

 凛々華は静かな口調で続けた。


「差し出がましいかもしれないけれど、話してもらえないかしら。中学で、何があったのか」

「それは……」


 蓮は視線を彷徨わせた。

 凛々華の口調が熱を帯びる。


「誰かに聞いてもらうだけでも楽になることだって、きっとあるはずよ。——あなたの中で割り切れているのなら、それで構わないけれど」


 彼女は逃げ道を提示しつつも、蓮が未だ引きずっていることを確信しているようだった。

 蓮は苦笑いを浮かべつつ、肩をすくめた。


「……敵わねえな、凛々華には」

「蓮君がわかりやすいだけよ」


 凛々華がふっと眼差しを緩める。


「楽しい話じゃねえぞ?」

「わかっているわ」


 蓮を見据えるアメジストの瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。


(本当に、敵わねえな……)


 蓮は呼吸を整え、ゆっくりと話し始めた。

 仕方のないことだったと何度も割り切ろうとして、それでも胸の奥に留まり続けた、その記憶を。


「中二になったとき、ミラって女の子がイギリスから転校してきてさ——」

「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は、ブックマークの登録や広告の下にある星【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にしてくださると嬉しいです!

皆様からの反響がとても励みになるので、是非是非よろしくお願いします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ