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第114話 負けず嫌い

誤字報告ありがとうございます!

 文化祭の準備が続くある朝、(れん)はいつものように凛々華(りりか)を迎えに来ていた。

 しかし、心臓の鼓動は普段よりも少しだけ、早く脈打っている。


 チャイムを鳴らすと、すぐに玄関の扉が開いた。


「お、おはよう」


 凛々華の声は少し硬かった。表情にも、どこか緊張がにじんでいる。


「よう」


 蓮は一度目を逸らし、ふっと息を吸ってから続けた。


「——()()()

「っ……!」


 凛々華の肩が小さく跳ねた。

 引きつっていたその頬が緩み、みるみるうちに桜色に染まっていく。


 それを見て、蓮も胸のあたりが妙に落ち着かなくなる。

 ほんのり気まずい沈黙が流れ——


「じゃ、じゃあ、行くか」

「そ、そうね……()()

「っ——」


 今度は、蓮が息を詰める番だった。

 思わず視線を背けると、隣でくすっと笑う気配がする。


「どうしたのかしら?」

「……本当、凛々華って負けず嫌いだよな」


 じっとりとした目線を送ると、凛々華は顔を赤らめつつも、どこか楽しげな表情で肩をすくめた。


「蓮君に言われたくはないわ」

「……それもそうか」


 一拍置いて、二人は同時に笑い出した。

 張り詰めていた空気が和らぎ、いつもの空気感が戻ってくる。


「学校ではどうする? 今まで通り、苗字で呼び合うか?」

「私はどちらでも構わないけど……蓮君の、呼びたいように呼んでくれれば」


 凛々華がわずかに瞳を伏せた。

 淡々とした口調だったが、その表情に一抹の寂しさが混じっているように見えた。蓮は慌てて付け加えた。


「じゃあ、名前で呼んでもいいか?」

「っ……えぇ」


 喉を鳴らした凛々華は、すぐに澄ました表情に戻ってうなずいた。

 しかし、その口元は緩く弧を描いている。


 蓮はむず痒さを覚え、言い訳めいた口調で続けた。


「ま、いつかはバレるんだし、隠す必要もねえよな」

「そうね。特に二名ほど、騒がしくなりそうだけれど」


 ——凛々華の予想は、見事的中した。


「それ取ってもらっていいか、凛々華」

「「……ええええ⁉︎」」


 蓮の自然な名前呼びに、その二名——夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)は、素っ頓狂な声をあげて目を見開いた。


「い、今、凛々華って呼んだよね⁉︎ いつの間に⁉︎」

「昨日のデートから⁉︎」


 ものすごい勢いで詰め寄られ、蓮は若干引きつった笑みを浮かべながら、うなずく。


「まあ……」

「「おおー!」」


 二人は歓声を上げてハイタッチした。ここまで亜里沙がハイテンションなのも珍しい。

 夏海が身を乗り出して尋ねてくる。


「ねぇ、どっちから提案したの?」

「……俺からだよ」

「ふーん? ……どっちから?」


 夏海が意味深に笑いながら、再び同じ質問を繰り返す。


「いや、本当に俺からだって」

「そうじゃなくて、どっちから? ——柊さん?」


 今度はニヤニヤと凛々華のほうへ視線を送る。


(なるほど。名前で呼ばせたいのか)


 蓮が苦笑する隣で、凛々華が小さくため息をつく。


「……彼よ」

「えー、彼じゃわかんないよ。ちゃんと名前で言ってくれないと——ぐふっ!」


 凛々華の容赦ない手刀が、夏海の脇腹に突き刺さる。

 夏海はその場にうずくまり、呻いた。


「くっ……! これが柊家に先祖代々伝わる秘奥義の威力か……!」

「お望みなら、いくらでも味わわせてあげるけれど? 前にやられてみたいって言っていたわね」

「すみませんでしたっ!」


 再び手刀が振り下ろされそうになり、夏海は間髪入れずに土下座した。

 笑いが広がる中、亜里沙が少し落ち着いた声で尋ねてきた。


「どんな感じで呼び合うことにしたの? 黒鉄(くろがね)君のことだから、別れ際にお願いしたとか?」


 蓮は苦虫を噛みつぶしたような表情になった。


「……なんでわかるんだよ」

「だって、そういうタイプじゃなきゃ、もっと前に告ってるでしょ」

「……」


 蓮は黙り込んだ。ぐうの音も出なかった。

 亜里沙はニヤリと口角を上げる。


「ふふ、やっぱりね」

「……凛々華、水嶋(みずしま)が脇腹チョップしてほしいみたいだぞ」

「その必要はないわ。水嶋さんの言っていることは事実だもの」

「ぐっ……!」


 心なしか追い打ちされた気分になり、蓮はそっぽを向いた。


「ねぇ、どんな感じでデートしたの?」


 今度は、夏海がキラキラと瞳を輝かせながら尋ねてくる。


「それは言わなくていいだろ」


 蓮がため息混じりに返すと、


「え〜っ⁉︎」

「こんだけ待ってあげてたのに、報酬ゼロってひどくない?」


 夏海だけではなく、亜里沙まで不満そうに唇を尖らせ、じりじりと距離を詰めてくる。


「いや……俺らなりのペースで進んでいけばいい的なことを、前に言ってくれてなかったか?」

「それはそれ、これはこれだよ!」

「ペースは任せる。でも、報告義務はちゃんと果たしてもらわないと」


 夏海が腕を組んでフンッと鼻を鳴らし、亜里沙もしたり顔でうなずいた。

 その圧に押されて、蓮は思わず言葉を詰まらせた。


「……(いつき)初音(はつね)は、他人のデートなんて興味ねえだろ?」


 一縷(いちる)の望みをかけて、ここまでほとんど喋っていない樹と心愛(ここあ)に話題を振る。


「えっ? あっ、いや、蓮君の口からはちょっと聞いてみたいかな——いてててて」


 蓮は意地の悪い笑みを浮かべる樹の首に腕を回し、軽く力を入れた。

 夏海が目元を細める。


「相変わらずイチャイチャしてるねぇ」

「柊さん、ライバルがいっぱい——うそうそ、冗談だって」


 静かに手を構える凛々華を見て、亜里沙が慌てて両手を上げて降参のポーズを取った。

 凛々華が苦笑しつつ腕を下ろすと、亜里沙は安心したようにホッと息を吐いた。どうやら、もう「制裁」はこりごりのようだ。


「心愛ちゃんは聞きたいよねっ?」


 流れを引き戻すように、夏海が勢い込んで尋ねる。

 心愛は少し困ったように笑って、首をかしげた。


「興味ないことはないけど……本当に嫌なら、話さなくていいと思うな」


 その言葉に、蓮は少しだけ違和感を覚えた。

 心愛らしい優しい物言いなのに、どこかいつもより距離を感じる。


(ま、初音は彼氏いるし、そこまで恋愛話に飢えていないんだろうな)


 蓮が一人でそう納得しつつ、ふと目を向けると、夏海と亜里沙も少し落ち着いた様子を見せていた。


「まぁ、それはそうだね」

「うん。言わなくてもノリ悪いとか思わないから、そこは安心して?」


 蓮はホッと肩の力を抜いた。


「じゃあ——」

「でも、やっぱり聞きたいなぁ」

「「……えっ?」」


 夏海の言葉に、蓮と凛々華は目を瞬かせた。


「……今、俺たちが解放される流れじゃなかったか?」

「まさかまさか。無理しなくていいってだけで、聞かせてくれるなら喜んで拝聴するよ? 単純に気になるし、今後の参考にもしたいもん」

「うん。それに——」


 亜里沙の鋭い視線が、蓮と凛々華を射抜く。


「二人とも、本気で嫌がってるようには見えないけど。本当は、ちょっとのろけたかったりするんじゃないの?」

「「っ……」」


 彼らは息を呑み、同時にそっぽを向いた。

 ——真っ赤に染まる二対の耳が、何よりも雄弁に答えを語っていた。

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