第11話 陽キャの幼馴染のお説教と制裁(物理)
昼休み。いつもの秘密基地で、蓮は初めて居心地の悪さを感じていた。
「あなた、馬鹿なの⁉︎」
「うっ……」
ベンチで身を縮こまらせる蓮に、凛々華の厳しい叱責が降り注ぐ。
「あんなに挑発したら、低脳の怒りが爆発するのなんて目に見えているじゃない! 怪我でもしたらどうするつもりだったのよ⁉︎」
「わ、悪い……あんまり挑発してるつもりはなかったし、殴られてもいいかなって思ってたからさ」
「何よそれ、もっと自分を大事にしなさいよ!」
凛々華が目に涙を浮かべて叫んだ。
「あっ、違えよ。大翔程度になら、殴られても大丈夫って意味だ」
「……なに、格闘技でもやっているの? 確かに動きはすごかったけれど」
「いや。けど、わりかし喧嘩には慣れてるから」
「どうして?」
蓮は言葉に詰まった。できれば言いたくはなかったが、ここで濁すのは違うだろう。
何より、自分を心配してくれている女の子を安心させるのは、男として最低限の責務だ。
「……昔、ちょっとやんちゃしてたからさ」
肩をすくめて答えると、凛々華の紫色の瞳が驚きに見開かれる。
「……あなたが?」
「少しだけだけどな」
「意外ね。悪ぶりたい時期でもあったの?」
「というか、ヤンキーがどういうものなのか知りたくて」
「……はっ?」
凛々華はぽかんと口を開けて固まった。
(かわいい……って、何考えてんだ俺は)
軽く咳払いをすると、凛々華がふと顔を覗き込んでくる。
「本当に、それだけ?」
「っ……」
蓮は小さく息を呑み——それでも、目を逸らさなかった。
「そうだよ。仲良かった先輩のグループに入れてもらってさ」
「ふーん……まあ、いいわ」
凛々華からのプレッシャーがスッと消える。
蓮は密かに息を漏らした。やはり、彼女と過ごすのは気が楽だ。
「それで、どういうものかはわかったの?」
「環境に恵まれなかっただけのいいやつだってたくさんいるのと、グループ選びを間違えていればえらいことになっていたのはわかったぞ」
「……ひねくれた人だとは思っていたけど、そこまでいくとただの馬鹿ね」
「仕方ねえだろ。どんなものか知りたくなったんだから」
「分別のついていない子供じゃない」
「童心を忘れていないって言ってくれ」
注文をつけると、凛々華の口の端が吊り上がる。
「だから、まだ童貞なのでしょう?」
「な、なんでわかった?」
「えっ……」
彼女は瞳を丸くさせた。自分から指摘したくせに、なぜ驚いているのだろう。
しかし、その表情はすぐに淡白なものに戻った。
「別に、深い意味はないわ。雰囲気的にそうじゃないかと思っただけよ」
「なっ……!」
その言葉は地味にショックで、蓮の心を抉った。
対抗心から、つい言葉が漏れてしまう。
「そういうお前だって、実は処女なんじゃねえのか?」
「う、うるさいわね!」
凛々華が叫んだ。
その薄っすら染まった頬を見て、蓮はすぐに失言をしたと気づいた。猛烈な後悔が襲ってくる。
「……ごめん。今のは、完全に度を超えてた——」
「やめてくれる?」
凛々華にピシャリと遮られ、反射的に顔を上げる。
どこまでもまっすぐな瞳と、視線がぶつかった。
「全部売り言葉に買い言葉で、最初に売ったのも私よ。童貞も処女も同じ。謝る必要なんてないわ」
「……そうか」
一般的ではないかもしれないが、なんだか凛々華らしい主張だ。
今後も、向こうから振ってきた分には、下ネタも乗っかっていいということだろう。
「じゃあ、お互い色々頑張ろう——ぐふっ!」
今度は物理的に抉られ、蓮はうめき声を漏らしながら脇腹を抑えた。
「調子に乗らないでくれる? 殴るわよ」
「もう殴ってるだろ……」
弱々しく返すと、凛々華は腕を組んでそっぽを向いた。
(……普通は「最低!」とか吐き捨てて去っていくもんじゃないのか?)
どころか、どこか居心地の悪そうな表情を浮かべていた。
今更ながら、手を出したことを後悔しているのかもしれない。
「やっぱり、柊っていいやつだよな」
「……急にどうしたのよ。気持ち悪いのだけれど」
「ひでえな。深い意味はねえよ。ちょっとそう思っただけ」
苦笑してみせると、凛々華は小さく鼻を鳴らした。
「でも、まさか手を出してくるタイプだとは思わなかったけどな」
「私の暴力性は相手に依存するもの」
「簡単に言うと?」
「手を出されるようなことを言ったあなたが悪いわ」
さもそれが当然であるかのように、サラリとした答えが返ってくる。
若干理不尽な気がしなくもないが、揶揄う意図があったのは事実なので、抗議はしない。
「でも、あんまり接触が多いと誤解される可能性あるぞ」
「あら、誤解するの?」
「俺はしてねえけどさ」
「なら、いいじゃない。私だって、相手は選んでいるつもりよ」
凛々華がほんのり眉を寄せる。
苛立ちというほどのものではないが、プライドがにじんでいるように見えた。
「確かに。そうじゃなかったら、大翔とか早川は木っ端微塵になってるか」
「……ご所望かしら?」
「そ、そういうわけじゃねえって」
スッと手刀の構えを取る凛々華を見て、蓮は慌てて両手を前に突き出した。
今後は発言に気をつけないと、常に脇腹にアザを作って過ごすことになりそうだ。
……こちらだけが挑発できないというのは、やはり不公平な気がする。
「なんか、仲間ってより主従関係に思えてきたんだが」
「あなたがそう思うなら、そうかもしれないわね」
「……お前、やっぱり元から女王の素質あるだろ」
「その呼び方は金輪際やめてくれないかしら」
凛々華が思いきり顔をしかめる。
演技ではなく、本当に嫌そうだったので、思わず笑ってしまう。
彼女はますますしかめっ面になるが、やがてやれやれというようにひとつ息を吐いた。
今のところは見逃してくれるようだ。
こういう時間も、悪くない——。
自然と、そう思えた。
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