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第101話 クラス会長がグループに加わるようになった

 夏休みの、とある日の午後。


黒鉄(くろがね)君、ちょっと端っこ押さえてもらっていい?」

「あぁ」

「ありがと!」


 (れん)が画用紙の端に手を添えると、結菜(ゆいな)が白い歯を見せて微笑んだ。

 文化祭の準備が進む中、彼女は自然な様子で蓮たちの作業グループに加わることが増えていた。


 友人関係も良好に見えるため——実際、玲奈(れいな)日菜子(ひなこ)と作業をしていることもある——、避暑地を求めているわけではないだろう。

 ただ、蓮はその意図を図りかねていた。


(いつき)の狙いはまあわかるとして、藤崎(ふじさき)(ひいらぎ)とも初音(はつね)とも、特段仲良くねえはずだけど……)


 凛々華(りりか)心愛(ここあ)だけではない。夏海(なつみ)亜里沙(ありさ)とも、親しげに話している姿はあまり見かけない。


(クラス会長として、交流の輪を広げようとしてるのか?)


 蓮が考えを巡らせていると、ドタバタと足音が聞こえてきた。直後——、


「ごめん! 遅れた!」


 夏海が教室に駆け込んできて、両手を合わせて謝った。

 息は荒く、そこかしこからダラダラと汗を流している。


「部活は仕方ないけど、オフの日まで遅刻とは……いい度胸だね、夏海ちゃん?」


 亜里沙が腕を組み、ニヤッと口角をあげた。


「うっ……」


 頬を引きつらせた夏海の判断は素早かった。

 その場に膝をつき、胸の前で合わせていた両手で地面を叩いて、見事な土下座を決めた。


「申し訳ありませんでしたッ!!」

「……そこまでは、しなくていいと思うのだけれど」


 凛々華が苦笑を漏らす。

 そのツッコミに、みんなが笑いかけた——そのとき。


「今の、『ハガレル』の錬成みたいだったよねー!」


 結菜が無邪気に声を上げた。

 その場が一瞬静まり返る。凛々華と心愛、夏海と亜里沙がそれぞれ顔を見合わせ、ぽかんとした表情を浮かべる。


「まぁ、確かに似てたな」


 蓮は短く同意した。

 以前、人気漫画『ハガレル』について、結菜と軽く話をしたことがあった。


「ね! 手を合わせて地面につけるの、みんな一回はやるよねー。黒鉄君もやったことあるでしょ?」

「まぁ、あるけど」

「やっぱり! でも、私は『ハガレル』の中だったら変身系の能力が欲しいかな。黒鉄君はどれがいい?」


 蓮は少し返答に困った。


 ちらりと視線を向けると、凛々華がつまらなそうに机の上の資料をめくっている。

 他の面々も、困ったように笑っていた。


 しかし、結菜は雰囲気の変化に気づいていないように、ニコニコと蓮を見つめている。


「……やっぱり、火は出してみたいと思うけどな」

「そうなんだ! 黒鉄君も男の子だねー」


 結菜は楽しげに肩を揺すった。

 その後も彼女は「あのシーンが好き」「このキャラが格好いい」と、『ハガレル』の話を振ってきた。


 それがふと途切れたとき——、


「黒鉄君」


 スッと、凛々華の声が差し込まれた。

 蓮は体ごと振り向いた。


「なんだ?」

「さっきあなたが貼っていた画用紙、剥がれかけているわよ」

「えっ? ……あ、悪い」


 蓮が立ち上がり、慌てて確認しに行こうとすると、凛々華が後をついてきた。


「……どうした?」

「雑にやらないか、監視しておいてあげるわ」

「信頼ねえな」

「実績があるもの」


 剥がれかけた画用紙を指差し、凛々華がほんのり口元を緩めた。


「……間違いねえな」


 蓮は肩をすくめ、剥がれかけたところにのりを塗っていく。


「ここ、ちょっと塗り残しがあるわ」


 凛々華がスッと指で示した。


「あぁ、ありがとな——」


 蓮はチラリと背後に視線を向けてから、凛々華にだけ聞こえるように、小さな声で続けた。


「——色々と」

「っ……」


 凛々華はわずかに息を詰まらせたが、何も言わず、ただほんの少しだけ視線を逸らした。




 蓮と凛々華が元の作業に戻るころには、結菜は玲奈や日菜子と作業を行なっていた。

 しかし、それから程なくして、彼女は再びやってきた。


「黒鉄君、このあとちょっと付き合ってくれないかな? ちょっと備品持ってきたくて」


 手元の作業を見ながら、蓮は軽く首をひねる。


「重いやつか?」

「ううん、今回はそこまでだよ。でも、ちょっと一人じゃキツそうで……黒鉄君が手伝ってくれたら安心だから」


 結菜は小首を傾げて、はにかむように笑った。


「もう少しでこれ終わるから、それからでいいか?」

「うん、大丈夫だよー。じゃあ、終わったら——」

「それなら、私が一緒に行こうかしら」


 さらりと割って入ったのは凛々華だった。


「え?」


 結菜が目を瞬かせた。意外さを隠せていない表情だ。

 だが、凛々華は淡々と続ける。


「作業も一区切りついたし。力仕事でもないのなら、早めに済ませたほうが気持ちがいいでしょう?」


 あくまで提案の形を取っていたが、どこか有無を言わせぬ気配があった。

 結菜は一瞬口をつぐみ、視線を彷徨わせた。

 しかし、すぐに笑みを浮かべると、


「うん、そうだね! 黒鉄君、今ちょっと手が離せなさそうだし……急かしちゃってごめんね?」


 結菜が身を屈め、蓮に向かって両手を合わせる。


「いや、気にすんな」

「うん、ありがと! じゃあ、柊さん。いこっか」

「えぇ」


 凛々華は落ち着いた声で答えると、結菜とともに教室を出ていった。

 その背中が見えなくなっても、蓮はしばし手を止めて考え込んだ。


(藤崎の曖昧な態度は、まだわかるけど……)


 先程の凛々華は、いつになく強引だった。

 普段から樹が萎縮してしまうほどのオーラを放っているが、先程は明らかに圧をかけていた。

 いつもニコニコ笑っている結菜の表情が崩れたのが、その証拠だ。


 何か、狙いがあるのだろうか——。


(柊、まさか……)

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