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第10話 陽キャの迷推理

「何してるって……普通に登校してるだけだが」

「ふざけんな! なんで、てめーごときが凛々華と一緒に来てんのかって聞いてんだよっ!」

「近所だから、そういうこともあるだろ」


 凛々華から誘ってきたことは伏せたが、焼け石に水だったようだ。


「てんめえ……!」


 大翔は目を血走らせ、胸ぐらに手を伸ばしてきた。

 以前と違って油断していなかった蓮は、余裕を持ってそれをかわそうとしたが、


 ——バチン!

 その前に、凛々華が大翔の手を叩き落とした。


「なんだなんだ?」

「黒鉄が柊さんと登校してきたらしいぞ」

「今、柊さんが大翔の手を叩いたよな?」


 ざわざわと波紋のような声が広がる中、凛々華は手を振り下ろしたまま、大翔をまっすぐに睨みつけた。

 大翔は一瞬たじろいだものの、すぐに見下すような笑みを浮かべる。


「……凛々華、やっぱまだ喧嘩のこと根に持ってんだろ? だから、当てつけで黒鉄と一緒に来た。いい加減、ガキみてーなことはやめろって」

「自分の都合のいいように解釈して逃げるほうが、よっぽど子供らしいのではなくて? ——いえ、それは子供に失礼ね」

「なに……⁉︎」

「何度でも言ってあげるけど、私は喧嘩を根に持つほど、あなたとの関係にこだわっていないの。いい加減、現実を見なさい」

「……ハッ、そういうことかよ! アッハッハ!」


 大翔は突然、狂ったように笑い始めた。ショックでイカれてしまったのだろうか。

 彼はこちらに視線を向けてくると、凛々華をあごで示す。


「おい、黒鉄。こいつになにをした?」

「……いきなりどうした?」

「ハッ、相変わらず、ポーカーフェイスだけは一丁前だなぁ。でも、俺の目を誤魔化せると思うなよ」


 大翔は得意げに口角を吊り上げる。まるで、真犯人を追い詰める探偵みたいだ。


「おかしいとは思ってたが、今のではっきりしたぜ——てめえ、なにか弱みでも握って、凛々華を脅してんだろ?」

「……はっ?」


 どういう思考でそんな結論に至ったのだろう。これはこれで、なかなかの推理力だと言わざるを得ない。麻酔銃でも打ち込むべきだろうか。

 呆気に取られた蓮の反応を、大翔は図星だと解釈したらしい。


「おっ、余裕がなくなってきたか? 残念だったなぁ、俺らはちょっとした喧嘩程度で崩れる関係性じゃねーんだよ。凛々華が俺よりお前を選ぶなんてこと、あるはずねーだろ!」

「それな〜」

「何か裏があるに違いねえ!」

「それで得意げに澄ましてるの、キモすぎなんですけどぉ」


 大翔の決めゼリフに、取り巻きたちも一斉に追従する。

 さすがに、少しだけムカついた——金魚のフンではなく、大翔に対して。


「お前は、柊のなにを知ってるんだ?」

「あっ? な、なんだコラァ!」

「柊がどう思っているかを、お前が決めつけるのはおかしいって言ってるんだ。それに、他の男と登校するくらいは普通にあるだろ。恋人でもねえんだからな」

「なっ……! だ、だからって、俺よりてめーが上になるはずねーだろうが! 非モテ陰キャが勘違いしてんじゃねーぞ!」


 大翔が力任せに机を叩いた。もう理論がめちゃくちゃだ。


(こうなったら、なにを言っても無駄だな)


 蓮がこの場を収める方向に舵を切ろうとしたとき——さらなるガソリンが注がれた。


「そんな関係性、築いたつもりはないのだけれど」

「「「っ……!」」」


 その場の全員が、凛々華に驚愕の表情を向けた。

 蓮は遠い目になった。この流れ、見たことある気がする。


「はっ? ど、どういうことだよ⁉︎」

「言葉通りよ。私は別に、あなたと登校したくてしていたわけじゃない。そもそも、私が誰と何をしようと、あなたには関係ないでしょう? ただの幼馴染で、それ以上でもそれ以下でもないのだから」

「なっ、り、凛々華⁉︎」


 大翔が震える指で、蓮を指差す。


「お前っ、やっぱりこの陰キャに何か弱みでも握られてんだろ⁉︎ そしたら俺がっ……」

「心配無用よ。趣味が共通していて、登校ルートと時間帯もかぶっているから一緒に来ただけの話だもの。根拠もないのに決めつけないでもらえる? ——不愉快だわ」

「なっ……!」


 大翔は怒りで耳元まで真っ赤になった顔を、さらに歪めた。

 その場の空気も、完全に凛々華に呑まれていた。


 こうなってしまっては、もはや丸く収めることなど不可能だ。

 ならば、この際こちらも言いたいことを言わせてもらう。——相手は大翔たちではなく、他のクラスメイトだが。


「みんな、今一度自分たちがどうすべきか考えたほうがいいぞ。大翔たちが間違ってるって、頭では理解してるだろ? でも、自分もハブられるのが怖くて行動できない。違うか?」


 問いかけに対して、小馬鹿にするような笑みを浮かべる者もいた。ただ、その人たちを含めて、ほとんどが視線を逸らした。

 それこそが、何よりも明確な答えだろう。


「今がターニングポイントだ。加担するのはもちろん、静観だって立場としては肯定と同じだからな」

「ハッ! な、何がターニングポイントだよ! 格好つけやがって、ダッセーの!」

「そ、そうだよ! スカしてんじゃねーぞ!」

「鳥肌なんですけどぉ!」


 大翔の声も、賛同する取り巻きの声も、一様に震えていた。

 蓮は何も答えなかった。その必要性を感じなかったからだ。


「——お、おい、てめえ! 何無視してんだよ⁉︎」

「えっ? あぁ、悪い。もしかして、今のは俺に意見を求めていたのか?」

「なっ……! い、いい加減舐めてんじゃねえぞ、クソ陰キャがぁ!」


 大翔が拳を振り上げた。もはや完全に、理性を失っているようだ。


「黒鉄君っ!」


 凛々華が焦りの表情を浮かべて叫ぶ。

 しかし、張本人である蓮は冷静だった。


(さすがの運動神経だな)


 感心しながら、軽く身体を後ろに反らす。

 大翔の拳は空を切り、バランスを崩して前のめりにぐらついた。力任せに腕を振れば、自然とそうなる。


「やめておけ。最悪、退学もあり得るぞ」

「ふ、ふざけんなこの野郎!」


 大翔がさらに殴りかかってこようとする。

 もはや蓮のことしか見えていないようだ。あいにくとノーマルなので、男子に執拗に迫られても困ってしまう。いや、たとえ女子であっても、こんな歪んだ執着は勘弁願いたいが。


「お、おい大翔っ、落ち着け!」


 取り巻きの一人が背後から羽交い締めにした。その動きが見えていたからこそ、蓮は自分から取り押さえようとはしなかったのだ。

 ついでに言えば、周囲に「大翔が一方的に殴りかかった」と思わせておく狙いもあった。


 一人が動いたのを皮切りに、他の取り巻きもボスの暴走を止めようとする。

 それでもなお、大翔は蓮を見据えて暴れた。


「なんだてめえらっ、離せよ! ボコしてやらなきゃ気が済まねえだろーが!」

「いや、今はまずいって!」

「めっちゃ見られてっから!」

「あぁ⁉︎ なっ——」


 そこでようやく、大翔もギャラリーが廊下に集まっているのに気づいたようだ。

 さすがに、これ以上の騒ぎが何を意味するのかはわかったのだろう。


「……クソがっ!」


 大きく舌打ちをこぼし、彼は乱暴な足取りでその場を去っていった。

 ——取り巻きを含め、後を追う者はいなかった。




 それから程なくして、重苦しい空気の中、チャイムが鳴った。


「はい、みんな席につけ……」

「——セーフ!」

「だねぇ〜」


 前の扉から先生が入ってくると同時に、二人の男女が後ろの扉からドタバタと駆け込んできた。

 蒼空と心愛だ。


「初音と青柳、お前らは相変わらずだな……」


 先生が苦笑する。

 このクラスの一時間目を担当する先生たちにとっては、もはや見慣れた光景だろう。


「私はいつもギリギリセーフだよね?」


 心愛が授業の準備をしつつ、コソッと話しかけてくる。


「言っちゃ悪いけど、どんぐりだろ」

「私は身長制限ギリギリ突破してるもん。この差はでかいよ」


 心愛が得意げに胸を張る。そんなことをしなくても目立つその部分とは対照的に、体格自体は小柄なので、本来の意味でも身長制限はギリギリなのではないだろうか。

 さすがに怒られそうなので口には出さないが、ジェットコースターのイラスト付きの身長測定器で背伸びをしている彼女を想像すると、少し笑みがこぼれてしまう。


「黒鉄君。今、変なこと考えてたでしょ」

「ま、まさか」

「ホントかなぁ〜?」


 心愛はニヤリとイタズラっぽく笑うが、ふと真面目な表情になり、前方に視線を向けて声を潜める。


「ねぇ。凛々華ちゃん、なんか怒ってる?」

「あー……」


 否定するには、凛々華の背中から不機嫌オーラがあふれ出してしまっていた。

 心愛がふと、一つの空席に目を向けた。


「もしかして、金城君がいないのと何か関係してたり?」

「……まあ、ちょっとな」


 蓮は苦笑いを浮かべた。先程の指摘もそうだが、心愛はほんわかしているように見せて、結構鋭いのだ。

 間もなくして、先生も大翔の不在に気づいた。


「あれ、金城はどうした?」


 教室が少しざわつく。

 答えたのは、クラス会長の藤崎(ふじさき)結菜(ゆいな)だ。


「さっき教室を出ていったきりです」

「ついにサボるようになったか……」


 それだけなら、まだかわいいものなのだが。


 とてもこのままでは終わらない予感がして、自然と身が引きしまる。

 ——もはや、蓮が耐えればいいというだけの、単純な問題ではなくなっているのだから。




「俺よりあのクソ陰キャを選ぶなんて、あるはずねーだろうが……!」

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