最速で弁当を届けます
「ぜぇ。ぜぇ」
「フゥー何とかやりましたねぇ」
“レイちゃんめっちゃ疲れてる”
“こんなに長時間もレイちゃんが見れて嬉しい!”
“休憩中ずっとレイちゃんが画面に映って最高!”
“くろきん要らん”
“お疲れ様でした”
“最後のタイムは?”
“どうなったの?”
“教えてケロー”
試行回数4回。攻略時間49分3秒。
「記録更新、目標達成」
「いえーい!」
バタン、と地面に仰向けに倒れる彩月さん。
休憩を挟んでやっていたとは言え、初めてでダンジョンの周回は疲れたのだろう。
心身共に休めて頂きたい。
“やった!”
“おめでとう!”
“レイちゃんが1日でボスを4回もワンパンしたのか”
“もう周回効率上げた方が儲かるのでは?”
“レイちゃんが汗かいてる。エロい”
“おめでとうございます”
“このタイムを塗り替える人現れるかな?”
“次はどのダンジョンに行くんだ?”
夜も深けたので、帰る事にした。
「くろきん1つ、言いたい!」
「何かね?」
「2回目で記録更新したのにどうして何回も挑む!」
「そりゃあ2回目で縮めたのは3秒。さらに刻めると思ったからだ。どれだけ短いタイムを叩き出すか、それがRTAだ」
「そうだけど。明日絶対筋肉痛だよ!」
「俺も最初の方はそうだった。頑張れ」
ブーブー、と文句は言われたがその顔は晴れ晴れとしていて嬉しそうだった。
彩月さんのエンチャントもフル活用してこの時間。
「もっと性能の良い道具や武器があれば、もっと短いタイムが出せたかもな」
「再挑戦するの?」
「いや、それだと動画的につまらないだろ。次の攻略対象を考えておく」
「はーい。締めますか」
「そうだな」
俺達はカメラを置いて、カメラに向かってお別れの挨拶を言う。
「「ご視聴ありがとうございました! 高評価、チャンネル登録、よろしくお願いします」」
“画面が2つになった!”
“画面切り替えがあったりして何事?”
“これもくろきんの能力なんかね?”
“基本はレイ視点だったけど”
“乙です”
“さいなら〜”
“チャンネル登録しました”
“これからも応援してます”
“レイちゃんを返せ”
“また次回”
“レイちゃん、それでも僕は応援してます”
“早く次の配信!”
配信を終え、荷物を片付ける。
「にしても、私に向けてのコメント最後まで残ったね」
「そうですね。ひたすらに俺へのヘイトが向いてました」
「お疲れ様です」
「そちらこそお疲れ様です。お風呂の時に身体マッサージしてくださいね」
「はい。画面切り替えって幸時がやってたの?」
「そうですよ」
【アーカイブ】の情報処理の力を使えば可能なのだ。
これならカメラマンの仕事があると思われがちだが、カメラに専念する人はモンスターに襲われやすいために自己防衛の強さが必要だ。
低ランクならともかく、高ランクではただの餌なのでそんな仕事は舞い込んで来ない。
結局画面切り替えとかも編集者などが居れば問題ない訳だからな。
「それじゃ、帰ろっか」
「そうですね」
帰路に着いた俺に彩月さんはグイグイっと裾を引っ張る。
「祝初ライブ成功って事で、打ち上げしません?」
「彩月さん未成年でしょ」
「お酒は嗜まないよ。ファミレス。あ、割り勘ね」
「えぇ」
「本っ当に残念そうな顔するね」
そりゃあ、タダ飯よりも嬉しい事は無いからな。
だが、せっかくの誘いなので割り勘でも共に食事をしよう。
一緒にライブした仲だしな。
「そうだ。壊れた武器廃棄して来ます。この近くに武器屋あるので引き取ってくれると思うので。先にファミレスで席確保お願い」
「了解です」
俺はファミレスで2名と彩月さんの苗字を書いて待つ事に。
休日と時間帯的に人が多く、かなり待つ事になりそうだった。
彩月さんも合流したタイミングで呼び出される。
「あれ、私の苗字!」
「何かあった時用に」
「おいおい。結構最低だな」
「そうかもですね」
「自覚あるんですね」
その後、2人で食事をしながら会話し、成果を確認した。
「初回ライブで最高同接3000超え⋯⋯チャンネル登録者は1234人、高評価は191。上々だね」
「そうですね。底辺が集まったチャンネルにしては上出来ですね。この調子で今後もよろしくお願いします」
「フフ。私がお誘いしたんですよ。当たり前じゃないですか」
握手をする。
攻略中はあまり気にならなかったが、彩月さんの指は細くて手は柔らかく暖かった。
「えっと、何か?」
「いえ。この柔らかい手からボスモンスターを一撃で屠るパワーが出ているのかと思うと、不思議で」
「イザナミの加護の賜物ですね。エンチャントを重ねがけすれば理論上無限に火力は伸びます⋯⋯ただ、武器や身体が耐えられないので限界があるだけです」
「尋常じゃない強さですよね。なぜ配信者に?」
「それは⋯⋯笑わないでくださいね?」
俺は笑わない、その意志を強く見せた。
恥ずかしさを誤魔化すように目を逸らしつつ話してくれる。
「目的はやはりお金集めです。先日話した通り家出中でして。一度ギルドにも所属したのですが反りが合わず抜けて、配信している理由は⋯⋯私が配信者に憧れていたのが大きいかと思います」
「憧れですか?」
「はい。自由でキラキラしていて、私にとってはアイドルみたいな人達で。私もそうなれたらって⋯⋯結果が今なんですか? 変ですかね?」
「いえ。むしろ普通過ぎで笑い所が無いので困ってます」
「なんそれ。サイテー」
そう言いながらも、顔は少し微笑んでいる。
「幸時は?」
「金目的。それ以上でもそれ以下でも無い」
「シンプルだな」
「それが俺ですから」
「そっか。ま、これからも頑張ろうって事で今日はもう解散?」
「そうですね。また何かあったら連絡します」
「SNSのDMだけじゃ不便なので、メッセンジャーアプリの連絡先交換しない?」
「分かりました」
連絡先を交換して、俺達は解散した。
家出理由とか、そんなの聞くつもりは無い。それが良好な関係構築だと思うから。
ただやはり、彼女の力ならばギルドに引っ張りだこだ。
どうして所属しないのか⋯⋯気になるところ。
一度入ったと言っていたが、そこで何かあり嫌気がさした、のかもしれない。
「話してくれるまで、待つしかないか」
家の扉を開けて中に入る。
「ただ⋯⋯い、ま」
正面に仁王立ちする、闇に溶け込んでいる妹の莉耶。
「おいおい。電気をつけないと怖いじゃないか。漆黒の髪なんだから余計に⋯⋯」
電気を付けて、長く黒い髪と闇に隠された莉耶の顔を見た。
⋯⋯能面の様に無表情で感情を持ってないような、顔だった。
「はは。マイシスター激おこかな?」
「⋯⋯外でご飯食べたの?」
「あ、うん。そうなの」
「どうして?」
「⋯⋯配信で盛り上がって」
ガリっ、歯を噛み締める音がした。
莉耶の後ろで弟の竜也が階段を登っているのが見えて、助けを求める眼差しを向けた。
フル無視で2階へと上がった。
⋯⋯あれは彼も怒ってますね。いつもなら助けてくれた。多分。
「兄さん目を背け無いで」
「はい」
「外で食べるなら連絡して。ずっと待ってたんだよ? ご飯作って待ってたよ。明日の学校があるから先に食べたけど」
「ごめんなさい」
「なんで連絡しなかったの。外で食べるなら連絡の1つもあって良いんじゃないの。ご飯作ってるこっちの立場も考えてよ」
「本っ当に。ごめんなさい」
「はぁ。明日の朝食べてね。冷蔵庫入れておくから」
「はいっ! 美味しく頂きます! 今日は本当にごめん。テンションが上がって舞い上がって、忘れてたんだ。いつも料理助かってる。美味しいし、栄養も考えられて⋯⋯」
「あっそ。じゃあ次から無いようにして。風呂湧いてるからさっさと入って。その後兄ちゃん呼んでね」
「はい」
「はぁ。こんな事になるなら、ダンジョン攻略なんて辞めれば」
莉耶はそう吐き捨て、リビングに向かった。
俺はいそいそと風呂場へ向かい、空の籠に今日の汚れた服を入れた。
身体を洗い、湯船に浸かる。
「はぁ〜〜〜。何してんだよ俺。冷静じゃなかったなぁ」
いつも家事を母代わりでやってくれているのに、連絡を忘れるとは。情けない。
翌朝。
昨日の晩御飯を食べようとリビングに向かうと⋯⋯机の上に莉耶の弁当箱が置いてあった。
「忘れ物か。珍しいな。⋯⋯時間的に駅に向かってる最中。⋯⋯学校まで届けるのはさすがに迷惑か。なら、駅で渡す。俺ならできる。最速で追い付く。弁当配達RTAだ!」
◆◆◆
「やっほーマヤ!」
「⋯⋯」
「あれ怒ってる?」
「怒ってない」
「何があったのさ」
「聞いてくれる?」
「うん。親友だからね」
親友は不機嫌な莉耶の話を聞いてくれた。
話す度に怒りが込み上げてくるのか、段々と言葉使いが荒くなる。
「本っ当にいつもは家で皆で食べるはずなのに。その約束もほったらかして! 別に! 外で食べるのは良いよ! でもさ、一言あっても良いじゃん! こっちだって心配して待ってる訳だしぃ!」
「そうだね。お兄さん悪いね!」
「本当だよ!」
怒りが抜けたのか、俯く。
涙がポツポツと地面に零れ落ちると親友は石のように固まった。
いきなり泣き出せば思考停止は仕方ない。
「晩御飯は家族皆で食べよって、昔からの約束なのに。兄さんは私達の事どうでも良いんだ」
「いやそれは無い」
「あるよ」
「いや無いね。今日までの家族惚気を聞いていればそれは無いって分かるね」
「頑固っ!」
「どっちが!」
電車があと少しで来るタイミングで鞄の重さが普段と違う事に気づく。
怒りと悲しさで気づいていなかったようだ。
「あ⋯⋯兄ちゃんの弁当しかない」
「えっ! 竜也先輩のだけ?」
「うん。私の弁当忘れたっぽい。冷静じゃなかったなぁ」
「分けるから安心して」
「ありがとう。好き」
「はいはい。こっちも大好きですよ〜」
電車がやって来て、乗り込む二人。
「莉耶!」
「ッ!」
大好きな家族の声が聞こえ、振り向く。
あと少しでドアが閉まるタイミングだった。
「これ、弁当!」
ギリギリのタイミングで投げられた弁当を両手で優しくキャッチする。
「兄さんあり⋯⋯」
顔を上げ、感謝を伝える前にドアは閉まってしまった。
「良かったねぇお兄さん気づいてくれて⋯⋯マヤ?」
親友が弁当を抱いている莉耶の顔を覗く。そして一言。
「今日は機嫌が良さそうだね」