遠のく意識、心配する兄妹
アイドルスライム、それが今回ボスの名前である。
ランクはB。
「彩月、立てるか?」
「立たないと、死ぬでしょうが」
簡単に勝てると思い最低限の武器しか持っていなかったため、剣はもう無い。
武器らしい武器は俺が持っている短剣くらいか。
彩月に短剣を渡し、俺は小盾を構えて迫る。
まずは敵の情報を集めるのが先である。同時に地形把握も始める。
「くっ」
アイドルスライムは自分の右手を剣に変えて大きく横薙ぎで振るって来る。
「回避⋯⋯できる!」
スライディングしながら躱し、相手の顔と思われる場所を盾で殴る。
大したダメージでは無いが視界から彩月を外す事がメインだ。
「行け!」
「はああああ!」
背後から接近した彩月が真っ直ぐ短剣を一閃させ、アイドルスライムを真っ二つにした。
“倒せた?”
“余裕だったか?”
“流石レイちゃん”
“逃げろ”
「⋯⋯ッ! 逃げて!」
真っ二つになったはずのアイドルスライムはそのまま拳を俺に飛ばして、吹き飛ばした。
受身を取れず、壁に激突する。
衝撃によりカメラが壊れてしまった。
「ギリギリガードは間に合った⋯⋯けど」
全身に痛みが響き渡り身体を上手く動かす事ができない。
だが、立たないと死ぬ。
「くっそ。なんでだよ」
「これは⋯⋯控えめに言っても大ピンチだ」
アイドルスライムは真っ二つにされた身体を合わせて、元の形に戻る。
身体を分裂させて攻撃を回避したようだ。
自由自在に変わる身体を利用して、物理攻撃を簡単に無効化する。
厄介だ。
「これ」
「え?」
彩月から短剣を返される。
まだ使う事は可能だ。
最大限火力を伸ばすなら彩月が使うべきなのだが。
「私はコレで十分」
拳を手の平にパチンっと打ち付け、豪快に笑う。
その笑顔が俺に勇気をくれる。
「じゃあ、遠慮無く」
「エンチャントは常に掛けてね。油断してると⋯⋯死ぬよ」
「分かってる!」
まずは盾を持つ俺が先行して襲いかかる。
俺の動きを学習したのか、盾を貫通させるように剣を真っ直ぐと突き出した。
俺はギリギリまで刺突を引き付けて回避し、短剣をカウンターで突き出した。
だが、その部分だけ肉体を無くして回避するチート技を利用する。
「だけど!」
それだったら刺突から斬撃に変える。
それすらも回避される。
「ズルっ!」
俺を切り裂くべく振るわれる剣を盾でガードする。
その隙に肉薄した彩月がエンチャントした強靭な拳を突き出した。
見事に命中し、強い衝撃音と共にアイドルスライムを吹き飛ばした。
「ナイス」
「距離潰すよ」
「もちろん」
俺達は同時に迫り、攻撃を仕掛ける。
アイドルスライムも負けじと迫って来て、彩月にパンチを放つ。
回避しつつカウンターを決め、俺も短剣でアイドルスライムを斬り裂いた。
「ダメージ通ってるよな?」
「少しサイズが小さい気がするから⋯⋯大丈夫」
俺達は不安を抱えながら攻防を繰り返す。
すると、徐々に彩月の攻撃を回避し反撃が入るようになった。
「がはっ」
「大丈夫か!」
「集中しろっ!」
「え⋯⋯ぐっ」
彩月が吹き飛ばされ、心配と言う油断により俺もキックが入る。
盾を入れたが完全に衝撃は殺せず、何度目かの壁に激突した。
「やばい⋯⋯意識がっ」
何回も強い衝撃を受けて意識が飛びそうになっていた。
「くっそぉぉおおお!」
彩月が怒りで我を忘れ雑に攻撃をしてしまう。
だが、そのお陰か動きを読まれ回避されずに打撃が入る。それでも2度は無かった。
「ぐっ」
彩月も後ろ蹴りで吹き飛ばされ、立つ様子が無かった。
黒く染って行く視界の中、弱い方を優先的に倒すためか俺の方に歩いて来るアイドルスライムの姿が見えた。
◆◆◆
今日はテストで午前中で帰る事ができ、兄ちゃんも部活が無いので昼には家に帰って来れる。
兄さんも昼に帰って来ると言っていたので平日なのに家族皆で昼ご飯が食べられる。
とても珍しい事だ。少し、嬉しい気持ちになっている。
スキップすらできる気がする。恥ずかしいのでしないが。
「今日は何作ろうかな。テスト終わりで頭使ったし甘い物⋯⋯それはおやつで良いか。昼ご飯どうしよう」
手軽な物は止めておこう。兄さんはダンジョンで疲れているだろうから食べやすい方が良いかな?
色々とメニューを考えながら家に到着した。
「あれ?」
最初に飛び込んで来た違和感は玄関に兄さんの靴が無い事だった。
単純に私の方が先に帰って来た可能性もある。
まだダンジョンの中だろうか?
いや、今日は早く帰ってくると言っていたのでダンジョンの中では無いだろう。
簡単だとも言っていた。帰って来ているところだろうか?
「メッセージでも送ろうかな」
いつ帰って来るか聞くためにスマホでメッセージを送る。
しかし、どれだけ経っても既読すら付かない。
兄さんは気づいたらすぐに既読を付けてくれる⋯⋯事も無いけど。特に最近は。
普段と変わらないなら何も心配は要らない、はずだ。
だけど、いつも以上の不安が私の心を埋め尽くしていた。
深い水底に沈んでるいるような不安感だ。
恐ろしくて、怖くて、光が欲しいと強く願っている。
「兄さん。お願い。返事して」
どれだけ送っても既読が付かない。
私の不安がより強くなり、焦りから電話を掛ける。
何コールか続いでも出てくれず、時間切れが来てしまった。
「どうして?」
今日は簡単ですぐに終わるって言ってた。昼を一緒にすると言っていた。
嘘は言ってない。
なら⋯⋯なら⋯⋯何かあった?
「くっ」
私は外に飛び出して兄さんから聞いていた場所に向かって走った。
不安、恐怖、解消して欲しいこの想い。
私は兄さんに会いたくてダンジョンに向かって走っている。
「あっ!」
「とっ」
曲がり角を曲がると、人が居たようで強くぶつかってしまった。
倒れてしまう所を優しく抱えて支えてくれる。
声的に相手は男。
普段の私なら拒絶反応を起こして突き飛ばしていただろうが、今回は何も起こらない。
むしろ安心感すら感じる。
つまり、その人は。
「兄ちゃん」
「どうした莉耶? ⋯⋯ッ! どうして泣いているんだ。誰に何された。俺に言え」
私はいつの間にか涙を流していたらしい。
それを心配して兄ちゃんが怒りの形相で睨む。
「ち、違うの」
「どうしたんだ?」
優しく言葉をかけてくれる。
私は落ち着かないといけないと分かっていながらも、上手く言葉が出せない。
涙で視界が滲む。涙が止まらない。
「に、兄さんが。帰って無いの!」
「なんだと! 今日は早く帰るって⋯⋯連絡は?」
「取れない。取れないの!」
「場所は! 行くぞ!」
「うんっ!」
私と兄ちゃんは兄さんが行っているはずのダンジョンに向かった。
そこは厳戒態勢で警察やギルドの攻略者が制限をかけていた。
「何が、あったんだ?」
「兄さんっ!」
私は無我夢中で飛び出してダンジョンに向かう。
だが、すぐに警察の人に止められてしまう。
「下がってください。危険です」
「兄さんが! 兄さんが、中にいるんです! なんで、どうして!」
どうしてこんな事になっているのだろうか。
兄さんは無事なのだろうか。
「退いてよ! 兄さん! 兄さんが⋯⋯危険な目に、あってるの」
ボロボロと零す涙。
こんな事になるから⋯⋯私は嫌だったんだ。攻略なんて辞めて欲しかったんだ。
「兄さん。絶対に帰って来てよ。帰って来なかったら、許さないから」
「兄さん、俺も庇いきれないぞ。さっさと、出て来いよ。なぁ!」
兄ちゃんが珍しく、叫んだ。怒りのままに叫んだ。
悲痛の叫びは封鎖している警察やギルドの人達の顔を苦しいモノにした。
「お願いだよ、兄さん。帰って⋯⋯来てよ」
その場で項垂れ、膝を着いた。
そして、兄さんに届く大きな声で二人で叫んだ。
「「兄さん!」」




