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銀河宇宙のサムライ・ソルジャー  作者: 川越トーマ
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第5話 理想の星

『国土を失った我々大和民族は新天地を求めて広大な宇宙に旅立ちました』

 俺たち五人は人ごみの中、武者小路雅春、俺、真田小夜、赤井亜里沙先輩、葉隠治忠先輩の順で並び、上を見上げていた。

 俺は紺色、雅春はグレイ、葉隠先輩は深緑の浴衣姿で、小夜は紺地に大きな花柄、赤井先輩は水色に小さな花柄の浴衣姿だ。

 長身の赤井先輩は着物カタログのモデルのようだったが、小柄でおかっぱ頭の小夜は案の定、小学生のようだった。

『ここまでの旅は、本当に長く苦しい航海でした。二度にわたる宇宙海賊の襲撃やカイパーベルトでの小天体との衝突事故、エンジントラブルに人口問題、物資の欠乏、そして先日の設備トラブル』

 俺たちが立っていたのは移民船『大和皇国』に六つ存在する球形の居住ブロックの一つ、『大門町』の屋上広場だった。

 直径三〇〇メートル程の円形の広場で天井は巨大な円形スクリーンになっている。

 スクリーンには、俺たちと俺たちのご先祖様が旅してきた銀河系の星々が、美しい天の川になって映しだされていた。

『そんな苦難に満ちた数百年の旅もまもなく終わります。これが、我々の新しい地球、赤色矮星グリーゼ六六七Cの第二惑星です』

 天井のスクリーンいっぱいに、移民船に先行して惑星探査に向かった無人探査機からのライブ映像が映しだされた。

 中心に映っていたのは、赤い陽光でピンクに染められた筋雲をまとう青く美しい星だ。

 どよめきと歓声が爆発し、周囲の空気が激しく揺れた。

『広い海と緑あふれる大地、両極地方と高い山の頂きは氷に覆われ、地軸が十二度傾いているため、中緯度地方では緩やかな四季の変化が予想されます』

 目を凝らすと、惑星表面には大陸と呼べるような大きな陸地が南北に二つ並んでおり、巨大な海洋にはいくつかの小さな島が点在していた。

『さらに、無人探査機のスペクトル分析によれば、大気組成は我々のふるさと地球とほぼ同じ。酸素二〇パーセント、窒素七十八パーセント、アルゴン〇.九パーセント、二酸化炭素〇.〇三パーセント。人体に有害な成分は今のところ検出されておりません』

「ホントかよ! 地球の大気組成とばっちり同じ、テラフォーミングの必要がねえじゃん!」

 雅春が興奮したようにつぶやいた。

『惑星表面の重力は一.一G。惑星表面の温度は摂氏マイナス二〇度からプラス三〇度の範囲内です』

「地球よりも過ごしやすいくらいなんじゃないのか?」

 少し離れたところから葉隠先輩の声が聞こえてきた。

「嘘みたい」

 赤井先輩も興奮気味だ。

 銀河系には数えきれないほどの惑星があるが、こんなに地球と似たような条件の惑星はそうないに違いない。奇跡だった。

『なお、自転周期は四十五時間、公転周期は一日二十四時間とした場合、二百十日と推定されます』

「それぐらいの違いはご愛敬」

 小夜もそれとわかるくらい表情が明るかった。

『かつて地球の小国に過ぎなかった我々の祖国日本。我々の祖先は、その小さな国土すら失い、苦渋に満ちた日々を送ってきましたが、あと数週間でそれも終わります。皆さん、今夜はこの美しい希望の大地を愛でながら大いに盛り上がりましょう』

 再び周囲から激しい振動が伝わってきた。

 人々が歓喜のあまり、足を踏み鳴らし、飛び跳ねているのだ。

「いやあ、今までバーチャルで地球の映像をいろいろ見てきたけど、地球にそっくりだよな。この星は」

「最初の町は海の近くに作るのかな」

 周囲から興奮気味の様々な声が聞こえてきた。


 俺たちは円形広場の周囲に出店している屋台をめぐり、思い思いに食糧を調達した。

 購入した食べ物は、俺はじゃがバター、雅春は焼きとり、葉隠先輩は焼きそば、赤井先輩はわたあめ、小夜はリンゴ飴だった。

「小夜、リンゴ飴って歯にくっつかないか?」

 ふと目が合って、俺は小夜に話しかけた。

「大丈夫」

「ふ~ん」

 俺は、どう見てもくっつきそうだよなと小夜とリンゴ飴をじっと見つめた。

 小夜は小さな口を開けてリンゴ飴をかじろうとして、引き続き注がれている俺の視線に気づき、うつむいた。

「ひとくち、食べる?」

 下を向いたまま、小夜は小さな声でつぶやいた。

 俺はそんなにリンゴ飴を欲しそうにしていたのだろうか。

「いいの?」

 しかし、俺はくれるものはもらう主義だ。

 小夜はうつむいたまま小さくうなづいた。

「じゃあ、俺のじゃがバターも食べる?」

 小夜はうつむいたまま、こっくりとうなづいた。 

 小夜とそんな他愛のない会話を交わしながら何の気なしに周囲を見回した俺は、人ごみの中に見え隠れする赤い艶やかな浴衣姿の若い女性を視界にとらえた。

 長い黒髪をアップにしたスタイルのいい美女は、とろけるような笑顔を浮かべ、濃紺の浴衣を身につけた長身のイケメンに寄り添っていた。

 イケメンの年齢は俺たちと同じか少し上だろうか、彫が深く、鼻が高く、色白で、眉が濃く、目鼻立ちが整っていて、爽やかで。

「おい、あれ、立花じゃねえのか?」

 俺の視線を追いかけた雅春が無神経な声をあげた。

 俺は何のリアクションもできなかった。

「そうか先約って、そういうことか」

 雅春が言葉を続けた。

 あれほどの美人だ。付き合っている男性がいて当然だ。

 俺の頭から血の気が引き、黒い塊が胃の辺りにわだかまった。

「賢人」

 遠くで誰かが俺の名を呼んでいるような気がした。

「賢人」

 誰だかわからないが返事をするのも億劫だ。

 突然、右の脇腹に痛みが走った。

「いて!」

 右を見ると、小夜が無表情で俺の方を見ていた。

 どうも彼女が俺に肘打ちをかましたらしい。

「何だよ」

 小夜は俺のことをじっと見ているだけで、何も言わなかった。

 用があるから呼んだはずなのに変な奴だ。

 表情を消しているので、気持ちを汲み取ることができない。

「何なんだよ」

 俺が少し不機嫌になって重ねて小夜に問いかけた瞬間、周囲から複数の不満そうな声が上がり、ざわざわと騒がしくなった。

 みんな頭上のスクリーンを見上げている。

「どうしたんだ」

「マシントラブルか?」

 俺のことを見つめている小夜から視線を外して、俺も頭上のスクリーンを見上げた。

 何も映っていない。

 つい先ほどまで、青く美しい惑星の映像が浮かんでいたのに、今は灰色のスクリーンがあるだけだ。

『皆様、大変申し訳ありません。無人探査機に不具合が発生しました。映像を他のものに切り替えます。御了承ください』

 天井のスクリーンは銀河の星々を映し出した。

 結局、その夜、無人探査機からの映像が復旧することはなかった。

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