日常回……であれ。
「いってええ!!」
街の広場の中心で、ウェスタに蹴り飛ばされた。
「何回おんなじフェイントに引っかかってんの」
「ご、ごめん」
「接近戦こそリラックスしなきゃダメよ。冷静に、かつ大胆に」
今日は休日、クエストを管理する酒場はお休みである。
なのでこうして、パーティーの特攻隊長たるウェスタに修行をつけてもらっているのだ。
「もう一回お願いします!!」
「まったく、しょうがないわね。でも少し休憩、頭冷やして筋肉も休めなさい」
「は、はい」
「日が暮れるまで何回でも相手してやるから」
案外、というか、ウェスタって世話焼きな面がある。
姉御肌ってやつか。
こういう頼りがいのある女、割と好きだ。
「ねえセント、迷宮にある願いを叶える玉って、一つしか叶えてくれないのかな」
「さあ? 俺は玉の効力がなくなりさえすればいいから」
もう願いは叶わない。そうなれば誰も迷宮に挑まなくなるだろう。
「叶えたい願いがあるの?」
「うーん、まあ」
そりゃ人間、誰だって願いはあるか。
ウェスタはやや照れ臭そうに、視線を落として続けた。
「姉さんがどこにいるのか知りたいの」
「行方不明なの?」
「盗賊に誘拐されてからね。ずっと捜してる。……もう一度、一緒にご飯が食べたい」
切なげに、ウェスタは目を細めた。
盗賊に拐われた、か。
十中八九売られたか、もう……。
仮に最悪の結果だったとしても、玉の力があればまた暮らせるようになるだろう。
協力してやりたい。
「もし、姉さんがもういないのだとしたら、きっと私は、姉さんの喪失に関わったやつを、片っ端から……」
「ネガティブに考えるなよ。なんて名前なの?」
「レイテ」
「なにかわかったらすぐ知らせるよ」
「ありがとう」
「なんのなんの、そのための仲間でしょ?」
ウェスタはポカンとするなり、クスクスと笑い出した。
なんだよ、変なこと言ったか?
「あんた、よくそんな恥ずかしい台詞言えるわね」
「え、恥ずかしいか?」
「かなり。でも嬉しい。姉さんが見つかったら、まず最初に紹介するわ。私の頼れる仲間だってね」
大人びた笑みは妙に眩しく、数秒も直視できなかった。
この笑顔のためなら、俺はなんでもできるかもしれない。
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今日は休日なので、杖を新調するべく街に繰り出すことにしました。
長年愛用していた杖なのですが、さすがにもうボロボロで、持っているのがちょっぴり恥ずかしくなってきたのです。
セントさんにはできる限り、オシャレな私でいたいですし。
「あれ?」
人混みの中で、サウムさんを見かけました。
辺りをキョロキョロしていて、まるで迷子の子供のようです。
「サウムさん」
「あ、スーノさん」
知り合いを見つけたからなのでしょうか。嬉しそうに走ってきました。
近づかれて改めて思うんですけど、サウムさんは本当に美人です。私なんかよりもずっと大人っぽくて、美しい。
でも女装が趣味の男性らしいんですよね。私、男に負けてる……。
「なにしてたんですか?」
「せっかく召喚されたので、現代の街を散歩していたのですわ。わたくしが前に召喚されていた六〇〇年前とは、だいぶ変わっていますわね。人が多くて、建物もレンガ? というので出来ていて」
「昔は違ったんですか?」
「あの頃は泥を固めた家ばかりでしたの」
「泥で家を? へ〜」
「せっかくですわスーノさん。街を案内してくださる?」
「もちろん、喜んで」
私は神を信仰しているので、悪魔と仲良くするのはご法度なのでしょうが、サウムさん相手だとついつい心を許してしまいます。
たぶん、人間じゃないからでしょうかね。人間は信用ならないので、それに比べたら悪魔の方がマシ、みたいな。
あ、でもセントさんとウェスタさんは別ですけどね。
それから武器屋で杖を買って、適当に街をぶらぶらしました。
都会なだけあって、どこも人がいっぱいです。エルフや獣人も紛れていますが、九割人間です。この中に私の家族や仲間を殺した人間がいるのかと思うと、怒りがこみ上げちゃいます。
「エルフ、なんでしたわね?」
「あ、はい」
本当はダークエルフですけど、セントさんにエルフと偽っておくようお願いされたので、渋々エルフを名乗っています。
ちなみにエルフ族は、古くから人間と密接な関係にあるため、ダークエルフのように迫害はされていません。
エルフとダークエルフの違いですが、肌の色だけでなく、好戦的か否か、肉食を好むか否か、夜行性か否か、などなどいろいろあります。
私は混血なので、互いの特徴を持っていますけど。
「出身はどちら?」
「えーっと、森、です」
「エルフ族の森ですの? まだあそこにエルフがいたのですわね。もうみんな人間と共存しているとばかり」
「ま、まあ」
ダークエルフの森、とは言えません。
それにしてもサウムさん、ほんのり良い匂いがします。それにスタイルもよくて……あれ? 胸の膨らみはなんなのでしょう? 男性なら胸は大きくならないはずなのに。
詰め物ですかね。
サウムさん、心は女性みたいですし、あんまりこういう質問とかするのは失礼なのでしょうか。
……そもそも、サキュバスは女性しかいないはずじゃ?
難しいこと考えるのはやめましょう。セントさんが男だって言うのなら、男のはずですから。
「サウムさんは魔界出身なんですよね? どんなところなんですか?」
「魔界……。寂しいところですわ」
「なにもないんですか?」
「あるにはありますわ。自然も、温泉も、城も。……でも、ほとんど同族がいないのですわ。たくさん飛び回って、ようやく見つかるぐらい。話があう悪魔なんてほぼいませんわ。悪魔は、数が少ないですから」
寂しいって、仲間がいなくて寂しいってことだったんですね。
最低でも六〇〇年はひとりぼっちだったなんて、可哀想です。
「だから、セント様たちに会えて毎日が楽しいですわ」
私も、その気持ちわかります。
同族が皆殺しにされ、孤独だった私を、セントさんが拾ってくれたわけですから。
いつかみんなを蘇らせて、紹介するんです。私の、この世で最も大好きな人たちですって。
「そういえばまだちゃんと言えていませんでしたわね。はじめて会ったときは、乱暴してごめんなさいですわ」
「い、いえ、そんな。……サウムさんの他に、悪魔は召喚されたんですか? 悪魔崇拝者たちに召喚されたんですよね?」
「召喚されたのはわたくしだけですわ。サキュバスなら飼いならせると高をくくったのでしょう。苛ついたのでつい、殺っちゃいましたけど」
じゃあ屋敷の腐乱臭はやっぱり……。
「そもそも、あそこに住んでいた連中は金も力もなかったみたいで、贄を一人しか用意できなかったようですわ」
「贄って、悪魔の召喚に必要な?」
どんな悪魔でも、召喚するのは生贄が必要なのです。
多くの場合、若く生命力のある人間が選ばれます。
つまりサウムさんは、人の命を犠牲に召喚されたわけなのです。
なんだか物哀しいですが、サウムさんだって好きで召喚されたわけじゃないでしょうし、彼女を責めてもしょうがありません。
「どんな人が……」
「わたくしも知りませんわ。ただ、地下にあった悪魔崇拝者たちのノートによれば、盗賊から買った女性らしいですわ」
「盗賊から?」
「おそらく、もともと攫われた人間だったのでしょう。可哀想ですが、わたくしにはどうすることもできませんわ」
もしそうなら、とことん不憫です。
盗賊に攫われて、悪魔崇拝者に買われて、悪魔召喚の生贄にされたなんて。
名前だけでもわかったなら、お墓参りができるのに。
「きっとその人の家族、いまでも帰ってくるのを待っているんでしょうね。……あ! すみません、こんな話」
「構いませんわ。さあ、次はどこにいきますの?」
それから日が暮れるまで、私はサウムさんとお散歩しました。
男の人とふたりきりだなんてはじめてで、ちょっぴり意識しちゃったのは秘密です。
セントさん、いまごろどうしてるかな……。