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迷宮に備えて

 日が天に昇った頃、部屋で資料を漁っていた俺のもとにサウムがやってきた。


「いま、お時間よろしいですの?」


 どこか浮かない顔をしていた。


「うん。どうした?」


「……なにをしていましたの?」


「迷宮に関する報告書を読み返してる。まだ言ってなかったけど、明後日には挑戦するから」


 ドリングス迷宮に挑んだ冒険者たちは、みんながみんな死んだわけではない。

 帰還した者だっているのだ。

 そいつらが残した記録を読めば、対策を練れるわけだ。


 迷宮の正体は、天まで届く巨大樹だ。

 一つの街ぐらい簡単に飲み込める太さがあり、中は迷路のように入り組んでいる。

 遥か昔から凶悪で狡猾なモンスターたちが住み着き、数多くの罠が張り巡らされているらしい。

 その天辺に、どんな願いも叶えてくれる玉があるわけだ。


「え、メンバーは?」


「ウェスタ以外」


「スーノさんも……」


「あいつは貴重な回復役だ。同行させるに決まってるだろ? あんな風になっちゃったけど、こっちが気にしなければいいだけだ」


 スーノが壊れてしまったことは、サウムやウェスタに話している。

 おそらくサウムが来たのは、その件で相談したかったのだろう。

 サウムのやつ、はじめて会ったときは冷たい印象だったのに、誰よりも仲間思いだったなんてな。


「ウェスタさんと仲直りさせないのですの?」


「無理だろ。戦力は落ちるけど、しょうがない。ウェスタは死んだことにしておく。もちろん、多額の報酬はあとで渡すよ。ここまで一緒にやってきた仲だし」


「セント様がそう仰るのなら、それしか……ないのですわね……」


 ったく、辛気臭い空気になっちまったな。

 数日前だったら「セント様〜♡」とか抱きついてきていたのに。

 とはいえ、迷宮さえクリアしたらこいつらともお別れだ。

 実家に帰って牧場経営に勤しむよ。


 少し腹になにか入れよう。そう思った矢先、俺が借りている宿のおばちゃんが、扉を叩いてきた。


「セントちゃん、大変よ」


「なんですか? いったい」


「スーノ……ちゃんだっけ? セントちゃんの友達が、酒場で揉め事起こしてるのよ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 サウムと酒場へ駆けつけてみると、店の外に人混みができていた。

 きっとあの中心にスーノがいる。予感のままに人をかき分けてみると、スーノが強面の男に蹴り飛ばされた瞬間を目にした。


「スーノ!!」


 立ち上がったスーノの瞳が熱く燃えていた。

 飢えた獣のように歪んだ表情が、絶対的な殺意を感じさせる。

 スーノが男に杖を向けた。急いでその腕を掴む。


「待て!!」


「離してください!! こいつも、仇なんです!!」


 男が鼻で笑った。


「ふん、白い肌をしているが、ダークエルフの生き残りか。復讐なんぞ諦めて慎ましく生きることだな。でなきゃ本当に殺しちまうぞ!!」


「キサマ!!」


 そうだ。

 そうだった。

 何を忘れているんだ俺は。

 こいつの復讐は、まだ終わっていない。

 ダークエルフ殲滅クエストに参加したのは、ウェスタだけじゃないんだ。


 男が背を向けて立ち去っていく。

 攻撃魔法を撃とうとしたスーノの前に、俺は立ちふさがった。


「止めないでください!!」


「返り討ちに遭うだけだ」


「それでも殺します」


 こんなんじゃ、とても迷宮に参加させられそうにない。

 スーノの脳には、差し違えても復讐を成し遂げることでいっぱいなんだ。


 男が去る。

 そこへ、入れ替わるように、


「スーノ」


 ウェスタが来てしまった。

 スーノの目が見開く。

 彼女よりも先に、俺が言葉で反応してしまった。


「なんでお前が!!」


「だ、だって、ダークエルフが喧嘩してる騒ぎが聞こえて、心配で……」


 だからって、よりにもよってお前が来るなよ。

 つくづく、先が考えられないやつだ。

 スーノじゃないが、怒りがこみ上げてしょうがない。


「だ、大丈夫なの? スーノ」


 スーノの顔が冷めた。

 地面に落ちていた猫の死骸を広いあげる。

 とっくに腐敗して異臭を放つ、可哀想な猫だ。


「ウェスタさん、帰りましょう。疲れているみたいです。幽霊が見えちゃって」


 ウェスタが目を伏せる。

 サウムが俺の袖を掴んだ。


 あー、わかったよ。どうにかするよ。

 俺だってこんな状態のままなのは嫌だ。

 でも、これが最後だ。


「スーノ、ウェスタは生きてる」


「はい。ここに」


「それは猫だ。お前だってわかってんだろ。本物のウェスタはいま、お前の目の前にいる」

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