脱走
わたくしたちが挑む次なるクエストは、ゴーレム退治。
もちろん、セント様がお決めになりました。
おそらく、セント様はここで殺すつもりなのです。ウェスタさんを。
「スーノ、そこの根っこにつまずくなよ」
「はい、ありがとうございます、セントさん」
いつものように、ウェスタさんを先頭にして森を進みます。
セント様はいつ、どのようにウェスタさんを殺すのでしょうか。
わかりません。想像すらできません。
わたくしがどうにかしないといけませんのに、恐怖と緊張を抑えるので精いっぱいです。
それでも、全神経を集中させてセント様を邪魔するしかありません。
このパーティーの平和を維持するために。
「どうしたのサウム。顔色悪いわよ」
「ちょ、ちょっと肌寒いだけですわ、ウェスタさん」
「そう」
この森に、罠が仕掛けられているのでしょうか。
落とし穴とか、張っている線を踏んだら刃物が飛んでくるとか。
一歩、また一歩歩くたびに嫌な汗が背中に流れます。
途端、セント様が喋り出しました。
「少し休憩しようか。ゴーレムの巣はまだ先だし。確か地図だと、近くに滝壺があるはずだ」
「あ、それならあっち側にありますよセントさん。滝の音が聞こえてましたから」
「さすがエルフ、耳が良いんだな」
滝壺。水場。
そこで溺死させるのですか?
セント様、あなたはいったい何を考えているのですか?
ウェスタさんに肩を叩かれます。
「ねえサウム、本当に大丈夫? 息荒いわよ?」
「あ、いえ……」
ふと、セント様と目が合います。
輝きのない、鈍く暗い瞳。
淡々と獲物を追い詰める獣のように冷血で、人を人と思っていない禍々しい瞳孔。
悪魔であるわたくしでさえ、耐えられない。
怖い、セント様が怖い!!
「っ!」
わたくしは衝動的に、ウェスタさんとスーノさんの手を握り、走り出しました。
セント様が追いつけないほど速く、できるだけ遠くへ。
「わっ! なんですかサウムさん!」
ようやく立ち止まり、感情に身を任せたまま、言葉を紡ぎます。
「逃げましょう! セント様から!!」
「何言ってんのよサウム」
「あの人は、ウェスタさんを殺そうとしているです!!」
「はあ?」
やはり、お二人とも素直に受け入れず、互いに顔を見合わせています。
「どういうことですか?」
「セント様から直接聞いたのです。邪魔になったから殺すと。この前のクマ退治でも、わたくしとスーノさんが乱入しなかったら、どうなっていたか……」
「邪魔って……ウェスタさん、何をしたんですか?」
その問いはわたくしにではなく、ウェスタさんへ向けられていました。
当のウェスタさんは、俯いて一点を見つめたまま、なにも答えません。
代わりに、スーノさんが続けます。
「もしその話が本当だったとしても、信じられません。だってセントさんですよ? 私たちを先導して、いつも優しくしてくれるセントさんじゃないですか」
「それは、記憶を失う前のセント様です」
「けど同じセントさんですよ!」
わたくしだって同じ意見です。
記憶がなかろうが、セント様はセント様。
けれどいまなら、ハッキリと断言できてしまうのです。
「あれが、本性なのですわ。きっと」
言っていて、涙が溢れてしまいます。
あのころのセント様はもういないのだと、実感してしまいます。
私の涙を目にして、スーノさんも瞳が潤みだしました。
本当だと、察したのでしょうか。
「お二人とも、逃げましょう。セント様は、わたくしがどうにかしますわ」
「どうにかって……」
「恋人として、責任を取ります!!」
瞬間、ウェスタさんがようやく口を開きました。
「なんにせよ、一回話すよ。あいつと」
「しかし!」
「これはパーティーの問題でしょ。みんなで話し合って決めないと」
「……戻ったら殺されるかもしれないのですよ?」
「それでも、セントと話したい」