シャケ、星に願う
これはある冬の日のお話です。
あるところに一匹のシャケがいました。
シャケはかけっこが大好きです。
シャケは友達のなかでも足が早いのが自慢でした。
ちびっこシャケレースで一等賞を取り、賞品としてもらった帽子がシャケの宝物です。
もらったその日からいつでも彼は帽子を被っています。
毎日被るので、洗濯しても帽子にはすっかり生臭さがこびりついて取れません。
ある日、シャケのお父さんはシャケにいつもこう言います。
「ああ、坊や、可愛い坊や。君はきっと大きくなったら、立派なシャケになるだろう」
「りっぱなシャケ?」
「そうだよ」
お父さんは頷き、シャケの頭をなでて笑いました。
「大人のシャケレースで一等賞を取れば、お母さんのような美人なシャケをお嫁さんにもらえるはずだ」
「あしがはやいともてるの?」
「そうだとも」とお父さんは頷きます。
「モテるなんてもんじゃあない。モッテモテ、モッテモテさ!!!」
「おとうさんもあしがはやかったの?」
「今でも早いさ!マグロ野郎なんかには負けないよ!」
シャケたちは魚の中でも足が早くて味も美味しいマグロ野郎には負けたくありません。
「ぼく、絶対にマグロ野郎なんかに負けたくない!」
お父さんは「はっはっは」と笑って「そうとも」とシャケの頭を帽子の上から撫でました。
「ぼく、いつか、大人のシャケレースでもいっとうしょうをとるよ!」
その日からシャケは毎日毎日、一生懸命かけっこの練習をしました。
シャケが友達とかけっこをすれば、あっという間に皆を置いてけぼりにするくらい足が早くなりました。
「すごいね、シャケ!きみにはだれもかなわないよ!」
友達の1人が言いました。
「ほんとうに!でも、しょうらいシャケレースでいっとうしょうをとっても、それはほんとうのいちばんじゃないんだぜ」
「え!?」
シャケはびっくりして目を丸くしました。驚きのあまり、目から鱗が落ちそうになりました。
「アラジャケ・フェスティバルってしってるか?」
「アラジャケ・フェスティバル?」
シャケはそんな言葉、聞いたこともありません。
友達は得意そうにシャケに「ないしょだぜ」と教えてくれます。
どうやらそのアラジャケ・フェスティバルというのは世界中のシャケが同じ場所に集まって、真のシャケの王様を選ぶ大会のことらしいのです。
「きみはおとなになったらシャケレースじゃなくてアラジャケ・フェスティバルにさんかするべきだよ!」
友達はシャケのことを本気で応援してくれます。
「きみはアラジャケ・フェスティバルでいっとうしょう、ぼくはここでいっとうしょう!ふたりでいっとうしょうをめざそう!」
「うん!ぼく、アラジャケ・フェスティバルでいっとうしょうをめざすよ!」
シャケは嬉しくなって友達と2人で一等賞を目指すことを約束しました。
こうなったらグズグズしてはいられません。
早速、夜ご飯の時間にお父さんにアラジャケ・フェスティバルについて質問します。
「ねえねえ、おとうさん」
「なんだい、坊や」
「ぼく、アラジャケ・フェスティバルにでたい!」
お父さんは目を丸くして、跳び上がりました。
「あ、アラジャケ・フェスティバルだって!?どこでそんなことを?」
「ともだちにおしえてもらったんだ」
「アイツだな…ッ!!!………ごほん、ねえ、坊や、アラジャケ・フェスティバルは凄く遠い場所にあって、それに特別なシャケしか出られないんだ」
お父さんはシャケに優しい声で言いました。
「でも、ぼくならでられるってともだちが!」
「そうかもしれない。だけど、考えてごらん?坊やが遠くの場所に行ってしまったら、お父さんとお母さんがおじいちゃんくらいになったらどうなる?硬いマグロジャーキーは1人じゃ食べられない。坊やと坊やのお嫁さんにはお父さんとお母さんの老後の面倒を見てもらわなくては」
お父さんは少し慌てたようにシャケに言います。
「おとうさんとおかあさんのかいごのためにぼくはいきてるんじゃないんだ!ぼくにだってじんせいをせんたくするけんりがあるんだ!」
「坊や!」
お母さんが叫びましたが、シャケは家を飛び出しました。
お父さんとお母さんの将来のことを考えれば、シャケレースで優勝し、奥さんをもらって4人で一緒に暮らすのがいいのかもしれません。
しかし、そんな発想は前時代的ですし、奥さんが夫の家庭と同居を嫌がることも最近では珍しくありません。
むしろ、まだ結婚相手すら決まっていない段階で奥さんを労働力としてカウントする親ってどうなのでしょう?
シャケはいくらなんでも酷いと思いました。
そもそも、シャケの家に奥さんを呼んで介護の手伝いをさせたら、奥さんの方の実家のご両親の介護はどうするつもりなのでしょうか。
将来のことを心配するなら、まずは自分たちで介護施設に入るお金をためておく。そのくらいの覚悟で今の時代、計画的に子作りをして欲しいものです。
子どもは親の介護の道具ではありません!
…言い過ぎました。童話でそんなことを書いたら不適切と言われてアカウントを凍結されたりしたら嫌なので前言撤回します。ごめんなさい。これはあくまでも世間を知らない子どものシャケが思ったことですのでどうか見なかったことにしてください。ごめんなさい。
…………とにかく、腹が立ったシャケは飛び出しました。
「ぼくのしあわせってなんだろう?」
シャケは走りながら思います。
走って走って走って走って、気がつくと小高い丘の上に立っていました。
辺りはすっかり暗く、空を見上げると星が瞬いていました。
「うわぁ~、きれいだ」
「君の鱗の方が綺麗だよ」
「!?」
突然、横から声がかかり、びっくりしてシャケは跳び上がります。
「失礼。驚かせてしまったね」
声をかけてきたのは見たこともない白いモフモフした毛を持つ4つ足の生き物でした。
彼は首にスカーフを巻いていて、背中には羽と加速装置がついています。
ひと目見てシャケは「オシャレさんだ」と思いました。
「おや、シャケじゃない生き物を初めて見るかね?」
彼は長いまつ毛の下にある大きな黒い瞳でこちらをじっと見つめます。
「あなたは…?」
4つ足の生き物はすっく、と立ち上がると右の前足を曲げて、お辞儀します。
「はじめまして。僕はソニック・アルパカのスカーフィー。美しい鱗の君、君の名前は?」
「ぼくはシャケたろう!」
「シャケ太郎…いい名前だ。それにオシャレな帽子だね」
ソニック・アルパカのスカーフィーは頷くとシャケに尋ねます。
「時にシャケ太郎、君はなぜここにいる?稚魚が外出するには遅い時間だ」
「その…おとうさんとしょうらいのことでけんかしちゃって…」
シャケはスカーフィーに先程あった出来事を話しました。
スカーフィーは「うんうん」と頷き、最後まで話を聞いてくれました。
「…それで、君は今、どう思っている?まだアラジャケ・フェスティバルに行きたいのかい?」
「うん」
スカーフィーは「そうか…」と頷き、夜空を見上げました。
「…アラジャケ・フェスティバルは筋肉の祭典。稚魚が戦うにはなかなかハードな場所だ」
「???」
スカーフィーは首を傾げるシャケに「フッ」と笑いかけます。
「おじさんは」
「お兄さん。まだたったの3歳だぞ」
スカーフィーがシャケの言葉にかぶせ、睨みます。
「お、おにいさんはアラジャケ・フェスティバルをしっているの?」
シャケは少しドキドキしながら尋ねました。
「知っているとも」
スカーフィーは頷きます。
「知っているどころか、僕はシャケ・ワールドで育ったソニック・アルパカだからね」
「えー!」
シャケは驚きました。まさか、目の前にアラジャケ・フェスティバルから来たというアルパカがいるなんて…。
「アラジャケ・フェスティバルで異世界の扉に吸い込まれてね」
「いせかいのとびら?」
「そうだ」
スカーフィーはシャケにゆっくりと頷きかけました。
「シャケ・ワールドは異世界―――ここではない世界にある。アラジャケ・フェスティバルに参加するなら異世界の扉を使うしかない。…もっとも狙って異世界に行けるわけではないがね」
難しい話なので、子どもであるシャケにはうまく理解できませんでしたが、どうやら異世界の扉というものを使えばアラジャケ・フェスティバルに行けるようです。
「いせかいのとびらはどうやったらつかえるの?」
「さてね…」
スカーフィーは「ふう」とため息をついて、夜空を再び見上げました。
「流れ星に願いを叶えてもらうしかないな」
「ながれぼし?」
「ああ」
スカーフィーとシャケは2人で冬の空を見上げます。冬の澄みきった空気で星がよく見えました。
まるでお日様に反射して光るシャケの鱗のように綺麗な星々が夜空に輝いています。
「ほら…」
スカーフィーがあごで指した先にあった星の1つが上から下へと斜めに流れていきました。
それを合図に、後から後から星が動き始めます。
やがて夜空の星という星が一斉に動き始めました。
「シャケ・ワールドに戻れますようにシャケ・ワールドに戻れますようにシャケ・ワールドに戻れますように」
スカーフィーが目をつぶって呪文のように願い事を唱えます。
「アラジャケ・フェスティバルにさんかできますようにアラジャケ・フェスティバルにさんかできますようにアラジャケ・フェスティバルにさんかできますように」
シャケもスカーフィーの真似をして目をつぶって願い事を唱えます。
1匹のシャケと1匹のアルパカはシャケのお父さんとお母さん丘に探しにくるまで流れ星に願い事を唱え続けました。
「…おーい、坊や!さっきは悪かった。年金がちゃんともらえるかどうか不安だったんだ!頼むからお父さんを許してくれ」
シャケのお父さんが声を張り上げて丘を登ると…。
「お父さん、これ…あの子の!」
シャケのお母さんが叫びます。
そこにはシャケの大事にいつも被っていた帽子が落ちていました。
※「シャケ太郎とスカーフィーの大冒険」に続く(嘘)
☆童話の教訓:親や友達の言うことを鵜呑みにしてはいけない。夢は信じれば叶うこともある。
シャケのことを詳しく知りたい人は『女神のサイコロ』と『異世界転生してもカウンセラーをしています』へ!関係ないけど『サンチョ・パッソ』もよろしくお願いします!
実は『女神のサイコロ』本編の200話(第5章第17話 アラジャケ・フェスティバル第3種目「ソニック・アルパカ」)の続きのお話になっています。ヒロインたちに巻き込まれてアラジャケ・フェスティバルから異世界転移してしまったソニック・アルパカの転移前の話が気になる方は是非『女神のサイコロ』をお読みください!^^