社長
エレベーターに乗り三人は沈黙したまま上へ進む。ガラス張りのエレベーターは地上に出ると外の風景を魅せてくる。
悪くない光景だ。高い場所から街を眺めるのも面白い。しかし光司は別の事に意識を向ける。
エレベーターの構造は? 万が一の時の逃走ルートは?
ある意味職業病だ。緊急時の対策を常に頭に浮かべてしまう。危険と隣り合わせなのだから仕方ないとはいえ、こんな話し合いの場でさえ思考が勝手に動く。
「目付きが鋭いようですが、何か心配事でも?」
山崎が光司の様子に気付く。彼からすれば光司のような戦闘力を持つ者が警戒していると良い気分ではない。
「いえ、気にしないでください。癖みたいなもので……。こういう場所にいると、いざという時の脱出ルートとか考えてしまって」
「光司さんらしいですね。仕事熱心と言うか……」
「はたまた臆病なのか」
山崎の言葉に場が凍りつく。
「お噂は聞いてますよ。負傷による引退や殉職が多いウェイザーのエージェントを十年以上も続けていられるだなんて。危機管理能力が優れているのか、それとも逃げ足が速いのかねぇ」
先程まであった好感が失せる。妙に嫌みったらしい言い回しだ。彼とは初対面なはずなのに、あまり良く思われていないのがひしひしと伝わる。
茜も山崎の態度には不満があるようで睨みつける。が、光司は軽いため息をつくだけで表情を変えない。
「まぁ……自分の命を護れない輩が、他人まで護れやしませんよ。少なくとも、自分が強いと勘違いをして無駄死にするようなアホよりかマシかと」
「ふむ。それも一理あるな」
意外だ。全否定されるかと思っていたが、光司の言葉に同意した。
「失礼しました。短気で粗暴な者を社長に会わせる訳にはいかないので。少々挑発するような言葉を使いました。謝罪いたします」
「気にしてませんよ。そりゃあこの場で俺が暴れたら真っ先に死ぬのは山崎さん達だ。俺達超能力者が化け物扱いされてるのも知ってるし、不安になるのも仕方ないさ」
「ご理解感謝します」
一旦場は修まったように見えるも、茜は気が気じゃない。謝罪しつつも顔色を全く変えない山崎に何を考えてるのか不明な光司。二人の会話が一触即発の状況にしか見えないのだ。
内心おろおろしながら速く到着するのを祈っていると、エレベーターが停止する。
「着きましたね。ではこちらです」
ビルの最上階に到着、山崎に促されエレベーターを降り廊下を進む。小綺麗な白い廊下を三人の足音だけが響き、やがて一つの扉の前に着く。
山崎は扉を軽くノックする。
「山崎です。ウェイザーの近藤さんと若林さんをお連れしました」
「入りなさい」
中から女性の声が聞こえる。扉が開き、中に入るとそこで一人の中年女性が出迎えた。
細身で長身、獰猛な肉食獣のような鋭い目、長い髪をアップにまとめた女性だ。
「お久しぶりですね近藤さん。そしてはじめまして若林さん。私は株式会社ハンズの社長、尾上紗奈です。本日はお休みの中お越しいただきありがとうございます」
「ウェイザーのエージェント、若林光司です。仕事ですのでお構い無く」
「ふふふ。じゃあこちらにどうぞ」
部屋にはテーブルと来客用のソファーが置かれていた。茜の後に続くように座る。
向かい側には紗奈が座り、山崎はいつの間にか一台のパソコンを持ってきていた。
茜は一息つくと話しを始める。
「さて尾上社長。本日は社長からのオファーでエージェント若林を連れてきましたが、一体どのようなご用件でしょうか? 私は本部から超能力者の存在開示に関わる事と聞いています」
「そうね。山崎君、あれを」
「はっ」
山崎がパソコンをテーブルに置き操作する。あらかじめ電源は入れていたのだろう。すんなりと彼は目的のものを二人に見せた。
ブラストナイト計画。そう書かれている。
「私は今ウェイザーの上層部と相談しあるプロジェクトを進めていまして。超能力者の存在を世間に開示し、認証させるのを目標としています」
「んな馬鹿な。超能力者が出現してから二十年、超能力者の存在は危険視され、差別的な意見も多い。そもそも人間ではないと見なしている国だってあるんだぞ」
光司には良い案とは思えなかったのたろう。普段と違い口調は荒々しい。
人生の半分近くを超能力者として生きてきた。だからこそ自分達がどう見られているのか、痛い程知っている。
「化け物と呼ばれ拒絶される。強い力を妬み、恐れる。受け入れられる人間の方が少ないくらいだ。誰もが社長みたいに能力の有用性を認めてる人ばかりじゃない」
「ええ、解ってます。だからこそ人々の認識を変えて超能力を常識にする、それがこの計画です」
「…………」
信用しきれないとばかりに顔をしかめる。それは茜も同じだ。
「尾上社長、詳しいお話しを聞かせてください。正直夢物語にしか聞こえません」
「勿論説明するわ。山崎君」
「はい。お二方、また画面の方をご覧ください」
山崎が示した先、画面が切り替わる。そこに映し出されていたモノに驚き目を丸くした。
二人の気持ちは一致している。これは何なのだ、何の冗談なのだと。
「この計画は十年単位でゆっくりと認識を変える計画です。少しずつ受け入れさせ常識を変化させる。その為に必要なインフルエンサー、とでも言っておきましょうか」
「いや、その……社長さん」
光司は言葉を選ぼうとするが思い浮かばない。この計画、その要にもの申したいのだ。
遠慮をしていては伝えられない。光司は腹をくくり口を開く。
「すまないが俺にはこれがそんな計画書には見えない。あえて言うなら…………そう、《特撮番組の企画書》にしか見えないんだ」
パソコンの画面には一人の人物のイラストが描かれていた。まるでライオンを模したような鎧とスーツに身を包んだ、特撮ヒーローのような人物が。