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少女の日常

 学校。少年少女達の学びの場にて一つの社会。多くの、様々な人格の人々が集まる場所。誰もが同じ思想を持っているとは限らない。好みも得手不得手も違う。

 だからこそ対立が生まれる。逆に徒党を組む事もだ。

 そしてそれはとても残酷な、子供じみた感情から起こる。


 教室の隅、窓際の席で一人の少女、真梨奈が登校中の生徒達をぼんやりとした表情で眺めていた。

 心此処にあらずといった顔で、彼女はある事を頭から離せずにいる。数日前の出来事、銀色のミイラ男と狼男の戦いだ。

 あれは夢だったのだろうか、そう思う度に投げられた痛みと蹴りの感触が現実だと教える。スマホも破壊され、手元にあるのは新しく買い直したもの。データも何もかも空っぽになったそれが証拠だ。

 まるで漫画やアニメのようだった。何をしているのか理解が追い付かず、ただ呆然としていただけ。ワクワクするような余裕も無い。

 触れてはいけない、決して関わってはいけない、そんな気がする。わざわざスマホを破壊したのだ、そうとう世間に知られたくないらしい。

 考えれば考える程本能が忘れろと警告する。


「止めた止めた。考えたって無駄だし」


 もうすぐホームルームだ。外を歩く生徒の数も少なくなっている。授業の準備をしようとすると誰かが真梨奈の前に立つ。


「どうしたんだ真梨奈。最近悩んでるっぽいけど。俺じゃ相談に乗れない?」


 爽やかな落ち着いた声に顔を上げた。

 日本人らしい短い黒髪に黒目、中性的かつ整った顔立ちをした少年がいた。美少年、そう呼んでも過言じゃあない。遠目から見ればごく普通の何の変哲もない少年だが、近くでまじまじと見れはその美貌が見えてくる。


「スマホ無くしてダウナーになってるだけ。別に琉斗が気にするような事じゃないよ」


「それなら良いんだけどさ。幼なじみとして心配なんだよ」


 真梨奈の様子は酷く淡白なものだ。そして逆に周囲からは刺々しい視線が向けられているが、気付いているのは真梨奈だけだ。

 保村琉斗。二人の関係を一言で言うなら幼なじみだ。この歳になっても交流があるせいか、交際していると誤解される状態だ。


「取り敢えず席に戻ったら? 琉斗ファンクラブからの視線が痛いのよ」


「おいおい、俺のファンクラブなんかある訳ないだろ。それ、真梨奈の方じゃないか?」


「…………もう」


 頭が痛い。この絵に描いたような鈍感ラブコメ主人公、それが琉斗という人間だ。巻き込まれるこちらの身にもなってほしい。


「で、今日は生徒会長からの呼び出しは?」


「ああ、仕事手伝ってって。だから帰りは遅いかな。妹に夕飯先にって伝えないと」


「あっそ。私は部活あるか……あ」


 真梨奈が話しを止める。教室の入り口で大きな物音がしたのだ。


「邪魔なんだよ糞豚。臭えから学校来んなつったろ」


 何人かの男子生徒が一人の少年を小突き罵声を浴びせる。小突かれた肥満体型の少年は恨めしそうな視線で周囲を見回す。

 脂ぎってべたついた髪、ニキビだらけの顔、肥満特有の汗臭さ。いかにもイジメられそうな風貌の彼を助ける者は誰もいない。

 いや、一人だけいた。


「おい! 何やってんだよ。尾上、大丈夫か?」


 琉斗がこの状況を見かねて介入する。誰もが琉斗の行動を笑っているが、彼は本気だ。


「…………ったくもー」


 真梨奈も席を立とうとする。正直見ていて気分の良い風景ではない。あの肥満少年はただのクラスメートでしかないが、あのようなイジメを黙って見ているのは性に合わなかった。

 が、彼女を後ろの女子生徒が引き止める。


「止めといた方が良いよ久住さん。尾上なんか助けないのが正解なんだから」


「え?」


 何を言っているのか解らなかった。たしかに肥満少年こと尾上とはクラスメートである事以外接点は皆無。まとまな会話すらした事がない。それでもあの状況を見過ごせと言う彼女の方が信じられなかった。


「尾上って中学の頃はさ、イケメンでサッカー部のエースだったの。今じゃあんなブクブク太って、女子達を痴漢みたいな目で見てさ」


「そんなの考え過ぎってか、被害妄想じゃない?」


「あら? 落とし物一緒に拾おうとして手をベタベタ握ってきたのよ。あーキモっ。脂ぎってベタついて吐きそうだったんだから」


 そうとう嫌っているのだろう、身震いしながら尾上を睨む。


「その上……」


 何か言いかけた時、尾上の叫び声が遮る。


「何様のつもりだ保村! そんなに格好つけたいのか!」


 豚のように鼻を広げて息を荒げる。イライラしながら親指で顔を掻き、琉斗を罵倒した。


「俺を助けてポイント稼ぎとか余裕だな。会長と久住だけじゃ足りねぇってか?」


「おい、何言って……」


「ハッ、うざい奴だな。俺はお前の引き立て役じゃないんだよ。貧乏人のくせに調子のんな!」


 なるほどと納得した。彼が周囲から拒絶されているのは見た目だけじゃない、言動もだ。

 琉斗が困惑しているとチャイムが鳴り響く。舌打ちしながら席に向かう尾上を見送り、琉斗も自分の席に急ぐ。


 ある意味平穏な日常。あの夜とは間反対な世界に真梨奈は安堵する。

 もう、あのような出来事は御免だと、自分に言い聞かせるのだった。


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