踏み台体質
また一人取り残された光司はグラスを磨きながらため息を一つ。虚しい、そんな気持ちが胸を締め付ける。
何度こんな光景を見なければならないのだろう。
初めてこの力を手に入れた時、自分は物語の主人公となったと思った。しかし実際は違う。先程の少年のような本物の主人公の踏み台だ。
「モテない男は辛いね」
そうぼやいた時、店のドアが開きベルが鳴る。
「いらっしゃい……って」
お客が入店したと笑顔で出迎える。しかし入って来た人物を見ると途端に肩を落とす。
黒いスーツを着たショートカットの女性が一人、かなり小柄で身長は百四十代。そのせいかやたらと幼く見え、服装次第では中学生に誤解されてしまうような風貌だ。
「おはようございます光司さん。昨晩はお疲れ様でした」
「おはよう茜ちゃん。労いの言葉より給料アップの方が嬉しいかな。あと何か注文してくれ、俺も慈善事業じゃないんだ」
スーツの女性、近藤茜は微笑みながらカウンター席に座る。その時置かれたままの千円札に気付いた。
「じゃあ……あら? 誰か来ていたんみたいですね。やっぱりウェイザーのメンバーなんですか? ここ、ウェイザーのたまり場みたいになってますし」
ウェイザー、その名前に光司の表情が少しだけ曇る。
それは超能力者を集め、事件を解決し超能力者を秘匿する組織の名である。勿論光司もその一人であり、茜はマネージャー。
光司は世間に決して知られぬよう超能力者が起こした事件と戦う戦士。日の下に姿を見せぬ裏の世界の住人。それが彼だ。
そして光司の店はそんなウェイザーのメンバー達の交流の場となっている。
「たまり場って……。否定しないがな、一応売上には貢献してくれてるし。取り敢えずコーヒーでいいな?」
「はい、お願いします」
棚から豆を取りミルに入れる。レバーを回すとゴリゴリと豆を砕く音が店内にゆっくりと響く。
「で、誰が来ていたんですか?」
「この前の事件で知り合った高校生の子だよ。ちょっと相談を受けててな」
「ふふふ、流石はヒーローメーカーです。伊達に十年以上も所属していませんね」
「…………ふっ」
光司は思わず苦笑いをする。どうやら彼女は能力者として相談を受けていたと思っているようだ。
「違う違う。先輩と血の繋がらない妹からラブコールを受けて、二人共悲しませない方法を教えてくれって」
「は?」
茜は呆けたような顔で停止する。想像以上におかしな相談に笑いすら出ない。
「す、すみません。それ何てラノベですか? それともラブコメ漫画ですか?」
「事実だ。で、それなら全員公認の二股やれって言ってやったよ」
「うわぁ……。そんなの上手くいく訳ないじゃないですか」
彼女の言う事は尤もだ。恋人の共有だなんて、一夫多妻の文化がある国ならまだしも日本では非常識と認識されている。
光司はミルから粉を取り出しドリッパーに入れる。
「ところがどっこい。俺の周りだとけっこういるぜ? 四人同時って奴もいる。たしか籍は入れないで認知だけしてたような……」
「最低ですね。私、ギャルゲーよくやるんですけど、ハーレムルートだけは嫌いなんですよ」
「ははは。そう言われても、俺の周りってこういうのが多いからな。べっぴんさんは一人残らず主人公君のヒロインになるからね」
笑ってはいるが明るいとは言えない、自嘲するような笑い声だ。茜もその声色を聞き逃しはしない。
「でも一人くらいはいたんじゃないんですか? 光司さんのヒロインが。光司さん、なんだかんだで面倒見も良くて紳士的じゃないですか」
ケトルを取る手が一瞬止まる。より苦しそうに、視線を落とすがすぐに笑い出す。何かから逃げるように。
「大学生の時、一回だけ彼女がいた時期がある」
「そ…………そうですよね。ほら、やっぱり光司さんだってモテるじゃないですか」
茜も言葉をつまらせるが、茶化すように笑う。その笑みに対し、光司の表情は冷たく人形のような笑顔だ。
「惚れた男が振り向かないから、忘れるために俺と付き合ったらしいけどな。俺は真剣だったけど、彼女に好意は無かった」
「え?」
茜は光司がどんな顔をしているのか気付く。
「面白かったぜ。双子の幼なじみに挟まれてもモテない宣言しているやつでさ。そいつを忘れるために交流があった中でましな俺を選んだんだと。で、こっからもっと笑えるんだ」
円を画くようにお湯を注ぐ。ドリッパーから湯気が立ち上ぼり、コーヒーの香りが広がる。
「彼女が能力者に覚醒してさ、俺達を襲って、あの三人も覚醒して止めたんだ。んで、結局四人仲良くハーレムになって、俺には言葉だけの謝罪。翌年には三人ほぼ同時期に出産だと。笑えるだろ? 仕方なく好きでもない男と付き合った可哀想な私、ってのをアピールする敵役だったんだ俺は」
「…………すみません。嫌な事を思い出させて」
「気にしてないさ。ただ……」
白いカップを茜に差し出す。小さなミルクピッチャーと角砂糖も添えて。
「そういうのが嫌いなら、茜ちゃんは俺の担当を外れた方がいい。いつか茜ちゃんもヒロインにされちまうぞ」
これは警告だ。どんな星の下に生まれたのか、彼も受け入れたくないような人生を、自身と周りに振り撒いている。茜だって巻き込まれる可能性があるのだ。
彼女は数秒押し黙るが、おもむろに砂糖とミルクを乱暴にコーヒーに入れる。
「何言ってるんですか、馬鹿馬鹿しい。十代の頃ならまだしも、もう私は二十三です。ヒロインになんかなりえません。それに……」
先程よりも明るく、無邪気な子供のような笑顔を向ける。
「光司さんの能力は『金属操作』だけです。ラノベ主人公みたいな人達と出会っていたのはただの偶然。だって義理の妹や幼なじみが必ず好意を抱くたは限りませんから。そうならない人達だっているでしょう?」
「…………ははっ。それもそうだな」
氷が融けるように光司の表情がほどけていく。憑き物が取れたような、軽快な空気が漂っている。
考え過ぎなのかもしれない。そんな他人の人生を操る力なぞ人間には過ぎたものだ。
「でも、少しだけ納得しました。光司さんの任務に同行希望がいつも凄く来るんですよ。あわよくば自分が……って人が沢山いるんですね」
「そんな事を考えてる連中に、望んだ結末にたどり着けないさ」
「へぇ?」
光司は自分の分のコーヒーを注ぎ始める。
「俺がそうだったからな。他にも何人か狙って協力してきたが……突っ走って自滅か何事もなく事件解決だ」
「あはは。なんだか想像できちゃいます」
「だろ? っと、そう言えば何の用だ。仕事の話しに来たんだろ」
「そうですね。本題に入りましょう」
茜はカップを置き姿勢を正して光司の方を向く。
「若林光司さん、昨日の連続婦女暴行事件の犯人捕獲ありがとうございます。犯人は…………更生不可能と判断され、然るべき処理の後、罪を償ってもらいますので」
「思い上がったあの性格じゃそうなるか」
「ええ。そして今日は次の仕事の依頼を持ってきました」
鞄を開け書類を一枚手渡す。光司は受け取るものの、面倒臭がり見ようともしない。茜はそれも想定内らしく淡々と話しを続ける。
「私達ウェイザーのスポンサー、ハンズの社長からの依頼です」
「ハンズ……確か大手の介護用品メーカーだったな。あそこもうちのスポンサーだったのか」
「ええ。詳しい内容は私も聞かされていませんが、どうやら……」
一瞬間を置きこう告げた。
「私達超能力者を世間に受け入れさせる、だそうです」