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ヒーローを名乗る者

 ミイラ男は一言、優しく声を掛ける。おどおどしい見た目とは違い、彼の口調はとても穏やかなものだ。


「テメェ、いったい何なんだ! よくも邪魔しやがって……」


「阿保か。婦女暴行の現行犯を見逃すかっての」


 怒り狂ったように叫ぶ狼男を呆れたように頭を掻く。余裕そうな言葉を吐くが、ミイラ男は目を一瞬たりとも反らさない。


「とにかく、大人しく捕まるならこれ以上痛い思いはしないぞ。目だって細い針を刺しただけだ。簡単に治療できる」


「ああ!? 嘗めてんじゃねぇぞコスプレ野郎! 俺に勝てると思ってんのか!」


 針を引き抜き投げ捨てると、爪が倍近くまで伸ばした。爪は月の光を反射し怪しくギラつく。

 身を屈め姿勢を低くし、獲物を狙う獣のような体勢をとる。


「死ね! 俺に楯突いた罪を受けろ!」


 全身の筋肉が唸り、足がアスファルトを軋ませ一気に飛び出す。爪を振り上げミイラ男を引き裂こうと襲い掛かる。

 男に到達するその直前、包帯まみれの右手を突きだした。


「罪ねぇ……」


 銀色の包帯が蠢き粘土のように瞬時に形を変える。盾だ。直径一メートルはある円形の盾に変化し狼男の爪を防いだ。

 傷一つ付けられず、鈍い金属音が響く。


「なっ!?」


「罪はお前だクソガキ。最近婦女暴行事件が相次いでるわ、生還した被害者は狼男に襲われただとか聞いていたが……。予想通り過ぎてつまらん」


 盾が再び金属製の包帯に戻る。彼の周囲には小さな金属球が浮かび、水滴のように波打っていた。

 狼男は恐れている。この男が普通じゃないのを見てしまったからだ。自分と同じような存在だと直感した。


「お前……お前何なんだよ! それ、その力は……」


「これか? 察しはしてるんだろ」


 金属球に触れ、引き伸ばすように腕を振る。薄く伸ばされたそれは一本の刀へと変型した。


「お前と同じだよ。力の種類は違うが、俺もお前も」


 刀を握り肩に担ぐ。


「超能力者ってやつだ」


 ゆっくりと切っ先を向ける。有無も言わさぬ威圧感が男の全身から滲み出しているようだ。敵対すれば正面から叩き潰す、言葉ではなく立ち振舞いがそう告げている。


「さて、お前の優位は無くなったがどうする? 俺としては素直に投降してくれると楽なんだけど。そっちの方が、あんたの罪も軽くなるかもしれないぜ」


「馬鹿にしやがって……」


 降伏するよう伝えるも、狼男はそんな素振りを見せない。寧ろ逆だ。怒りに満ち、自分が上位者だと信じている彼からすればこのミイラ男の言動は神経を逆撫でるだけだ。


「俺は、俺は人間を超えたんだ! テメェみたいな連中とは違う!」


「…………その考えが馬鹿なんだよ。井の中の蛙ってのを教えてやる」


「死ねぇ!!!」


 叫びながら再び爪を振るう。対する男は冷静に、呼吸も乱す事なく刀を構えた。

 迫り来る凶刃。生身の人間なら容易くバラバラになるだろう。しかし爪が届くよりも速く、男は刀身の上を滑らせるように受け流し狼男をすり抜ける。

 同時に刀を脇腹に叩き込んだ。


「ガ……」


 真梨奈の拳とは違う。文字通り鉄の塊が衝突したのだ。狼男の肉体にダメージを通している。

 脳に伝わる痛みに狼男は焦るが、すぐに状況を察し冷静さを取り戻す。


(こいつ……)


 身体が切れていない。刀は見かけ倒しで刃が付いていないのだ。これはただの鉄の棒も同然、痛いが一撃で致命傷にはならない。

 投降を呼び掛けているのを考えれば、この男の目的が逮捕であるのを想像するのは容易い。

 つまり本気で攻撃出来ない、命を脅かすような事が出来ない。ならば恐れる必要は皆無だ。


「不殺ってやつか? クハハハハハ! この甘ちゃんが!」


「……ハァ」


 ミイラ男もため息をつく。確かにこの刀……のような物は刃物として機能していない。そもそもわざとこうしたのだ。


「誤解しているようだが、俺は刀剣を持たない主義なんだ。こういうのは主人公が持つもんだからな」


「何訳わかんねぇ事を! お前は俺を殺せない、俺はお前を殺せる。それだけで充分だ!」


 少しだけ痛みに耐えれば良い。致命傷にならない怪我なぞ無視してしまえば勝てる。

 狼男は勝利を確信し笑いながら駆け出そうとした。


「は?」


 だが足が動かない。まるで足の裏が地面に貼り付いているかのように。恐る恐る下を向くと、足が金属の塊に埋もれ地面に接着されていた。


「な、何だこれ?」


 ミイラ男の足元から液体金属の水溜まりが広がり、狼男の足まで到達し絡めとっていたのだ。


「動けると思うな。こちとら十年以上もお前らみたいなのとやり合ってんだ。能力の練度が違うんだよ」


 液体のように自在に形を変え、固体として強硬な物へと瞬時に変幻自在な金属。常識を超えた光景に脳の処理が追い付かない。


「それと誰がお前を殺せないって? 悪いが俺は()()()()()()()()()()()()()()


 足元の液体金属、その水溜まりが変型していく。鋭い何かが狼男の周りを取り囲み、それが彼の身体を包もうとする。

 狼男は気付いた。この形が何なのかを。これが牙を並べた巨大な口だと。


「ついでに一つアドバイスだ。自分が特別だと思うなよ。自分が選ばれた存在だ、主人公だ、無敵だと勘違いした瞬間ただのモブになる。本当に特別な存在はな、自分が特別だと思わないんだ、主人公になろうとしないんだ」


 獣の顎となり狼男を呑み込んでいく。必死に抜け出そうとするが、金属の塊を破壊する力は持ち合わせていない。恐怖と絶望に思考が塗り潰され、失禁しながら震え出す。


「た、助け……」


「そう言ってきた女の子を何人泣かせた? 言葉に耳を傾けなかっただろ。だから俺も聞かねぇ」


「嫌だ! 俺は死にたくない! 止めてく……」


 言い終わるまえに獣は口を閉ざし狼男を一口で呑み込んだ。


「まっ、それでも殺しはしないけどな。ただ存分に苦しんで……二度と悪さ出来ないようにしてやる」


 周囲に静寂が戻る。遠くから聞こえる車の走る音だけが残された二人を包む。


「………………」


 この異常な、まるで漫画やアニメのような状況を目にした真梨奈は唖然とした様子でへたりこむ。

 何が起きた? これは現実なのか、夢じゃないのか。理性が必死に訴え掛けるが、身体の痛みが事実だと囁く。


「っとそうだ。お嬢ちゃんがいたんだ」


 ミイラ男は思い出したように真梨奈に振り向く。

 彼女の頭に浮かんだのは証拠隠滅の四文字。こんな悪人と言うか、怪人そのものな男が大人しく帰してくれるとは思えない。死人に口無しとは便利な言葉だ。このまま狼男のようになってしまうのだろうか。

 正直言って弄ばれるよりかは百倍ましだ。見てはいけないものを見てしまい、闇へと葬られる方が個人的には許容範囲だろう。

 男は真梨奈の方へと歩み寄り手を伸ばした。


「!」


 心の中で家族に別れを告げ思わず目を閉じる。しかし一向に痛みも何も感じはしなかった。

 ゆっくりと目を開けると手を差し伸べたままのミイラ男がいた。


「立てるかお嬢ちゃん?」


「え? あ、はい……」


 痛みはあるが動けない程ではない。少し間の抜けたような声が出るが、思わず立ち上がる。


「重畳。でだ、無事を喜んでるとこ悪いんだが、スマホ出してもらって良いかな?」


「えっと……」


 言葉の意味が理解出来なかった。しかし頭がクリアになるに連れてその真意を察する。


「写真や動画撮ってない? もしあるなら見過ごせないんだよなぁ」


 証拠隠滅だ。彼らの姿を記録されては困るのだろう。


「と、撮ってません……」


「じゃあ出して見せてくれないか? 断ったら君ごと処理しなくちゃならないんだ。俺は君みたいな一般市民を傷つけたくない訳。解る?」


「………………はい」


 断ったらどうなるか、それは先程想像した事が事実になるだけ。真梨奈は諦めスマホをミイラ男に渡す。


「すまないな。助けておいてアレなんだが、これも仕事でね。俺達の存在を拡散させたくないのよ」


 腕の包帯から虫の脚のようなものが生える。それがスマホの方に先端を向けると、一斉に貫き破壊した。

 バラバラのスクラップに一瞬にして変貌し散らばる。


「さてと……これでお話はおしまい。お嬢ちゃんは何も見てない、知らない、家に帰る途中でスマホを無くしただけ。良いな?」


 断れば次はお前がこうなる。そうゴーグル越しに威圧しているようだ。

 真梨奈は無言で頷き後退る。異議はあるものの従うのが一番だろう。彼は助けてくれた、そして存在を知られたくない。これは恩返しだと自分に言い聞かせる。

 振り向かず足早に立ち去る。その背中をミイラ男は見送ると顔の包帯を剥がしゴーグルをずらす。

 そこにいたのは頬の痩けたアラサーの男がいた。死んだ魚のような生気の無い目、額には大きな切り傷の跡がある。

 男の名は若林光司。どちらかと言えば特撮番組の怪人のような見た目をしてるが、この街を影ながら護るヒーロー……のようなものだ。

 光司は一人面倒臭そうに頭を掻きながら銀色の獣の頭に振り向く。


「さてと。上に連絡してこいつを片付けないとな」


 そっと触れながら笑う。

 この笑みは誰に向けられているのだろうか。狼男へか、もしくは光司に向けてなのか。それは誰にも解らなかった。

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